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第4章 私達はハッピーエンドを掴みます!!

01 sideキャロル

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「随分と酷い顔をしているじゃないか。何だ、フラれたのか」
「……兄さんには、分からないだろうね。僕の気持ちなんか」


 面倒くさい男だな、と興味なさげに、また、気遣う様子もなく突っぱねる兄、ライラ・デニッシュメアリーを僕はちらりと見る。
 同じ黄金の髪を持ち、碧眼。けれど、皇太子と第二皇子では越えられない壁というか、存在感、オーラというものが違う気がするのだ。昔は近くにいたはずなのに、今は遠い存在になっているような気がした。


(いや、違うな。今、ライラが全て上手くいっているからか……)


 一段と兄が輝いて見えたのはそのせいだ。兄は聖女を婚約者として迎え入れ、彼女と幸せな生活を送っている。たいして僕はどうだ。


「はあ……」
「本当にらしくないな。あのご令嬢と何かあったのか。自ら、冤罪を被ったバカな令嬢に、何故そこまで執着する。お前には、不釣り合いだろ」
「幾ら、兄さんとはいえ、皇太子であるとはいえ、僕の婚約者を、愛する人を侮辱するのだけは許さない」
「……そう、熱くなるな。冗談で言ったんだ、分からないのか?」
「冗談に聞えないよ」


 無意識のうちに、怒りによって魔力が漏れ出たのか、棚や、 テーブルに置いてある花瓶がカタカタと揺れる。それをみた兄は、小さく肩をすくめる。

 この人は、いつもそうだ。
 偉そうで、自分の大切なもの以外はどうでもいいと、興味を示さなくて。心がないといってしまっても良いのではないかと思えるほど、冷たい人だった。そんな兄にも、婚約者が出来た。二人目であったが、帝国では聖女が現われたら、その聖女と皇太子は結婚するという決まりがある。お告げの聖女と結ばれれば、帝国は将来安泰だと、子孫繁栄するとも色々噂される。それが、全て本当だと僕は信じていないが、口を出す権利も無い。
 そのため兄は、元の婚約者を切り捨てて聖女と婚約した。少し前までは悪評が高かった公爵家の令嬢(養女ではあったがここでは公女として扱うとする)、シェリー・アクダクト公爵令嬢は、一年前から人が変わったように穏やかになった。僕でもたまに目を引くような笑顔を振りまくようになった。勿論、それは、兄に向けてのものだったが。
 そんな公女は、兄のためにつくし、愛した。たまに媚びを売るような仕草も見えたが、素直に純粋に兄を慕って思って……でも、そんな公女を兄は切り捨てた。

 僕は元々笑顔が素敵な人が好きだった。僕に笑いかけてくれるような人と結婚したい……なんて、密かな夢があった。だけど、第二皇子、皇族という厄介な立場上、恋愛結婚は反対される。だから、それなりに地位が高く、権力のある貴族のご令嬢と婚約を結ばなければならなかった。そこに愛がなくても。
 そんな時、出会ったのがアドニス・ベルモント侯爵令嬢だった。彼女は滅多にパーティーに顔を出さない。何でも恥ずかしがり屋で、侯爵が溺愛しているが故に外に出さないのだとか。所謂箱入り娘と呼ばれる令嬢だった。だが、僕がたまたま参加したパーティーで彼女を見つけた。おどおどとしながらも、話し掛けられればぎこちない笑顔を作る。そして、料理を口にすれば美味しそうに頬を緩ませ笑っていた。そんな彼女の笑顔に惚れた。一目惚れだったかも知れない。彼女を見たのは、そのパーティーだけだったし、もうかれこれ、三年前のことだろうか。

 僕は、その三年間彼女の笑顔が忘れられなかった。そして、また、そのパーティーで偶然落としたハンカチを彼女が拾ってくれたのだ。あのちょっとぎこちなくも優しい笑顔で「落としましたよ?」と微笑んでくれて。ずっと忘れられなかった。拾って貰ったハンカチは今でも、僕と彼女を繋ぐものだと思っている。
 初めて会ったときから、何故か、彼女に惹かれた。まるで、前世から知っていたかのように、愛しく思った。
 そうして転機が訪れたのは数ヶ月前だった。
 遠方のあと、ふらふらとした足取りで皇宮に戻ってこれば、運が悪いことにその夜はパーティーが開かれていた。自室に戻ろうにも、足がもつれて動けず、近くの空き部屋に潜り込む形で倒れた。魔力を使いすぎたせいで、発情し、このままでは命に関わると、呼吸が荒くなる中必死に耐えた。
 しかし、限界に達してしまったのか、意識が遠退いていく。
 そんな中、声が聞えたのだ。


『だ、大丈夫ですか』


 揺らぐ意識の中で、はっきりと、彼女の姿が見えた。それは、恋い焦がれてきた令嬢、アドニス・ベルモントの姿。夢かと思って、一人嘲ければ、あろう事か彼女は部屋に入ってきたのだ。ガチャリとドアは閉まったが、完全に鍵が閉まった様子はなかった。誰かに見られたらどうするんだという、そんな考えが頭をよぎる。もっと、彼女に会えたとか、彼女が助けに来てくれたのでは? と思えれば良かったが、今の自分では彼女を傷付けかねないと思った。
 けれど、彼女は僕に近づいてきていうのだ。


『つ、辛いんですよね。ええ、っと、私、アドニス・ベルモントっていいます。侯爵家の……きゃ、ロル様ですよね。貴方の、体質のことは知っているのでお力になりたいと思って……えっと、ええっと』


と、どもったかと思えば、僕の手を握り締めてこう言った。


『わ、私でよければ、キャロル様のお相手をさせて下さい』


と。沸騰したような真っ赤な顔で言ったのだ。

 少しだけ期待した。彼女も、僕に好意があるのではないかと。でも、そんなこと考えている余裕なんてなくて、僕は固唾をのみ、彼女の言葉をそのまま捉え、彼女を抱いた。正しくいえば、性欲処理……と、何とも好きな女性に対してつける言葉ではないのだろうけど。そんな関係から始まって。
 朝正気に戻った彼女は、僕を置いて部屋から出て行こうとした。もし、逃げられたらきっと彼女とあえなくなると思った僕は、脅し文句のように、とち狂ったことを言ってしまった。


『やっぱり、これは運命だと思うんだ。こんなに身体の相性がいい人は初めてで』
『君さえ良ければ、また抱かせてくれないか?』
『分かった。なら、僕が君を落とせば良いんだね?』


 あれは、今思い出しても、恥ずかしい。


「はあ……」
「鬱陶しい。俺の前でため息をつくな」


と、兄は苛立ったようにいう。ため息くらいはかせて欲しい。本当に、あの時は必死で、どうにかして引き止めようと思ったのだ。

 身体の相性が良い、魔力の波長が合う。

 それは、口から出任せだった。実際に、もう一度身体を重ねたとき、本当に相性が良かったんだと実感したが、それまでは本当に引き止めること、気を引くことだけを考えて行動していた。そうしてやっと、婚約を取り付けることが出来たのに。


(怒りにまかせて魔力を暴走させた挙げ句、彼女に酷いことをしてしまった)


 あのあと正気に戻って、どれだけ後悔したか思い出すも苦しい。いや、苦しいのはアドニスであって僕ではない。僕は傷付けた側で、彼女は傷付けられた側だ。幾ら、彼女が僕の体質のことを理解してくれていたとしても、あそこまで理性を失ったのは初めてだった。だからこそ、自分で自分が抑えきれなくなって、一番大切にしなければならない人を……


「……キャロル」
「何? 兄さん」
「そんなに気になるなら、会えばいいじゃないか。会って謝れば良いだけの話なんじゃないのか?」
「それが出来れば苦労していないよ」


 それに、僕はこの後とある仕事のため三日ほど開けなければならないのだ。だから、その期間はアドニスに会えないし、会いに行くことも出来ない。勿論、彼女から会いに来てくれるなんてことも無いだろう。
 僕は首を横に振った。まあ、この仕事を断らなかったのは、アドニスよりも重要なものだから、と言うのではなくてアドニスや僕が安心できるようにという、別の問題があって……
 僕は、立ち上がり、兄に背を向けて扉に向かって歩く。すれ違い様に、前を向いたまま僕は兄にいった。


「兄さんの、婚約者……あの聖女様、気をつけた方が良いよ」
「ハッ……自分が、上手くいっていないからといって俺に当たるな。お前こそ、俺の婚約者を馬鹿にしているのではないか」
「……兄さんだって分かってるだろ。確実な証拠を押さえてくる。だから、その時は、どうか決断を下して欲しい」
「……ッチ」


 兄の舌打ちを最後に、僕は部屋を出る。
 兄だって分かっているはずなのだ。けれど、それを口にしないのは認めたくないから。
 僕は、暗い廊下をコツコツと靴を鳴らしながら歩く。


(待っていてくれ、アドニス……必ず僕が)


 傷付けたくせに、こんなこと言える立場ではないかも知れないけれど。でも、僕はアドニスを守る為に、行動するよ。アドニスを陥れた悪女の証拠を掴んで、必ずや、平穏をアドニスに届ける。それから、彼女に謝ろう。そして、もう一度、僕の真剣な愛を伝えよう。


「アドニス……君だけが、僕の宝物だ」

 君が笑ってくれるなら、僕は幾らでも君のために血を流そう。
 僕の声は、アドニスにも、誰にも届くことなく永遠と続く廊下に消えていった。


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