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第2章 この世界で生きていくのは難しいです!!

08 牢の中で夢を見る

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「――そういうことなので、アドニス・ベルモント侯爵令嬢。現場検証と、現場にいた令嬢方の取り調べが終わるまで、ここにいて貰います」
「は、はい……ご苦労様です」


 私を連れてきた騎士達は、敬礼したあと、牢を出て行った。
 鉄格子。逃げられない箱の中。
 汚くて狭い牢屋に入れられることを想像していたけれど、思いの外広く、ベッドもあれば、椅子と机もある鉄格子の中に入れられた。一応容疑者……犯人かも知れない人間だし、拘束はするんだろうけれど、何せ、侯爵家のものだから、確実に犯人だ! と分かるまで、扱いが丁寧なのかもしれない。取り敢えずは、監視の目からは逃げられた……(牢の中に入れられているから、何かしらの監視魔法や何かはあるんだろうけど)、人がいなくなったことで一気に身体の力が抜けて、ベッドに倒れ込んだ。ベッドは、自室のベッドよりも硬い。寝返りを打つたびにギシィと壊れそうな音がする。前言撤回。そこまで良くない。


「はあ……」


 それにしても、まさかこんなことになるとは思わなかった。
 ゲーム上では絶対に起こりえないイベント。それは、私とシェリー様、そしておそらくキールも、転生者だから起こってしまったイベントだろう。でも、結局何かしらのイベント……厄介事に巻き込まれている時点で、不幸、不遇なことには変わりない。自ら、シェリー様に被せられるはずだった冤罪を被りにいったのだから、自業自得と言えば、自業自得なんだけど。


「……シェリー様、大丈夫だったかな」


 私への疑いは、あのあとも薄いように感じた。また、ヒソヒソと「アドニス嬢が?」、「アドニス嬢って影薄いのに?」なんて、悪口も混ざりつつ、アドニスがそんなことするわけない、だから、シェリー様がやったんだ、と疑いは彼女に向けられたままだった。でも、私の説明が刺さったのか、一応容疑者として捕らえられたのは私で、牢に入れられるのも私になった。
 シェリー様を救えた……と、思うことにして、次は自分自身のことを考えようと思った。
 ずっと、このままというわけではないだろうし。もしかしたら、キールのことだから、使い物にならないって私に罪を被せるかも知れない。他の令嬢達が、今回の事件を起こしたとも考えにくいし。彼女たちも演技だった、と言う風には見えなかった。だったら、いったい誰が、ジプシーに毒を盛ったのだろうか。


(位置的に、キールは無理だし。矢っ張り、私とシェリー様……になるのよね)


 お茶に毒が入れられていないのだとしたら、お菓子かティーカップか。可能性としては、ティーカップだろう。それか、他の何かか。
 考えても、答えは見つからなかった。
 現場に戻って証拠を見つけようにも、投獄されているままでは何も出来ない。あとは、外にいる騎士達にまかせるしかないと思った。何かしらは、証拠が出てくるだろうけれど。


(でも、男爵令嬢が倒れたからってこんなに大事になるものなのかな……)


 倒れたジプシーは、男爵令嬢だった。毒を盛ったのがシェリー様だったと仮定しても、矢っ張り公爵令嬢が男爵令嬢を毒殺する理由なんて何もないはずだ。狙うのであれば、婚約者を狙ったキールになるのではないか。あの場にジプシーを殺す理由を持った人なんていなかったはずだ。だからこそ、何でここまで大事になっているのか分からなかった。

 それにしても、倒れたジプシーはどうなったのだろうか。
 本当に死んでしまっていたら、大事になるかも知れないけれど……
 色んな事がありすぎて、倒れた一番の被害者を気遣う余裕がなかった。彼女も私と同じで、強く出れない女の子だと思うし……そう思うと、途端に胸が苦しくなってきた。目の前で、人が倒れて。もしかしたら、死んでしまったかも知れなくて……
 それと、疑いが晴れぬままのシェリー様も。シェリー様が犯人ではないことは知っているけれど、彼女の身に何かあっては大変だ。私が庇ったとはいえ、キールがまた何か言いだしたら、彼女に疑いが向いてしまうし。あの取り巻きのような令嬢達もキールの味方だろうし……
 そうやって、人のことばかり心配して、今度は自分の事をないがしろにしていた。自分が投獄されていて、冤罪を被っているという事実を忘れて、外のことばかりに気をとられていたのだ。


「キャロル……様」


 ふと、頭に浮かぶキャロル様の顔。
 このまま、ずっと牢の中……なんてことは無いだろうけど、もし、仮にもし、ここからでられなかったとしたら? そしたら、私はもう二度とキャロル様に会えないんじゃないかと、そんな最悪の想像が頭に浮かんできたのだ。出られたとしても、令嬢を毒殺しようとしたかも知れない女性と、キャロル様は会ってくれるだろうか。幾ら、性欲処理係が必要とは言え、変えられるのでは? そしたら、本当にキャロル様との接点が何一つなくなってしまう。


「そんなの……嫌だ」


 キャロル様の幸せを願って、彼から離れようとした。けれど、離れてようやく、彼の側にいたいと思ってしまった。心理状態が不安定だからかも知れないけれど、強くキャロル様に会いたいと、心から思ってしまったのだ。
 あれだけ、拒絶と、彼を避けるような行動をとっておきながら、会いたいと思うなんて、我ながら図々しい女だなあ、と思いつつも、キャロル様のことを思い出すと、お腹の中がキュンと疼くのだ。そんな、熱なんて思い出さなくて良いのに。今じゃなくて良いのに。
 それでも、一人牢の中に居ると、寂しさが込み上げてきて、孤独が恐ろしくなって、誰かに大丈夫だよって言って欲しいと思ってしまった。縋る何かが欲しかった。

 後悔はしていない。

 でも、こんなことになるなら、この世界にきたくなかった。矢っ張り、アドニスなんて一番不遇な立ち位置だって。自分を、アドニスを呪った。
 震える身体を抱きしめながら、硬いベッドの上で小さくなる。暗い地下の、牢の中。冷たくて、寂しくて、誰もいない牢の中で、私は枕を涙で濡らしていた。泣いても何も変わらないのに、自分で選んだ道なのに。
 シェリー様を守れた、それでいいじゃないかと、自分を鼓舞して、どうにか耐えようと頑張った。いつか、ここから出られる。誰かがきっと、証拠を見つけて、冤罪だったって、私もシェリー様も解放されて。


(……キャロル様が、むかえに来てくれたら)


 もう大丈夫だから、何て言って、キャロル様が私を迎えに来てくれる……そんな妄想をしながら、私は目を閉じた。
 絶対にあり得ないけど、それでも、夢を見てしまうんだ。王子様が助けに来てくれるって、そんな、幼稚な妄想を、夢を。


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