20 / 45
第2章 この世界で生きていくのは難しいです!!
09 無実の証明
しおりを挟む食べ物が喉を通らない。
牢に入れられて、三日ほど経っただろうか。時計もなく、窓もないため、時間の感覚が分からなかった。そんなに、あの事件は難航しているのだろうか、と外のことを考えるが、牢に入れられている私には何も出来ないと、硬いベッドの上で寝返りをうつ。
キャロル様とは、あれ以来一度も顔を合わせていなかった。というか、この狭い部屋には私しか居ないのだけど。
食事は一日二回、鉄格子越しに手渡される。手渡された食事を口に運びながらも、キャロル様のことをずっと考えていた。それくらいしか、考えることはない。でも、日に日に牢の中で一人、というストレスがたまっていって、食事も喉を通らなくなってしまった。
別に、牢での生活が極悪なわけでもない。一応お風呂にも入れて貰えるし、食事も出して貰える。何か、罵倒されたり、尋問されたり、と言うことはなく、ただただ一人。放置されているような状態だった。
(ずっと、このままなのかな……)
そう思って、ふと鉄格子の外を見ると、パタパタと慌ただしい足音が聞えてきたかと思えば、私の牢の前で一人の男性が立ち止まった。はあ、はあ……と息を切らして、ガシャンと、鉄格子を掴む。
「きゃろ……る、様?」
そこにいたのは、見間違えることもない、輝かしい黄金の髪に、碧眼を持った美青年だった。私の推し、キャロル・デニッシュメアリー。
夢でも見ているのかと、私は、じんわりと視界が滲んでいくのが分かった。私が見ている都合の良い夢なのではないかと、そう錯覚するぐらいには。
キャロル様は私を見るなり、良かった、と言うような笑みを浮べる。しかし、いつものような優しい笑みではなくて、少しだけ強張っているようにも見える。
キャロル様は私を見て、安心したのか、ほっとため息をつくと、その場に座り込んで何度も譫言のように「良かった」と呟いていた。
「キャロル様」
「アドニス。君が無事で良かった」
私は、ずるずると、ドレスを引きずりながら、鉄格子に向かって歩く。夢ならば、都合の良い夢ならば、彼に触れることぐらい許して欲しいと思ったから。そっと、私は鉄格子越しに、キャロル様に手を伸ばす。すると、彼は私に応えるように、そして、もう離さないというように私の手を掴んだ。一回りも、二回りも大きな手が私を包む。そこには、確かに体温があった。
(夢じゃない?)
疲労のせいで、夢と現実の区別がつかなくなっていた。だって、第二皇子であるキャロル様が、わざわざ地下牢になんて来る筈無いし、なんの理由があってここに来るのかも……
けれど、キャロル様は、もう大丈夫だから、と、安心させるように潤んだ碧眼を私に向けている。
「アドニス。君の、無実が証明されたんだ」
「無実……」
そうだった。私は、冤罪を自ら被ってここに投獄されたのだと。
すっかり、三日のうちに何で私は牢にいるのか、その理由すら忘れてしまっていた。冤罪云々よりも、あの事件がどうなったか、と他に意識が向いてしまっていた。自分が、何故ここにいるのか、冤罪を被っていたという事実さえ忘れかけていた。
けれど、キャロル様の「無実が証明された」という一言で、私はようやくここから解放されるのだと、察した。
「えっと、それは……」
「話すと長くなるけど、被害者の男爵令嬢はまず無事だった。君が訴えたアレルギー症状というのもなかった。そして、カップに毒が塗られていたということが分かったんだ……それから、そのカップに毒を塗ったと思われるメイドは遺書を残して自殺していた」
と、キャロル様は目線を下げていった。
次から次へと頭に入ってくる情報に私は追いつけなかった。つまり、ジプシーは無事で、メイドが犯人だった、ということだろうか。
(そんなのって……)
ジプシーがまず、無事で何よりなのだが、犯人が見ず知らずのメイドだったことに驚き……不信感がぬぐえなかった。考えたくないけれど、キールが何かしら手を回して、メイドを犯人に仕立て上げたとか? それとも、そういう計画だった?
キールを疑いすぎるがあまり、彼女がやった、と決めつけていたが、もしかしたら他の可能性もあるのではないかと思えてきた。幾ら、彼女が怪しいからといって、彼女を攻め立てることも、堂々と怪しむことは出来ない。それに、彼女は、皇太子の婚約者で、聖女なのだ。一貴族の令嬢が、彼女に意見できる立場ではない。寧ろ、そうすることで私も、侯爵家も危険にさらしてしまう。
「あ、あの、シェリー様は……シェリー・アクダクト公爵令嬢は、無事なんですか」
私は、それまで頭の片隅に追いやっていた、彼女の存在を思い出した。キールが何かしたかも知れないという問題よりも、まずは、私によくしてくれていたシェリー様の無事が気になった。
キャロル様は私の質問を聞くなり、眉間にしわを寄せた。
もしかして、不味い状況なんじゃ、と私が彼を見つめていれば、キャロル様は私を鉄格子越しに見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「シェリー・アクダクト公爵令嬢は無事だ。ただ、君と同じく怪しまれていた。第二の容疑者として、彼女は公爵家から出てはいけないと謹慎処分を受けている。まあ、犯人が見つかったから、解放されるだろうけれど……」
と、キャロル様は言った。
シェリー様は無事だった。それを聞いてほっとした反面、やはりシェリー様は疑われてしまったことに胸を痛めてしまう。私は彼女を庇おうと声を上げた。それでも、彼女の疑いは晴れなかったと。何故、シェリー様まで疑われる自体となったのか。犯人は別にいたというのに。
私は俯き、黙り込んだ。
それを見てか、キャロル様は私の手を優しく握る。絡められた指が少し震えているのに気づき、私は顔を上げる。そこには、今にも泣きそうな目の縁を赤く染めたキャロル様の顔があった。
「アドニス……僕は、君が無事でよかったと思っている。君の無事が何よりも嬉しいんだ」
「キャロル、様?」
「だから……前にもいったけど、君は、君自身を大切にするべきだと思う。君は、そもそも疑いをかけられていなかった。なのに、わざと声を上げたんじゃないか?」
キャロル様は、私をじっと見つめてくる。碧眼が、真実を言えと、私を脅迫してくるようだった。
気づかれている。
けれど、キャロル様は私を疑っていなかった、一番被害者の近くにいて怪しまれるまずの私を、その場にいなかったのに、流れてきた噂や話しに惑わされず、私の無実を信じてくれていた。
「君は、優し過ぎる……もっと、自分を大切にしてくれ」
と、切実に訴えかけられれば、私はキャロル様は目を伏せた。零れそうな涙を見て、私は胸の奥が熱くなった。
彼にこんな顔をさせたかったわけじゃない。
でも、それ以上に、私を思ってくれているキャロル様を目の前にして、私の胸は熱くなっていた。こんなにも、思ってくれていることを知って、もしかするとっていう邪な思いが出てきてしまう。無実が証明されたと同時に、そんなことを思ってしまう私は現金な人間だと思う。
「キャロル様、ありがとうございます」
と、私は彼に礼を言う。
「アドニス」
キャロル様の手が伸びてきて、私は思わず目を瞑った。けれど、その手は私の頬に触れて、撫でられるだけだった。鉄格子が私達を隔てているから、キスも、全身触れることさえも出来ない。ああ、早く出たい。そして、キャロル様に――
「キャロル様」
「何? アドニス」
「私、キャロル様に抱かれたいです」
11
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です

悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる