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第2章 この世界で生きていくのは難しいです!!

09 無実の証明

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 食べ物が喉を通らない。

 牢に入れられて、三日ほど経っただろうか。時計もなく、窓もないため、時間の感覚が分からなかった。そんなに、あの事件は難航しているのだろうか、と外のことを考えるが、牢に入れられている私には何も出来ないと、硬いベッドの上で寝返りをうつ。
 キャロル様とは、あれ以来一度も顔を合わせていなかった。というか、この狭い部屋には私しか居ないのだけど。
 食事は一日二回、鉄格子越しに手渡される。手渡された食事を口に運びながらも、キャロル様のことをずっと考えていた。それくらいしか、考えることはない。でも、日に日に牢の中で一人、というストレスがたまっていって、食事も喉を通らなくなってしまった。
 別に、牢での生活が極悪なわけでもない。一応お風呂にも入れて貰えるし、食事も出して貰える。何か、罵倒されたり、尋問されたり、と言うことはなく、ただただ一人。放置されているような状態だった。


(ずっと、このままなのかな……)


 そう思って、ふと鉄格子の外を見ると、パタパタと慌ただしい足音が聞えてきたかと思えば、私の牢の前で一人の男性が立ち止まった。はあ、はあ……と息を切らして、ガシャンと、鉄格子を掴む。


「きゃろ……る、様?」


 そこにいたのは、見間違えることもない、輝かしい黄金の髪に、碧眼を持った美青年だった。私の推し、キャロル・デニッシュメアリー。
 夢でも見ているのかと、私は、じんわりと視界が滲んでいくのが分かった。私が見ている都合の良い夢なのではないかと、そう錯覚するぐらいには。
 キャロル様は私を見るなり、良かった、と言うような笑みを浮べる。しかし、いつものような優しい笑みではなくて、少しだけ強張っているようにも見える。
 キャロル様は私を見て、安心したのか、ほっとため息をつくと、その場に座り込んで何度も譫言のように「良かった」と呟いていた。


「キャロル様」
「アドニス。君が無事で良かった」


 私は、ずるずると、ドレスを引きずりながら、鉄格子に向かって歩く。夢ならば、都合の良い夢ならば、彼に触れることぐらい許して欲しいと思ったから。そっと、私は鉄格子越しに、キャロル様に手を伸ばす。すると、彼は私に応えるように、そして、もう離さないというように私の手を掴んだ。一回りも、二回りも大きな手が私を包む。そこには、確かに体温があった。


(夢じゃない?)


 疲労のせいで、夢と現実の区別がつかなくなっていた。だって、第二皇子であるキャロル様が、わざわざ地下牢になんて来る筈無いし、なんの理由があってここに来るのかも……
 けれど、キャロル様は、もう大丈夫だから、と、安心させるように潤んだ碧眼を私に向けている。


「アドニス。君の、無実が証明されたんだ」
「無実……」


 そうだった。私は、冤罪を自ら被ってここに投獄されたのだと。
 すっかり、三日のうちに何で私は牢にいるのか、その理由すら忘れてしまっていた。冤罪云々よりも、あの事件がどうなったか、と他に意識が向いてしまっていた。自分が、何故ここにいるのか、冤罪を被っていたという事実さえ忘れかけていた。
 けれど、キャロル様の「無実が証明された」という一言で、私はようやくここから解放されるのだと、察した。


「えっと、それは……」
「話すと長くなるけど、被害者の男爵令嬢はまず無事だった。君が訴えたアレルギー症状というのもなかった。そして、カップに毒が塗られていたということが分かったんだ……それから、そのカップに毒を塗ったと思われるメイドは遺書を残して自殺していた」


と、キャロル様は目線を下げていった。

 次から次へと頭に入ってくる情報に私は追いつけなかった。つまり、ジプシーは無事で、メイドが犯人だった、ということだろうか。


(そんなのって……)


 ジプシーがまず、無事で何よりなのだが、犯人が見ず知らずのメイドだったことに驚き……不信感がぬぐえなかった。考えたくないけれど、キールが何かしら手を回して、メイドを犯人に仕立て上げたとか? それとも、そういう計画だった?
 キールを疑いすぎるがあまり、彼女がやった、と決めつけていたが、もしかしたら他の可能性もあるのではないかと思えてきた。幾ら、彼女が怪しいからといって、彼女を攻め立てることも、堂々と怪しむことは出来ない。それに、彼女は、皇太子の婚約者で、聖女なのだ。一貴族の令嬢が、彼女に意見できる立場ではない。寧ろ、そうすることで私も、侯爵家も危険にさらしてしまう。


「あ、あの、シェリー様は……シェリー・アクダクト公爵令嬢は、無事なんですか」


 私は、それまで頭の片隅に追いやっていた、彼女の存在を思い出した。キールが何かしたかも知れないという問題よりも、まずは、私によくしてくれていたシェリー様の無事が気になった。
 キャロル様は私の質問を聞くなり、眉間にしわを寄せた。
 もしかして、不味い状況なんじゃ、と私が彼を見つめていれば、キャロル様は私を鉄格子越しに見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「シェリー・アクダクト公爵令嬢は無事だ。ただ、君と同じく怪しまれていた。第二の容疑者として、彼女は公爵家から出てはいけないと謹慎処分を受けている。まあ、犯人が見つかったから、解放されるだろうけれど……」


と、キャロル様は言った。

 シェリー様は無事だった。それを聞いてほっとした反面、やはりシェリー様は疑われてしまったことに胸を痛めてしまう。私は彼女を庇おうと声を上げた。それでも、彼女の疑いは晴れなかったと。何故、シェリー様まで疑われる自体となったのか。犯人は別にいたというのに。
 私は俯き、黙り込んだ。
 それを見てか、キャロル様は私の手を優しく握る。絡められた指が少し震えているのに気づき、私は顔を上げる。そこには、今にも泣きそうな目の縁を赤く染めたキャロル様の顔があった。


「アドニス……僕は、君が無事でよかったと思っている。君の無事が何よりも嬉しいんだ」
「キャロル、様?」
「だから……前にもいったけど、君は、君自身を大切にするべきだと思う。君は、そもそも疑いをかけられていなかった。なのに、わざと声を上げたんじゃないか?」


 キャロル様は、私をじっと見つめてくる。碧眼が、真実を言えと、私を脅迫してくるようだった。
 気づかれている。
 けれど、キャロル様は私を疑っていなかった、一番被害者の近くにいて怪しまれるまずの私を、その場にいなかったのに、流れてきた噂や話しに惑わされず、私の無実を信じてくれていた。


「君は、優し過ぎる……もっと、自分を大切にしてくれ」


と、切実に訴えかけられれば、私はキャロル様は目を伏せた。零れそうな涙を見て、私は胸の奥が熱くなった。

 彼にこんな顔をさせたかったわけじゃない。
 でも、それ以上に、私を思ってくれているキャロル様を目の前にして、私の胸は熱くなっていた。こんなにも、思ってくれていることを知って、もしかするとっていう邪な思いが出てきてしまう。無実が証明されたと同時に、そんなことを思ってしまう私は現金な人間だと思う。


「キャロル様、ありがとうございます」


と、私は彼に礼を言う。


「アドニス」


 キャロル様の手が伸びてきて、私は思わず目を瞑った。けれど、その手は私の頬に触れて、撫でられるだけだった。鉄格子が私達を隔てているから、キスも、全身触れることさえも出来ない。ああ、早く出たい。そして、キャロル様に――


「キャロル様」
「何? アドニス」
「私、キャロル様に抱かれたいです」


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