2 / 44
第1部 第1章 無一文と嫌われ者の第三皇子
01 不法侵入の末路
しおりを挟む「こーんなに、侵入しやすくっていいんかねぇ。高貴な方々のお屋敷が」
屋外パーティーときは、屋敷内部の警備が手薄になる。パーティー会場に入る際は、かなり念入りにボディチェックやら身分を確認されるがそれさえ通ってしまえば、あとは人ごみに空いている窓から屋敷内部に侵入することは容易だった。
派手な催し物でもしているのか、花火の音が笑い声に交じって聞こえる。まぶしいくらいに照明をつけて飾った会場では何が行われているのか全く分からなかった。少なくとも、自分とは程遠い世界の人間たちのパーティーだ。きっと、格式の高い貴族の誕生日パーティーか何かだろうと予想する。
俺――家無し無一文の元貴族、フェイ・シックザールにはもう一生味わうことのできない世界だ。
夜風に揺れた毛先の白い黒髪を耳にかけ直し、俺は木々を登って、二階のバルコニーに飛び降りる。
「よっと……窓が開いてるの、ここしかなかったんだよな」
バルコニーには枯れ葉が散乱しており、半透明なカーテンがゆらゆらと揺れていた。この部屋はもしかしたら使われていない部屋なのかもしれない。ただ、空気を入れ替えるために開けてあったとか……
(まあまあ、不用心なことで)
また、外から花火が打ちあがる音が聞こえる。自分の背に、赤やオレンジの光が焼きつく。その煩わしい光から目をそらしながら、俺はバルコニーから屋敷へと足を踏み入れる。
元貴族であっても、今外で行われているような派手なパーティーはしたことがなかったし、質素倹約かなんだか知らないけど、何か祝ってもらったような記憶はない。もっと正直に言うと、貴族だったころの思い出はあまりない。パーティーを渋るくらい、名も知れていなければ、お金もない最下層の貴族だったんだろう。それにもう、数年前に家が燃えて、家門ごと消えてしまったし。シックザールなんていう名は今後一生名乗ることはない。
家がなくなった経緯とか、それからどう生きてきたかもあまり覚えていない。家がなくなって以降の嫌な記憶は星の数ほどあるが、その日を生き抜くことで精いっぱいで、生きた心地はしなかった。今もなお、死んだように、足がつかない浮遊感の中生きている。こうして、貴族の屋敷に忍び込んで金目の物を盗んで闇市で売り払う生活を続けて、そんな繰り返し。普通に働くなんてこと考えたことはなかった。自分には向いていなかったから。
「しっかし、なーんにもない屋敷! 見掛け倒しかよ!?」
思わず声を漏らすほどに、その部屋には何もなかった。クローゼットやら、高そうな材質でできた引き出しやらを引っ張り出してみたが、そこには何も入っていない。むしろ、家具を持って帰って売ったほうがお金になるんじゃないかってくらいには、本当に何もなかった。
さらに屋敷の中を探索すれば、さすがに何か金目のものが見つかるだろうが、そこまでリスクを冒す勇気もなかった。ただ偶然にも入れた部屋に何かあればと。いつも、そうしてだいたい運よく金目のものが見つかるのだが、今回に限ってはハズレ部屋を引いたらしい。
警備隊に見つかる前に、帰ろうと高いクローゼットを蹴っ飛ばしてきた道を戻ろうとした瞬間、足元に光がさした。ゆっくりと背後の扉が開き、誰かが部屋に侵入してきたのがすぐにもわかった。背後に感じる存在感は、警備隊とかそういう生易しいものじゃない。同業……いや、暗殺者とかそういう類の――
「……っ」
「暗殺者かと思ったら、なんだ、コソ泥か?」
「……!」
逃げようと足を踏み込んだが、一瞬にして間合いを詰められてしまった。反応が遅れたこともあって、入ってきた何者かに、俺は口を封じられる。声を漏らす暇もなく掴まれ俺は心臓が飛び出そうになった。大きくて骨ばった男の手が、俺の口をふさいでそのまま持ち上げる勢いで力を入れてくる。あごの骨が曲がるような痛みと、恐怖に指先が震えているのが分かった。
(なん……なん、だ……)
暗くてその男の正体はわからなかった。ただ、ただものではないことはすぐにわかり、俺の人生はここで積んだ、と半分あきらめ状態でその男を見上げる。口だけではなく、鼻辺りまで手が来ているため、呼吸するのも苦しかった。盗みをしていればいつか罰が当たるだろうとは思っていたが、こんなところで……
そんなことを思いながら、最後に俺を殺すかもしれない、その男の面でも拝むかと見上げてみれば、バチっと鮮血のような赤い瞳と目が合ってしまった。恐ろしくも美しい、淀みのない赤が俺を見下ろしている。
「……ぁ」
「さっき、廊下から木からバルコニーに飛び降りる何かの影を見てだな。猫かなにかかと思ってきてみたんだが、猫にしては大きすぎたからな……で、こんな屋敷に何の用だ?」
「んんん!」
「口をふさいでるからわかんねえな。何言ってるか」
「んん!」
(バカ力過ぎるだろ!? てか、離せよ!)
