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第4章 私達はハッピーエンドを掴みます!!

02 ただ一言で

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「はあ……」
「どうなさいました? アドニス様」


 クシで髪をとかしてくれていたメイドは、手を止めて、心配そうに私を覗き込んでくる。
 私は、鏡越しに彼女の顔を見て苦笑する。すると、彼女は不思議そうな顔をして私を見つめた。


(さすがに、キャロル様と喧嘩……じゃないか、雰囲気が悪くなってしまった。なんて、メイドには言えないし……)


 メイドを信じていないわけではなかったが、こういう話をして良いのだろうか、とかメイドが第二皇子について聞かれていないとはいえ、大それた事は言えないだろうし。矢っ張り、相談するならシェリー様がいいと思った。
 あの事件のあと、一度シェリー様がすむ公爵邸を訪れ、彼女の無事を確かめた後、少し話をする機会があった。けれど、矢っ張りシェリー様はあの日のことがかなりトラウマになっているようで、彼女の私的な部屋で話すことになったのを覚えている。彼女は大丈夫だという風に取り繕っていたが、私から見れば、全然大丈夫じゃなかったし、少し窶れているように思えた。だからこそ、また押しかけるのも……と、ためらいが生れてしまって、彼女にお茶(お話)をしませんかと手紙を送れずにいた。


「アドニス様、あんなことがあったばかりですし、無理なさらないで下さいね」
「ありがとう。でも、大丈夫よ」


 確かに、怖かった。知らない男に拉致されて、組み敷かれそうになって……でも、一番怖いと、印象に残ってしまっていたのは、キャロル様だった。好きな相手なのに、一番恐怖を抱いている。そんな自分が嫌で仕方なかった。けど、思い出すたびからだが震えて、拒絶反応のようなものを起こしてしまう。


(一度会って、話し合いたい……)


 あれから、キャロル様からの連絡は途絶えて、何をしているかさっぱり分からない状況になってしまった。今までは、半分連絡あり、半分押しかけという感じで頻繁に会っていたけれど、それがピタリとやんでしまってからは、やはり物足りなさというか、寂しさを覚える。思えば、あれが異常だったんだなあ、なんて懐かしさを覚えるほどだ。
 私の髪の毛をブラシで整えてくれる彼女は、私の言葉を聞いてほっとしたような表情を浮かべる。
 彼女は、いつも私のことを気にかけてくれる優しい子だ。だからこそ、迷惑はかけたくないし、悩まさせたくないなあ、なんて思ってしまう。だからといって、シェリー様を悩ませたいわけではないんだけど。彼女なら、聞いてくれるかな、なんて信頼があるからであって。
 はあ……と、再び出る溜息。そんな陰鬱な気持ちでいると、トントンとドアをノックする音が聞えた。メイドは手を止め、ドアの方に駆けていく。そこで、扉の向こうにいるメイドと何やら話した後、ちらりとこちらを見た。何かあったのだろうかと、首を傾げていれば、扉の向こうに、見たことあるような長身の男性が立っていた。


(え、あの人ってまさか!?)


「押しかけてしまい申し訳ありません。アドニス・ベルモント侯爵令嬢」
「え、いえ。大丈夫で……」


 メイドに指示をし、廊下に立たせていた男性を部屋に引き入れる。深く会釈をし入ってきた男性から漂ってくるオーラは他と違うと感じた。だって、彼は――


(嘘、本物!?)


 この乙女ゲームの攻略キャラの一人、クリス・アフィニティ。日の光を浴びると青く見える銀色の髪を持った騎士、クリス・アフィニティ。ゲームでは、氷の騎士と呼ばれていて、堅物、真面目、表情筋が死んでいる! なんていわれていたキャラだ。でも、いくら無表情であっても攻略キャラだし、やっぱりイケメンである。キャロル様ほどではないけれど、実際に近くで見てみると、そのイケメンオーラに当てられて、くらくらしてきてしまう。


「アドニス嬢?」
「え、ええっと。クリス・アフィニティ様、でしたよね。噂はかねがね……」


(って、何も知らないけど!)


