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エピローグ

私は世界で一番幸せな侯爵令嬢

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「――ごめん、アドニス。ほんとうにごめん」
「もう、信じられないです」


 朝起きて、「おはよう」なんてきらっきらの王子様スマイルを向けてきた、私の婚約者、キャロル・デニッシュメアリーの笑顔に、はうぅ……なんてとろけたけど、思えば昨日、彼に散々抱かれて、気を失ったことを思い出した。昨日は本当に凄かった。理性を失ったときが凄かった、と言ったけれど、昨日のはそれとはまた比にならないくらいすごさだった。
 理性があった分、的確に私の弱いところをついてきて、たまに焦らしてなんてこともしてきた。それでいて、キャロル様の表情は余裕がなさそうなのに、私には快楽を与えようとしてくるから、頭がおかしくなりそうだった。キャロル様は、本当に私を愛してくれているんだって実感させられたし、キャロル様になら何をされてもいいって思った。 
 でも、限度っていうものがある。


「本当に反省しているんですか?」
「うん、反省している。この通り……あっ、でも、凄く昨日のアドニスは可愛くて」
「ああっ! 絶対、それ反省してないです! またやろうって顔してます!」


 その碧眼に、欲望が見て取れて、私は枕で彼の顔を叩く。


「うぶっ、ちょ、ちょっと、待った。痛いよ」
「もう知りません! キャロル様なんて嫌いです! 大っ嫌いです!」
「アドニス……」
「キャロル様なんて、もう知らないです! 勝手に一人でシてればいいじゃないですか」
「君じゃなきゃ、満足できない」
「うっ……」
「それに、アドニスに嫌いって言われたら、僕は生きていけない。死んじゃう」


と、捨てられた子犬みたいな目をして私を見つめてくる。隙を見てスッと私の手を握って、キラキラと輝かせた目をこちらに向けてくる。分かっていてやっているんだろう、うん。分かってやっている。でも、その分かってやっていることを分かった上で、私はコクリと頷いてしまう。許してしまうのだ。


「もう、やりませんか?」
「善処する」
「……」


 別に嫌だったわけじゃない。凄く気持ちが良かったし、キャロル様も満足してくれたしで最高の夜だった。けれど、あの快楽を知ったらもう戻れないんじゃないかっていう恐怖があって、私はあんなことがずっと続くようでは……と思ってしまったのだ。
 けれど、キャロル様のそういう面も含めて受け入れてくって決めたし、大好きだし……と、私はキャロル様を見る。
 純粋な目で見つめられれば、もう何も言えない。


(そういえば、相性が悪いってゲームでは言っていたのに、これって、どういう……)


 ゲームでは、アドニスとキャロル様の身体は相性が悪いと言われていた。そのせいでフラれたというか、帰ってくれと言われたのだけど、実際凄く良かった。相性が良いというほかないくらいに、それはもう、お互い満足できる関係で。


「あの、キャロル様、つかぬことをお聞きしますが」
「何?」
「私と、キャロル様って、か、身体の相性って良いんでしょうか。えっと、あの、一番最初の夜の……私でよかったのかな、なんて」
「アドニスじゃなきゃ嫌だった。でも――」


と、キャロル様は言う。息継ぎをした後、彼は少し目線を逸らしつつ口を再度開いた。


「君が……君が嫌だっていったら、もしかしたらそういう理由をつけて追い返したかも知れない。アドニスに、無理はさせたくなかったし、何より嫌われたくなかった。だから、君が痛い思いをしたら、嫌だって拒んだら、そういう素振りを見せたときには『身体の相性が悪い』って追い返したかも知れない……ね」


 そう言って、キャロル様は目を伏せた。
 そういう理由だったんだ、と何となく理解したような、理解していないような気持ちだった。
 じゃあ、ゲームのアドニスは、キャロル様のアレを……行為を受け入れられなくて怖くなって痛い、とか怖いとか言って、キャロル様を拒んだのだろうか。だから、キャロル様はこれ以上傷付けまいとわざと『身体の相性が悪い』と言ったのだろう。これで、全て繋がった。
 ということは、キャロル様は別にアドニスのことが初めから嫌いというか、眼中になかったわけでは……


(まあ、それはいいか。そこまでは私じゃなくて、本物のアドニスが積み上げたものだし)


 そこまで、持っていってしまったら、申し訳ないと、私は考えないようにした。ただ、凄く身体の相性が良いということには変わりなくて。


「でも、君がよがってくれて、抑えられなかったんだ。もとから……その、好き、だったから」
「キャロル様?」
「と、兎に角。あの時、アドニスが来てくれたから今の僕がいるわけだし。君とは身体の相性も良くて……ううん、それが無かったとしても、僕は君を愛せたと思う。だって、アドニスはこんなに可愛くて、健気で」
「きゃ、キャロルさ……」
「また、様ってついてる。もう、つけなくていいっていったじゃないか」
「で、でも。まだ、慣れなくて」


 確かに昨日ベッドの上では言った気がする。でも、正気に戻ったらまだ彼のことを様なしで呼べるほど、私の心の準備は出来ていなかった。


「……キャロルって呼んでほしいな」
「……、キャロル」
「うん」


 そう言われると、キャロルは嬉しそうに微笑む。


「アドニス」
「は、はい」
「キスしてもいい?」


 そう言われて、キャロルに顔を近づけられると、私はゆっくりと瞼を閉じる。唇が触れ合うだけの優しい口づけだったが、それだけなのにとても幸せを感じた。物足りなさを感じてしまうのは、いつものがっついてくるキャロル様が脳裏に浮かんでしまうから。


「アドニス、まだ足りない?」
「え?」
「顔が、そういってる」


と、キャロル様はフッと微笑む。そんな、欲求不満みたいな顔していただろうか、と私は枕で顔を隠した。恥ずかしすぎる、穴があったらはいりたいとさえ思った。


「アドニス、顔隠さないで」
「だ、ダメです。今……今、すごくキャロル様が欲しいって顔してるので、見られたくないです」
「……ッ!」


 私がそう言った瞬間、ゴクリと喉を上下する音が聞えたかと、思いきや、枕を無理矢理剥がされ、キャロル様にベッドに押し倒された。


「きゃ、キャロル……さま?」
「今のは、アドニスが悪い。アドニス、今日は一日ベッドの上で僕と過ごそうか」
「ひ、ひぇ……」


 私はキャロル様の腕の中でそう呟いた。
 矢っ張り、発情絶倫皇子の名はダテじゃないです。

 にこりと微笑んだキャロル様は、欲と色気を前面に出して舌舐めずりをする。そんな姿さえ、えっちだなあ、格好いいなあなんて思ってしまう私は、かなりキャロル様におかされている。

 それでも、そんな発情絶倫皇子のキャロル様も大好きなわけで。私は、キャロル様の腕の中で、目一杯愛されて、幸せを感じる。

 私は、世界一幸せな侯爵令嬢だって、胸をはって言えるくらい多幸感に包まれていた。


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