唇を数ミリすら開けられないくらいの力って、どんなゴリラだ。そんな馬鹿力の持ち主は今まで出会ったこともない。
得体の知れない恐怖のあまり、俺はその男が赤い瞳を持っていることだけにしか気づけずにいたが、差し込んだ月明かりによってその男の瞳だけではなく姿が照らされる。その姿を見て、一瞬だけ呼吸の仕方を忘れてしまった。
「ん!」
「……なんだって?」
男はそう呟くと、もういいや、というように手を離す。そして、俺を床に落とすとため息をついて、俺の口をふさいでいた手を汚そうにズボンで拭いていた。よく見ればそのズボンも高級そうなもので、しわ一つない……のにも関わらず、そんなばっちいものでも触ったみたいに乱暴に拭うなんてどうかしている。汚くなったからもう履かないというのなら俺に譲ってほしいくらいだが……目の前にある長すぎる足を見て、俺では裾が余ることに気づき無意識に舌打ちを鳴らしてしまった。
(……めっちゃ足なげえ……じゃなくて! 金色の、髪……)
「こう、ぞく?」
「あ?」
「……っひ、いや。俺はただ、そ、じゃ!」
男に少しの隙が生まれたその一瞬をついて、俺はバルコニーへと駆け出した。先ほどのように恐ろしく早く間合いを詰めてくるものかと思ったが、追いかけてくる様子はなかった。俺はそのまま速度を上げてバルコニーから木へと乗り移り、その場から立ち去る。
屋敷の警備には全く引っかからない様子で木から木の上へと飛び移りながら屋敷から離れ、後ろを振り返った。先ほど侵入した部屋には明かりが点っており、あの男が警備隊でも呼んだのだろうか、中に人がいる様子が見て取れた。
(あの男……っていいや、あの人、皇族だ)
「待って、待て。いや、ないないない。俺、皇族に喧嘩売っちゃったってこと?」
確実に、姿を見られた。名前までは知られていないが、皇族の力さえあれば調べることも可能だろう。いろいろと偽造して、このパーティー会場に侵入したこともバレたらそれこそ……
金をちりばめたような黄金の髪に、宝石に鮮血を垂らしたような赤い瞳――それらを持つ人間はこの国、フォンターナ帝国には皇族しかいない。
ただの屋敷だと思って潜入したが、あの屋敷はもしかしたら皇族の別荘だったかもしれない。そんな下調べまではできておらず、そしてあろうことか皇族と鉢合わせてしまった。相手が武器を持っていなかったのが不幸中の幸いか、その場で首を切り落とされることはなかったが、あのバカ力だけでも頭蓋骨を粉々に砕けたのではないかとすら思う。命拾いをしたが、この数週間は盗みなんてせずにおとなしくしておいたほうがよさそうだ。
「てか、あの人誰だったんだ……?」
皇族の象徴と言える髪色と瞳の色をしていたが、表のパレードにちょいちょい出てくる皇太子や、第二皇子とも顔が違う。第四皇子はまだ幼いというし……となると、候補として挙げられるのは、一人しかいなかった。皇族と偽ることは法律上禁止されているし、偽っていたことがばれればすぐ罰則が下されるわけで。それに、あの圧倒的オーラと、輝かしい色は皇族そのもので。
「……嫌われ者の、第三皇子?」
帝国内で最近噂になっている嫌われ者の第三皇子――アーベント・ヴォルガ。
俺が鉢合わせたのはその人だったのではないかと、心臓が誰かに鷲掴まれるような思いをしながら、俺は夜の闇に姿を溶け込ませた。
75
お気に入りに追加
289
あなたにおすすめの小説
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
【R18】奴隷に堕ちた騎士
蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。
※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。
誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。
※無事に完結しました!
悪役令息の俺、元傭兵の堅物護衛にポメラニアンになる呪いをかけてしまったんだが!?
兎束作哉
BL
「主、俺をよしよししろ」
「ポメラニアンの癖に、こいつクッソかわいげねえ~足組んでんじゃねえよ。あと、そのちんちくりんの身体で喋んな、ポメが!」
ラーシェ・クライゼルは、自分が妹の書いた容赦のないBL小説の悪役令息に転生したということを、最悪なタイミングで思い出した。最悪なタイミングとは、元傭兵の現護衛ゼロ・シュヴェールトに呪いをかけたというタイミング。
自分は、主人公に惚れてわがものにするべく主人公CPたちにちょっかいをかける当て馬悪役令息。そして、社交界での横暴な態度、家での素行の悪さや諸々が祟って勘当を言い渡されてしまう。挙句の果てには道で暴漢に襲われ、当初主人公を抱く気でいたのにもかかわらず、自分が掘られる側になってしまいモブに快楽づけにされてしまうというエンドを迎える。
このままでは、モブ姦まっしぐら!
どうにかしなければと記憶を思い出したが矢先に立ちはだかるは、自分に復讐するであろう護衛に呪いをかけてしまったということ。ガタイの良かった護衛ゼロは、ラーシェの呪いのせいでなぜか非力なポメラニアンになってしまっていた。しかも、その呪いはゼロを愛さないと解けないようで……
悪役回避のためには、虐げてきた人たちの好感度を上げることが最優先。ラーシェは無事に、悪役モブ姦エンドを回避できるのか。
そして、呪いを解くためにラーシェとゼロはだんだんとお互いの距離が近づいていって――?
※亜種ポメガバースのお話です。
※◆印の所はR18描写が入っています
※毎日0:00に更新です!!
召喚聖女が十歳だったので、古株の男聖女はまだ陛下の閨に呼ばれるようです
月歌(ツキウタ)
BL
十代半ばで異世界に聖女召喚されたセツ(♂)。聖女として陛下の閨の相手を務めながら、信頼を得て親友の立場を得たセツ。三十代になり寝所に呼ばれることも減ったセツは、自由気ままに異世界ライフを堪能していた。
なのだけれど、陛下は新たに聖女召喚を行ったらしい。もしかして、俺って陛下に捨てられるのかな?
★表紙絵はAIピカソで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる