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第3章 矢っ張り不遇令嬢の名はダテじゃないです!!
05 乙女の約束
しおりを挟む「アドニス? 顔色が悪いけど、大丈夫?」
青い海の瞳が、心配そうにこちらを見つめてくる。
私は、そんな心優しい彼女、シェリー様を心配させたくなかったが、取り繕うことが出来ず、思わず本音を零してしまう。
「は、はい。実は、寝不足でして」
嘘ではない。
実際、あの悪魔の笑みと言葉を受けて、それがずっと頭の中を支配していたから。あの恐ろしい、ヒロインの皮を被った悪魔に、私は侵されていた。
キールのことを、どうシェリー様に伝えようかと、考えていれば、シェリー様から話を聞きだしてくれた。
「もしかして、キールのこと?」
「は、はい……そう、なん、です」
途切れ途切れになりながらも、私は何とか頷いた。
顔に出ていたのだろうか。それとも、シェリー様もこの間の件で可笑しいと思ったから、聞いたのだろうか。どちらにしても、シェリー様もキールに対する見方が変わったんだろうと、私は顔を上げた。久しぶりのシェリー様の顔を見て、何だか癒やされるような気がした。美しい、私では到底放つことの出来ない色気のオーラ。女の私でも、惚れてしまいそうになるくらい綺麗で可愛らしい。それに、何より、性格も良い。キールと比べたら天と地の差だ。
そんなことを思いつつも、私の本命は婚約者はキャロル様だ! と小さな私が心の中で叫ぶので、私は我に返って辺りを見渡した。だって、いつもならいる人がいないから。
「あの、ロイさんは?」
「……あー、ロイ、ね。ロイは、今ちょっとおつかいを頼んでいて」
と、シェリー様は言いにくそうに視線を逸らした。憂いな横顔が疲労され、また私の心は舞がある。けれど、そんな雰囲気にもなれなくて、シェリー様の変化に私も驚いていた。
だって、あのロイさんが。執着心の塊みたいな、従順ワンコを演じているだけのヤンデレロイさんがいないのだ。この場に! それも、どうやらシェリー様に言われていないのでは無くて、自らの意思でこの場にいないように感じた。おつかい、というのは嘘のような気がしたから。
けれど、それについて突っ込んで良いのか分からず、私は話を戻すことにした。
「そ、そのキールと昨日あったんです。ああ、えっと、その前に、これを言いたかったんです。シェリー様、無事で良かったです」
「ありがとう……私こそ、ずっと言おうと思っていたの。あの時、庇ってくれたでしょ? 持ってきたお茶を伏せて飲み比べをしようって言ったキールが一番怪しくて、その後の行動も可笑しかったのに。疑いをかけられた私を、アドニスが庇ってくれて……本当にあの時は助かったわ。でも、凄く心配だったの。無実が証明されて、本当に良かったと思っている」
そうシェリー様は言うと、安堵のため息をついた。
それは、とても嬉しそうな表情で、思わず私も微笑んでしまう。やっぱり、シェリー様は天使だ。笑顔も、そして心までも美しいと。
私は、あの時庇って良かったと、声を上げることが出来て良かったと、改めた思った。こうやって、感謝されると、私の行動には意味があったんだと思える。そして、行動出来たからこそ、今の関係があるんだと思った。
「ええっと、話がまたそれてしまいました。それで、キールにあったんですが、矢っ張り彼女、中身が違うと思うんですよね」
「私達と同じ転生者」
「はい、それで……」
そこまで言って私はどうしようかと思った。シェリー様を陥れようとしているんです! と本人にいって良いものなのか。いや、いわないと伝わらないのだけど、そんな恐ろしいことをいって、彼女を困らせたりはしないだろうかと。でも、注意喚起くらいはしないと、キールは本気でやりかねないと思った。
私が、もごっていれば、シェリー様は「分かったわ」と何か、一人で納得したように呟いた。
「ありがとう。アドニス。教えてくれて」
「え、いや、でも、私何も……」
「この件は私に任せて。貴方を巻き込みたくないの……どうせ、姉妹の問題だし」
と、シェリー様は優しく微笑んでいった。最後の言葉は小さくて聞き取れなかった。
でも、巻き込みたくない、という言葉から、シェリー様は何か知っているようだった。何か掴んで、その上で私にこれ以上関わらなくて良いといってくれたのだ。でも、ソレハできない相談で、私は、キールの中で彼女の手駒になっている。だから、彼女が私を解放しない限り、キールとの縁は切れないと思った。それに、パパ様も、使用人達もきーるの豹変ぶりに驚きながらも、私の親友として見ているわけで。簡単にこの縁は切れないと思った。
だから、何処かしらで繋がってしまうと、私は思ってしまったのだ。
「ありがとうございます。でも、私は今キールの親友という形で、彼女に利用されているんです。彼女は、まだ私に利用価値があると思って、側に置いています。巻き込みたくないと言って下さるのは本当に嬉しいです。私も、不遇令嬢という名がつけられているだけあって、巻き込まれるのは怖いです。ですが、私はシェリー様の役に立ちたいんです」
「アドニス……」
「力になれるかは分かりませんが、私に出来ることなら何でもするので。シェリー様も一人で抱え込まないで下さい!」
そう私は言うと、シェリー様は目を丸くさせた後、ふわりとした笑みを浮かべた。
「フッ、アドニスって思った以上に積極的なのね」
と、シェリー様は美しい笑みから一変して、年相応の笑みを浮べ噴き出した。
それから、ひとしきり笑い終えたあと、シェリー様は「分かったわ」と先ほどとは違う、私に向けた言葉を投げてくれる。
「ありがとう。アドニス。でも、お互い、危ないって感じたら身を引くのよ? これは、私との約束」
「はい!」
私とシェリー様は、小指を絡めて約束する。シェリー様の役に立てるかも知れないと思うと、やる気が出てきた。あの悪魔と対峙するのは怖いけれど、機嫌の取り方も分かってきたし、このまま上手くやろうと。
「そういえば、アドニス。聞いたわよ? キャロル様と婚約関係になったんですって?」
「そ、そうなんです……キャロル様の、必死の告白を受けて。それで」
「良かったじゃない。夢が叶って。好きだったんでしょ?」
シェリー様は自分事のように喜んでくれ、前のめりになって聞いてくる。そんなに近づかれるとドキドキしてしまう。しかし、シェリー様の顔を見てると、余計なことを考えてしまうので、視線を下げた。すると、シェリー様の首筋に赤い痕がついていることに気がついた。それはキスマークで、昨日見たばかりのものだったからすぐに理解した。昨日仕事で出かけていったキャロル様に、私もつけられたから。
(なんだ、ロイさん通常運転じゃないですか……)
もしかしたら、ロイさんは……何て考えてしまったが、シェリー様の身体についた執着のあとを見れば、彼の心がシェリー様にあると分かったため、安心した。ロイさんに限って、他の女性と、とは考えにくいし。
「そうだわ。アドニス。これから、城下町に行きましょう」
「城下町ですか? 突然に、何で……」
「アドニスのお祝いよ。ちょうど、ね? ロイが帰ってくる頃だし……まあ、また連れて行かせることになるけど、大丈夫でしょう」
なんて、シェリー様は、笑いながら言う。
まあ、従者は主人に逆らえないし、シェリー様が言えば、ロイさんは分かりましたって頷くだろうけど。
(でも、お出かけって、何だか普通の友達みたいで、楽しみだなあ)
なんて、私は楽観的に考えていた。ただ、シェリー様みたいな素敵な人の隣を歩くなんて! とも、自分の魅力のなさも痛感していた。
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