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第3章 矢っ張り不遇令嬢の名はダテじゃないです!!
01 いってきますのキス
しおりを挟む「それじゃあ、アドニス行ってくるよ」
「は、はい。お気を付けて」
チュッと、リップ音を立てて、私の額から離れていくキャロル様。それはもう、愛おしいものを見るような目で、私を見つめる。そんなキャロル様の顔が近づいてきて、再び唇を重ねる。優しく、本当に触れるだけ、という感じのもので、キャロル様は名残惜しそうに離れていく。そんな顔をされてしまったら、私だって、離れたくなくなってしまう。
(こんなの、新婚夫婦みたいな!)
いってきますのキス。なんて、ベタなんだろう。
婚約者でもないのに浮き足立ってしまうこの気持ちは、隠さなければならないと思った。
キャロル様は、これから、隣国の偵察に行くらしい。隣国と、私達の住む帝国は昔から仲が悪いらしく、戦争になる事もしばしばあったそうだ。今は、均衡を保ってお互い手を出さないようにしているが、気性の荒い人達が集まって、暴動を起こすなど、帝国に恨みを持った人達が少なからずいるようだ。帝国では時々、また戦争が起きるのではないかと噂され、上の方はかなりピリピリしているそうだ。そういう情勢とか、政治とかはよく分からないけれど、戦争になったら……と考えると、末恐ろしい。勿論、戦争の英雄と呼ばれているキャロル様と、ライラ殿下は確実に戦地に向かわされることになるんだろうけど。
もし、そうなったらキャロル様は命の危険にさらされ続けることになるわけで。
考えない方が良いと思っても、私は時々そう考えてしまう。幾ら、キャロル様が強いとはいえ、もしかすると、もしかして、キャロル様の体質を利用して殺害しようと企てる人も出てくるかも知れないわけで。
私に出来ることといえば、ただここでキャロル様の帰りを待って、祈ることだけだった。それが、何とも歯痒くて仕方がないのだ。でも、ただの貴族の令嬢である私には何も出来ない。
私はキャロル様の背中が見えなくなるまで見送ってから、私は、侯爵邸に帰ることになった。
帰ったら、パパ様がご乱心になっていそうで、どう説明すれば良いか馬車の中で考える。一応、話は通っているだろうし、無実だと証明されたわけで、侯爵家には何もダメージがいっていないはずなのだが。
(それにしても、凄かった……)
怒濤の連続。お茶会に行っただけで、あんなことになるなんて思いもしなかった。少し、お茶会がトラウマになってしまって、今後少し遠慮したいなあと思う。でも、貴族の令嬢達がすることといえば、お茶会か、パーティーに参加して、交友網を広げたり、婚約者を見つけたりすることだけで。
それも、勿論凄かったし、貴族間の諍いや、今回みたいな事件は大きく取り上げられるんだと思った。あのあと、どう収拾をつけたか分からないけれど、お金で黙らせた可能性もあるし。私にとっては大きな事件だったけれど、その事件はもみくちゃにされて闇に葬られた可能性もなきにしもあらずという感じだった。
(それも、凄かったけど。昨日の夜は……)
初めて、通常時……? (という言い方が正しいか分からないけれど)のキャロル様に抱かれた。しっかりと理性があって、いつもの荒々しさがなくて、丁寧に腫れ物を扱うように抱いてくれた。そんな風に、身体を気遣われて抱かれたことなんてなかったから、ある意味で凄く恥ずかしかったし、物足りなさを感じた。
優し過ぎるというか、気遣いすぎるというか。私が、荒っぽいのが好きとかそういうんじゃなくて……
(我慢していたような。そんな、感じ……)
もっと、キャロル様は必死に獣のように抱く人だと思っていたから、その想像を壊されたというか。いつもの発情しているキャロル様の印象が強すぎて、あの強烈な、気遣いに欠けているキャロル様を思い出したら……
「――って! 何考えてるの、私!」
キャロル様のせいにしていたけれど、これはよくよく思えば、私がそういうのが好きなのではないかと思った。乱暴に抱かれるというか、本能むき出しに抱かれるというか。そういうのの方が。癖になってしまったといえば良いだろうか。
そう考えると、途端に体中の体温が上がって、顔が沸騰しそうだった。
勿論、どちらのキャロル様も素敵だ。私を求めて優しく抱いてくれるキャロル様も、本能むき出しに私を強く抱くキャロル様も。どっちもキャロル様なのだから。私は、どっちのキャロル様も素敵だと思うし、気持ちが良いけれど、キャロル様はそれで満足してくれているのだろうか。思い返すと、やはり、昨晩のキャロル様は何処か遠慮していた気がした。私を第一に考えて、自分よりも私を気持ちよくすることに専念していたような。
(いや、これは考えすぎ……)
勘違いしそうになってしまう。きっと、気の迷いだ。
でも、期待して良いとするなら……
(キャロル様みたいな誠実な人が、簡単に好きとか言わない……よね。だったら、矢っ張り期待しても良いのかも)
でなければ、わざわざ冤罪を自ら被りにいったような人間の元に来たりしない。本当に、キャロル様は私に気があるのではないかと、妄想してしまう。そうだったら、嬉しい。でも、不遇令嬢の名はダテじゃない。これから、どんな不運に巻き込まれるか分かったものじゃないからだ。ゲームの中のアドニスは、それはもうよく巻き込まれていた。それこそ、巻き込まれ系ヒロインみたいに。けれど、アドニスは脇役で、もしヒロインが事件に巻き込まれ悲惨な結末をむかえていたらこうなっていました、というのを表すための役でしかない。本当に不遇で、不憫で、可哀想な女の子だった。
だから、そんな不遇な人生に、不運な出来事には絶対に巻き込みたくない。
キャロル様にまで、被害が及んだらと考えると、胸が締め付けられるように痛くなる。
キャロル様の幸せを願っているし、キャロル様を守りたい。キャロル様の為に出来ることは何でもしたいし、キャロル様の為になることであれば、なんだって。
(キールのこともまだあるし……それが解決するまでは、距離をとった方が良いかもしれない)
お互いの気持ちは、解決するまでは保留しておこう。仮に、本当に好き同士だったとしても。キールが私を使って何かしようとしているのなら、その可能性があるなら、私は彼女の計画を阻止したいと思った。守りたいものが一杯出来てしまった気がして、何だか気が一気に重くなった。それでも、私はやり遂げたいと思った。
自分の立場、そして、キールのこと。巻き込まないために、離れるのが最善策だと私は思う。勿論、キャロル様を好きな気持ちは変わらないけれど。
「キャロル様、ごめんなさい……少しの間だけ、私は貴方から離れます」
その間に、キャロル様が他の女性を好きになったら……それでもいい。推しの幸せが何よりだもの。それに、本来なら選ばれるはず無いキャラクターに転生してしまったんだ。受け入れるしかない。
だんだんと見えてくる侯爵邸を前に、私はこれからどう動こうか、まずは書き出そうと前を向いた。
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