不遇令嬢は発情皇子に溺愛される ~私は世界一不幸な女の子だったはずなんですが!?~

兎束作哉

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第1章 こんな転生聞いてません!!

02 ヒロイン……ですよね?

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「心配したんだぞ! 朝、報告が入ってどれだけ驚いたことか!」
「心配をかけてしまい、すみませんでした」


 アドニス・ベルモントは、不遇令嬢と言われているがその家柄はよく、侯爵家の令嬢である。所謂箱入り娘で。
 聖女であり伯爵家のヒロインとは、彼女が聖女に選ばれてから出会い意気投合し親友となった。心優しき聖母のようなヒロインと、少し気弱でお人好しなアドニスはそれはもう仲のいい親友だった。
 そうして、今私は、この家で一番偉い侯爵……アドニスの父親に怒られている最中なのである。
 侯爵は、険しい表情で私を見、何度も額に手を当てては首を横に振り参ったといった感じにため息をつく。


「何があったかは大方聞いている。だがアドニス」


 そうして、私の名前を呼ぶと侯爵は私の方へずかずかと歩いてき、私の肩を掴んだかと思うと全力で私を揺さぶり始めた。


「蝶よ花よと育てた、我が愛しの娘が朝帰りなど! パパは絶対に認めないぞ!」
「……えぇ」


 そう、お父様は私の肩を揺さぶったままわんわんと泣き出し話が出来る様子ではなかった。
 アドニスの父親は、親ばかというか超のつく過保護でアドニスのことを溺愛していた。それは、早くに妻を失ったこともあるが元より家族愛に溢れた人だった。
 ただ、やはりその愛は行きすぎており、時よりこうやって感情的になるのだ。


(心配してくれるのは嬉しいけど、アドニスも成人しているし……そろそろ結婚相手を見つけないといけない時期なんじゃないかな……)


 もしかすると、貴族的には婚約者を見つけるのは遅いのかも知れない。それもこれも、この父親のせいなのだが、「結婚は断じてゆるさん」状態でアドニスは男を知らずに育ってきた。
 まあ、そのせいもあってキャロル様を助けるために抱かれるという大胆な行動に出れたわけだけど。
 初めてを捧げるって結構重要なことのように思うのだけど、アドニスは違ったのだろうか。しかし、もう捧げてしまっているので取り返しはつかない。


「お父様、私はもう成人しています。そろそろ結婚相手を見つけなければ、周りからなんと言われるか……」
「お父様だと!? 昨日まではパパと呼んでくれていたじゃないか」
「……パパ様」


 私は、お父様の呼び方を変えた。だって、そうしないと話が進まないと思ったからだ。
 それに、このままでは一生独身のまま過ごしてしまうかもしれない。
 アドニスの場合、生きていられるかすら怪しいのだけど。
 そう私が言うと、まだパパと呼んでくれないことに拗ねているのか、お父様は……パパ様は眉をひそめ私を揺さぶるのをやっとやめてくれた。


「お話は以上でしょうか。今回は、何も言わず朝帰りになってしまったこと、パパ様に心配かけてしまったことに対して深く反省しております。ですが、私も成人しています。パパ様の娘ではありますが、もう子供ではないのです。ですから、少しだけ寛大な心で私のことを見守っていただけると幸いです」
「アドニス……」
「パパ様」
「分かった。今回のことはゆるそう……アドニスの可愛さに免じて」


 そう言い、パパ様は私を抱き締め頬擦りをする。私は、それを無言で受け入れ、されるがままになった。
 これから、この超過保護パパ様と暮らさないといけないと思うと苦痛である。きっと、食事も毎回一緒が良いとか言い出すんだろう。
 だが、それよりも1つ気がかりなことがある。


「それでは、パパ様。これからキールと会ってくるので、失礼します」
「ああ、いってらっしゃい。聖女様によろしくと伝えておいてくれ」


 はい。と私は返事をし執務室から出る。

 そう、これからキール……ヒロインと出かける約束があるのだ。私は全く覚えていないが侍女に聞いたところそうらしい。結構な頻度でキールと私は会っているらしく、今日も城下町のカフェに行く予定なのだとか。
 支度をすませ、キールと待ち合わせていた町の教会の前まで行き、桃色の髪の女性を私は探した。
  キールはヒロインの名にふさわしい愛らしい容姿をしており、私と系統は違うが同じピンクの髪を持った妖精のような少女である。
 女性の私でも可愛いと思うのだから、攻略キャラから見ればそれはもう心臓を射貫かれるに違いない。
 乙女ゲームのヒロインだもの。それぐらい可愛くなきゃいけない。けど……


「キール!」


 数分教会の周りをうろついていると、ふわりと花の匂いと共に桃色髪の少女が現われた。
 彼女は、私に気がつくとこてんと首を傾げその大きな瞳で私を見つめてきた。


(あ、あざとい!でも、それすらも可愛い……!)


