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第4章 私達はハッピーエンドを掴みます!!

07 仲直りと新たな試練

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「アドニス、痛いところは無い? 変なことされたり、痛いことされたりしなかった?」
「だ、大丈夫です。その、えっと」
「ごめん、もしかして、近かった?」


と、キャロル様は寂しげに瞳を揺らして、私から離れた。

 一応、安静にと言うことで、私はベッドで横になっていたのだが、キャロル様があまりにも近くに座ってくるものだから落ち着かなかったのだ。別に、嫌というわけではないし、嬉しいのだけど、距離が近くて、休まらないというか、ドキドキと心臓の音が聞えてしまうのは恥ずかしいと思ったから。
 キャロル様は、身を起こして膝の上で手を組むと、何か言いたげに私を見た。
 あのあと、司会者の男や、貴族からたいした情報を得ることは出来なかったとか。口を割らないから、キールのことも聞き出せずにいるとか。キャロル様は、元々、帝国で禁止されていた人身売買をしている貴族達がいるという情報を耳にし、制圧するために動いていたのだとか。それに、キールが関わっているのではないかという噂も立って、三日前から動いていたらしい。そうして、オークション会場を嗅ぎつけ、参加し、今回晴れて制圧できたというわけだが。


「いえ、大丈夫です。あの、キャロル様……」
「アドニスが無事で良かった」
「……っ」
「アドニスは、すぐに色んなことに巻き込まれるから、凄く心配で。今回だって、本来違う令嬢が目玉として出品される予定だったらしくて、でも来てみれば、ステージにアドニスがいて」


 そう言うと、キャロル様はグッと手に力を入れて怒りを抑えるように息を吐いた。
 まあ、確かにそういう情報が出回っていたのなら、あの時、目玉商品としてステージに立ったのは私じゃなかったんだろう。だから、私がステージに立ったとき、キャロル様が驚いても何も可笑しくない。だって、情報と違うから。キャロル様は、その逃げた令嬢は無事保護されたと言っていた。全く面識もないし、良かった、と思うくらいしか出来なかったが、何故逃げ出せたのか、その令嬢も理解できていないようだった。なんでも、いきなり閉じ込められていた鉄格子の鍵が開いて……


(もしかして、ロイさんが?)


 シェリー様しか眼中になくて、私のことも助けてくれなかったロイさんなら、もしかしたら、と思ったのだ。一応、助けてはくれなかったけれど、それはあの場にキャロル様がいると分かっていたからだろうし、ロイさんは多分、キールの懐に入り込んで何か情報を得ようと潜入調査中みたいだったから。助けてくれなくても当然と言えば、当然で。それに、また今回も私が勝手に首を突っ込んで招いた結果だし。


(反省しなきゃ……)


 私は、ただの侯爵令嬢で、主人公でも何でもないのだ。だから、自分には何か出来るといって行動するのは、自分で自分の首を絞めるようなもの。キャロル様が、動いていると今回分かったので、もうこれ以上は何もしずに大人しくしておこうと思った。


「すみません、反省しています」
「アド……うん、分かってくれれば良いんだ。僕は、君のことが心配なんだ。強く言うけど、本当に、もうこれ以上聖女のことに関して首を突っ込むのはやめて欲しい。こちらでどうにかするから、アドニス……君は、君のことを大事にしてくれ」
「ごめんなさい、キャロル様」


 得られた結果は、全く望まないものだった。キャロル様に心配をかけるばかりで、私は、自分が情けなくなる。キャロル様は、こんなにも優しいのに、私は……
 キャロル様は、少し困ったような表情を浮かべると、そっと私の手を優しく包み込んだ。すらっと伸びた白い指は、見た目よりもごつごつしていて、男らしくて。でも、そんな手が震えているのだ。キャロル様は、私に何かを言おうとしているのだろうか。少し躊躇うようにして唇を噛むと、意を決したように口を開いた。


「アドニス……立て続けに、色んなことが起きて申し訳なく思っているんだけど、どうか、今度皇宮で開かれるパーティーには参加して欲しいんだ。僕のエゴだって分かってるし、我儘で、無理も承知だってのも分かってる。けど……」


 キャロル様に言われて、そういえばパーティーがどうこう、ということを思い出した。
 確かに、立て続けに色んなことが起きて、頭の整理が追いついていない状況ではあったけれど、断る理由もなかった。それに、こうやって毎回キャロル様がきてくれるわけでもないし、元気になった姿を見て貰いたい、こんな状態じゃなくてちゃんと話したいと思った。勿論、この状況でも良いんだけれど、キャロル様の様子を見ていると、完全に回復したときが良いんだろうなとは思って。


「分かりました。キャロル様。その日は必ず出席させていただきます」
「……っ、アドニス」
「ですので、そんな心配なさらないでください。その日までにはしっかりと体調を万全にしますし、元気な姿をキャロル様に見せるので……なので、キャロル様、そんな不安な顔をしないで下さい」


 彼の手を離し、私はキャロル様の頬に触れた。ピクリと反応を示したキャロル様は、いたたまれないような目で私を見る。それだけで、彼がずっとあの夜を引きずっているのだと分かる。私が、キャロル様に触れられることが少し怖くなってしまったように、彼もまた、自分を責めて、自分は罪人だとそう思い込んでいる。
 だから、キャロル様は私に触れることを躊躇っていた。きっと、私が拒絶してしまったから。
 彼は、いつものように私を抱きしめることも、キスをしてくれることもなかった。離れて様子を見守っているだけ。それが、寂しくて、チクリと胸を刺す。


