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第4章

04 片割れの星が死ぬ

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 暗闇で光っていた小さな星がポッと消えた気がした。星が、炎が消えるようなそんな一瞬の出来事だった。


「……ペチカ」
「…………ゼイン、忙しいのにそんな見舞いに来なくても」
「いや……体調は大丈夫か?」
「はい。ゼインのおかげですっかり」
「そうか……無理に笑わなくてもいいんだぞ」


 私のためにわざわざ入れてくれたハーブティーをもって、殿下はベッドサイドに腰を掛ける。ギシィ、とスプリングの音を聞きながら、私は渡されたかわいらしいティーカップを見つめ微笑む。だが、その笑顔が無理しているように見えたらしく、殿下は私の頬をするりと撫でて、落ちてきた髪を耳にかけてくれた。髪の毛は腰まで伸びて、あの鮮やかなピンク色がくるりとうち巻きにまかれている。もう髪の毛は切る必要はないし、切られる心配もない。でも、長いこと短いままでいたから違和感もある。


「無理じゃないです。ゼインが、来てくれるの嬉しいですから」
「いつでも来る。貴様が、俺を必要とするのであれば」
「必要としなかったら?」
「……う、それでも来る。俺が会いたい」
「そういってください。そっちのほうが嬉しいです」


 素直じゃない殿下に言わせる方法はこれしかないと思った。殿下は詰まりつつも、素直に「俺が会いたい」と言ってくれて、その言葉だけでも満たされた。言わせたという自覚はあるから、いつかは彼が自ら言ってくれることを願っているけれど。
 別荘での一件後、私は皇宮のほうで療養ということになり、皇太子派閥の貴族や、騎士の元、保護下におかれ少しの不自由も感じることなく生活している。一か月という長いようで短い期間、殿下との性行為を重ね、宮廷医師に薬が抜けたことを告げられるまではドキドキした、が無事体は元通りになったと。
 もしあのまま誰も助けてくれなかったら、私は男になっていたかもしれない。それだけじゃなくて、ペチカとしての人生が終わっていたかもしれないし、結婚が決まっていた殿下と関係も白紙に戻って。きっと殿下のことだから、私以外とは結婚しないって言って皇位継承権を破棄するかもしれないと。それをディレンジ殿下は狙っていたんだと思う。その策略も殿下とお兄様の助けがあってつぶせたわけだが、ディレンジ殿下は今姿をくらましているらしくそちらも捜索ということだ。もう多分皇位継承争いに参加できないだろうけれど、もしものことがあれば皇族の血を引く彼が……という可能性も捨てきれない。殿下の誕生日までにすべてが片付けばいいが無理そうで、捜査は難航しているらしい。


「お母様、は」
「貴様は家族思いだな。公爵が離婚の手続きをしているらしい。それから罪を裁くと」
「そう、なんですか……」


 お母様はあの後近衛騎士団に連れられ皇宮の地下に投獄されたが、一度お父様が話がしたいと言って監視下に置かれた状況で面会、そして離婚の手続きが始まったらしい。お兄様はというと、親族に危害を加えたと謹慎処分を受けていると。
 あの兄様があそこまで怒りをあらわにしたのは初めてで、それは私のためか、それともずっとため込んできたものが爆発したかはわからなかったけれど、殿下もあんなお兄様を見たことないといった。


「イグニスが気になるか?」
「はい。お兄様は……その、重い処分は」
「ないだろな。俺からも軽減できないかというつもりだ。俺の護衛がいなくなるのも問題だしな」
「そうですね……ゼイン、本当にありがとうございました」
「ああ……俺もすまなかった」


 ようやく落ち着いて、面と向かって感謝の言葉を伝えられた気がする。
 この一か月はまるで死んだように彼に抱かれていた。もちろん、無理やりとか合意なしにとかではなくて、そうしなければならなかったから。そこに愛がなかったわけじゃないが、あくまで治療法という名目での交わりで。でも、そこに彼の温かさを感じ、私はこれが終わったらまた一から……と彼に伝えたいことがいっぱいあるんだと胸の内に秘めた。
 殿下は眉を下げて、罪人のように懺悔し、膝の上で指を組みなおす。