 この間、キャロル様の暴走を止めた一人に、クリス様もいたような気が……ということで、記憶をたぐり寄せて、私は軽く挨拶をする。私がたどたどしくしていても、クリス様の顔は変わらなかった。氷のように冷たい瞳が私を見下ろしているだけ。


「呼び方はどちらでも。俺の事、知っていたのですね」
「は、はい。この間、キャロル様と一緒にいましたし……有名なので」


 騎士の中でも一番腕が立つ、作中でライラ殿下の次に剣の腕を持つと言われている。そして、第二皇子の護衛も兼ねているのだ。その腕を見込まれ、ライラ殿下の護衛に……とも推薦されていたが、どうも殿下と馬が合わないらしく、自分を本当に必要としてくれるキャロル様についたとかそういう設定があったり、無かったりする。乙女ゲームの記憶なんて遠い昔のことのようで思い出せない部分もある。あれだけ、熱中していたのに、忘れるのは一瞬だ。
と、話はそれたけれど、そんなクリス様がいったい何のようだろうと、私はまた首を傾げる。すると、クリス様は、私が何も理解できていないと察したのか、懐から一通の手紙をとりだした。金色の封蝋を見て、それが誰から送られてきたものか一瞬で予想がついた。


「キャロル様から預かってきました。中身は確認していませんが、アドニス嬢にと」
「あ、ありがとうございます。キャロル様は、いったいどちらへ?」
「外せない仕事があると、二日ほど前から出かけております。本人は、直接遭って話したいと言っていましたし、近いうちに、皇宮でパーティーが開かれるので、その招待もかねてでしょう」


と、クリス様は丁寧に言ってくれる。本当はもう少し、口調が荒いというかもっと冷たい感じなんだけど、どことなく無理して作ったキャラで、押し通そうとしてくる。そんなクリス様を見ながら、私は手紙を受け取った。ここで、開けるのはあれだろうと思って、クリス様を見れば、彼はまた小さく会釈をし目を伏せた。


「用事はそれだけです。お時間を取らせてしまってすみませんでした。俺も次の任務があるので今日はこの辺で失礼させていただきます」


 そういって、クリス様は踵を返し、静かに部屋を出て行ってしまった。
 攻略キャラだというのに、何というか冷たい……


(まあ、私自身、そもそもヒロインじゃないし)


 ヒロインならもっと優しかっただろうか。でも、ヒロインの、キールの中身は別人だろうから、あの堅物なクリス様が騙されるとも考えにくいし。


(それより、手紙……何だろう)


 あれから一言も言葉を交していないキャロル様。手紙を送らねばならない理由? というか、状況は把握したし、彼自身、直接遭って話したいと思ってくれているみたいだから、これはその話す内容というか、きっかけという感じで送ったんだろう。私は、レターナイフで封筒を開封し、中の便箋を取り出す。そこには、丁寧な言葉で、綺麗な文字で、数行言葉が綴られていた。私の身体を気遣う文、そして、この間の謝罪がしたいという有無、仕事ですぐには会いにいけないという悲痛な思い、そして最後に「会いたい」と一言書かれていた。


(うん、私も会いたい……早く会いたいです)


 矢っ張り、幾ら酷いことをされても、私はキャロル様が好きだった。だから、手紙を貰って、その一文を読んで彼に会う決心がついた。私も、彼を拒んでしまったこと、彼を受け入れるっていうことの重さや、彼の体質と向き合っていくこと。もっと考えないといけない事があって、私も彼に謝らないと、と思った。

 会える日が待ち遠しい。
 私は、手紙をそっと引き出しにしまって、鏡の前に立った。そこには、嬉しそうに恋をする乙女のような顔をした私がうつっていた。


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