「アドニス、僕は…………僕は、君に酷いことをした」
「……」
「許されないことをしたんだ。だから、拒んでもいい。君にはその権利がある……謝らせて欲しい。勿論、謝ってすむことじゃないし、君を傷付けたっていう事実が消えるわけでもない。だけど、あの日のことを改めて、謝らせて欲しいんだ。すまなかった、アドニス。本当にごめん。僕に出来ることは何でもするよ。だから……」


 キャロル様は、苦しそうな表情で私を見つめ、それから深く頭を下げた。
 どうしていいか分からないといった様子で私に何かを伝えようとしている。キャロル様は、私に何かを求めているのだろう。謝罪の言葉を受けなくても、許すつもりでいた。けれど、痛々しく必死に謝られて、私はどうするべきか迷った。だって、酷いことをされたって、怖かったって今でも思い出せるけど、私はキャロル様のことが好きだから。


「キャロル様、頭を上げて下さい。私は、貴方に救われました。キャロル様があの時来てくださらなかったら、きっと私は……だから、自分を責めないでください」
「でも、僕は」
「私は貴方を許しますし、私が貴方を責める理由なんてないです。ですから……もし、今までのように私を愛してくださるというのなら、離れていかないでください。貴方に、触れられないのは、寂しい……です」
「アドニス」


 キャロル様は顔を上げて、潤んだ二つの碧眼で私を捉える。
 まだ罪悪感の残るその顔を見て、本当に酷く彼は後悔しているんだなって実感した。キャロル様こそ、優しいお方だから、責任と罪悪感を感じているんだろう。
 キャロル様は、私に手を伸ばしたが、スッとおろし、膝の上で拳を握った。


「ありがとう、アドニス……君は本当に優しくて、素敵な女性だ。僕には、勿体ないくらい」
「え、え……何てこと言うんですか。それなら、キャロル様の方が、私に勿体ないくらい素敵で!」


(――って、何言ってるの!)


 私の言葉を受けて、キョトンと目を丸くしたキャロル様は、花が咲くように、ふはっ、と噴き出すと嬉しそうに笑顔を咲かせた。


「そんなことを思っていてくれたんだね。アドニス」
「うぅ……だって、ほんとなんですもん」
「可愛いよ、アドニス。本当に、誰にも渡したくないくらい……ううん、誰にも渡したくないよ。アドニスのこと」


 そう言うと、キャロル様は吹っ切れたように、私の手を再び包み込むと、顔を近づけてきた。久しぶりの距離に、目の前に大好きな顔があってドキドキしてしまう。


「アドニス……愛してる」
「……私も、です。キャロル様……」


 ゆっくりと近づいてくる唇を受け入れようと、瞳を閉じる。そして、キャロル様の吐息が私の唇に触れた。
 そして、このままキスを……と思ったら、パッとキャロル様は私から離れるのだ。驚いて、目を開ければ、悪戯っ子のように笑うキャロル様の顔がそこにあった。


「矢っ張り、キスは今度にしよう」
「え、え、え、な! 何でですか!?」
「アドニス、知ってる? 今度行われるパーティーは、僕の誕生パーティーなんだ」


と、キャロル様はニコニコといつにも増して笑顔で言う。


(な、何それ聞いてない!)


 パーティーの開催日は、二日後。初めて聞かされる情報に、私は目を回す。何も知らなかった。何も準備出来ていない。キャロル様から、誕生日はいつだって聞いてないから……
 いや、これはただの言い訳か、と思いつつも、何も準備出来ていないし、間近に迫った誕生日、きっと今から準備しても間に合わないだろう。


「わ、私。プレゼント、何も……あ、あ、間に合うか、どうか。ご、ごめんなさい」
「謝らないで良いよ。プレゼントも……そうだね、アドニス。だから、当日、君から僕にキスをしてくれないか」
「は、はへ」
「アドニスからのキスが、僕の誕生日プレゼントっていうことでどう?」


と、小首を傾げて可愛らしく提案してくる彼に、私は顔を真っ赤にして、何度もコクコクと首を振る。首を振るしかなかった。


(す、凄くあざとい!)


 小首を傾げるキャロル様が、一段と可愛く見えて、キラキラエフェクトが飛び交っていて、私は思わず顔を覆った。目が潰れちゃう。そんな私を見ながら、キャロル様は満足気に微笑み、私の手の甲にキスを落とす。
 それから彼は私を抱き上げてくるりと回り、ギュッと強く抱きしめると、耳元で囁いた。


「当日、楽しみにしてるから」
「は、はぃ……」


 そう言って、キャロル様は機嫌を良くして部屋を出て行ってしまった。
 何とか仲直りは出来たものの、新たな試練が私を襲う。


(わ、私からキスって……もしかして初めてでは!?)


 以前「抱いて」なんてせがんだくせに、キスをするのに真っ赤になっている自分は可笑しいと思いつつも、自分からキャロル様にキスをする想像をしただけで、顔が赤くなって、私は布団の中に潜り込んだ。あと二日、二日後に私はキャロル様にキスを……
 そう思うと、目がさえて眠れなくなってしまった。

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