「貴様のこと、俺は何も知らなかった。べテルとペチカが同一人物だと気づいたのも最近で、貴様が男と偽って騎士として生きてきた理由など考えてもいなかった」
「言ってませんから。それに、言えるわけなかったんですよ……」


 お母様のために……ためにだったのだろうか、とそれすらもあいまいで。押し付けられたものを実行しているだけの人形だった私は、べテルに意思はなかったのかもしれない。
 だから、殿下がそれに関して何か思うことはしなくていいし、負い目に感じなくてもいい。私が言わなかっただけの話で、それを殿下が気付いていたからどうかできたかという話でもない。けれど、その気遣いはしっかりと受け取っておく。


「でも、ありがとうございます。私の心に触れてくれて」
「……っ、そうか。貴様が、少しでも楽になればいい。俺に吐き出してくれると嬉しい」
「そうですね! ゼインが、鈍感すぎて気づかなかったことも、私に二度も一目惚れしたことも、一生こすり続けますけど!」
「おい、そういうのではないだろう。全く……元気になったのはいいことだが、本当に貴様はじゃじゃ馬だ」
「そんな私がゼインは好きなんでしょ?」


 と、少し意地悪に聞けば、殿下はバッと顔を上げて、唇を強くかんでプルプル震えながらこっちを見た。幼いころもそうだったけれど、殿下は少しかっこつけたいところがあるというかプライドが高いところがあるというか。だから、自分の気持ちいを悟られて見透かされるのが苦手なんだろう。すぐに顔に出てしまうし、その口は人を傷つける。それは私も同じところがあるけれど。


「す、……好きに、決まっているだろ! そうでなければ、こうして貴様の顔を見に来ない!」
「それは、私の顔が好きだからでは?」
「違う! 貴様の顔は、すき、だが、好きだし、だが、貴様のその……貴様は笑顔が素敵で、強くて……俺はそういうところに惚れたんだ」
「えっ……」


 まさかそんなことを言ってもらえるとは思わず、私は自分で聞いたくせに真っ赤になってしまった。それを見て、殿下は笑っていたが、殿下も顔を真っ赤にしていたのでおあいこだ。


「……ペチカ。これまでよく頑張ったな」
「……っ、はい、ありがとうございます?」


 ポンと頭を撫でられて、なんとも言えない気分になる。けれど、それが緩んだ涙腺にはきたようで、つぅと右目から流れる涙を私はぬぐった。
 きっとこれまで無理をしていたんだろう。自分が気付いていないだけで、私は相当無理を。


「……ゼイン、べテルはどうなるんですか?」
「貴様との婚約を進める以上、べテルは近衛騎士団から除籍になるだろうな。貴様がベテル・アジェリットという人格を大切にしているのは知っている。心苦しさもあるだろうが、だが、もうこれ以上貴様が無理する必要もないだろう」
「そうですけど、そうですね」


 べテルとのお別れ。

 十四年前に死んだ弟を、私は被って生きてきた。もう十分べテルも生きたと思うし、これ以上いない彼を演じていても仕方ないと思った。名残惜しくはある。お母様の命令だったとはいえ、べテルだった人生も捨てがたい。それでも、私が大切にしたいと思ったのはペチカとしての、本来の私としての人生なのだ。


「……でも、少しだけ待ってくれませんか。べテルとのお別れの時間を。私の気持ちの区切りを」
「ああ……だが、長い時間はくれてやれない。ディレンジのこともあるからな……即位式をと陛下に言っているが、それも」


 と、殿下は言葉を濁しつつも「うまくやる」と自分に言い聞かせるように言って再度私の頭を撫でた。
 私はそんな彼の大きな手のひらに撫でながら、目を閉じて、闇の中で光る今にも消えそうな、一度消えてしまった星を探すようにじっと目を凝らした。


(ベテル・アジェリット……私の、双子の弟……)


 自らそのろうそくの灯を消す時が来た。けれど、まだ実感がない。
 与えられた時間のうちに、自分の中で区切りをつけること。それが求められると、私は再び目を開いて、今目の前にある目印の星に向かって微笑みかけた。

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