 ヒロインのあまりの可愛さに目を眩ませながら、私は彼女に手を差し出した。
 そうして、これから始まるであろう、ヒロインとの女の子同士のデートに私は胸を弾ませる。だって、大好きな乙女ゲームの世界のヒロインの親友ポジションなのだから。確かに超超超不遇だけど、ヒロインを間近で見えるポジションにいられることは奇跡に等しい。
 だが、そんな私の膨らませた期待とは逆にキールは私の手を掴むことなくじっと見つめている。


「ど、どうしたの……?」
「アンタ誰」
「え……」


 その小さくて可愛い口からは想像できないぐらい、ドスのきいた声が私の耳に届いた。その様子はまるで、陽キャ女子が陰キャ女子を見て気持ち悪いとでも言うような、蔑み見下した瞳で。
 でも、ふと我に返り、もしかして記憶喪失でだから昨日キャロル様の部屋に来れなかったのだと、少し無理のある設定をこじつけながら私は自分の自己紹介をする。
 親友に自己紹介とはまた変な話だが、記憶喪失と仮定するなら必要だろう。


「え、えっと……キールだよね。私はアドニス。私達は親友で……」
「ああ、不遇令嬢の」


と、ぼそりと呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。

 それが、嘘であって欲しいと聞き間違えであって欲しいと思い、彼女を見上げると、真っ赤なルージュを引いた唇が弧を描くように笑みを浮かべるキールの顔が目に飛び込んできた。
 それは、可愛いと言うより恐ろしく背筋が凍りつくものだった。


「そうだったね。アンタと私は親友だったね。で? 何の用?」
「今日、出かける約束してたから呼びに来て」
「ええ~そんな約束した覚えないけど」


と、キールはわざとらしく腕を組み、頬をふくらます。

 その仕草はとても可愛いのだが、今は恐怖の方が勝る。ゲームでの彼女はこんな性格ではなかったはずだ。 
 私が知っているキールは、大人しい性格でちょっと天然が入っているけど、心優しい聖女。 
 だが、目の前にいるのはまるで真逆の性格をしたそれこそ悪役令嬢のような。


(私も、別に約束した覚えはないんだけど……)


 そう心の中で思いつつも、どうにか彼女を説得しようと口を開いたが、それを遮るようにキールは私の腕から手を離しひらひらと手を振って私から離れていく。


「でもぉ、私これから恋人とデートなの。だから、アンタとの約束はなかったってことにする」


 そういってキールはにこりと笑うと、こちらに向かって歩いてくる金髪の男性に手を振った。
 その金髪の男性は、他の人とは比べものにならないほど強烈なオーラを放ち、思わず私は息を呑む。
 現われたのは、圧倒的な存在感を放つこの乙女ゲームのメイン攻略キャラにしてこの帝国の第一皇子ライラ・デニッシュメアリー。
 ゲームで一番最初に見たときは、それはもう衝撃を受けるほど格好良く、一番にこのキャラを攻略しようと思ったほどだ。
 皇族にふさわしいたたずまいと、眩い金髪に、碧眼、その顔立ちは非常に整っており、私は思わず見惚れてしまう。


「先客がいたのか?」
「ううん。違うわ。今出かけないかって誘われたの。でもライラ殿下とのデートがあるからって断っちゃった」


と、キールは悪びれもなく言い放つ。

 しかし、ライラはキールの言葉を聞くや否や眉間にシワを寄せ、私を見た。
 その視線には、侮蔑の色がありありと浮かんでおり、私はぞくりと寒気が走る。


「悪いな、アドニス嬢。これから、彼女とデートなんだ……それと、キャロルがお前を探してたぞ。さっさと行ってやれ」
「……え、キャロル様が、です……か」


 そう、冷たくライラ殿下に言われ私の心は凍りついた。
 確かに、私はヒロインじゃないしただの親友ポジションなのだけど、もう少し優しくしてくれても良いんじゃないかと思う。
 そんな私達をじっと見ていたキールはライラ殿下の腕を組み、「さっ、行きましょう」と手を引いてく。そうして、挨拶も早々に彼らは私の前から去って行った。
 取り残された私は、虚しさとあっけにとられて何も言えず、動けずにいてふと戻ってきた意識の中最初に浮かんだのはキャロル様が私を探していたと言うこと。


「早速、仕事……? それとも、何か朝言い忘れたことがあったのかな」


 取りあえず、キールとのお出かけは白紙になったわけだから、一旦侯爵家に戻ろうと私は踵を返し歩き出した。

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