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第4章 飼い慣らして嫉妬
08 勝ちたかった
しおりを挟む決着がついた。
会場を包み込む熱気と、歓声。祝福の拍手。両耳に絶えず入ってくるその声は、雑音でしかなかった。頭がぐわんぐわんと揺れて、私は息を詰まらせるしかない。
「……あ、あ」
隣で見ていたキャロル様は小さく「勝者が決まったね」と呟いていた。彼も、手に汗握る戦いに興奮していたらしく、らしくない顔をしていた。自分の護衛が勝って、ほっとしたような、最後までどちらが勝つか分からなかったと、その顔が示している。確かに、どっちが勝ってもおかしくないし合いだった。だからこそ……
闘技場の中心で、ひれ伏している敗者。私の婚約者であり、護衛騎士であるロブロイ・グランドスラムは、もう一歩も動けないというようにその場に倒れていた。死んでしまったのではないかと不安になるぐらい、動かないので、私は今すぐ彼に駆け寄りたかった。
「……す、凄かったです。あ、あ、シェリー様」
アドニスも決勝戦に魅入っていたようで、どちらが勝つか分からないこの試合、呼吸をするのも忘れて夢中になっていたようだ。そうして、でた言葉が、私を傷つける物だったんじゃないかと、彼女は思ったのか、すぐに謝罪の言葉を私に述べた。別に怒ってもいないし、結果は結果だ。彼が頑張った末に、出た結果。
それが、敗北だった。
(ロイは……ロイはよくやったよ)
悔しそうに、彼が地面を引っ掻いている姿が見えて、彼がこんなに私以外に対して感情的になったのは初めてなんじゃないかと、少しだけ嬉しく思った。だって、彼は私ばかりに執着してたから、もっと世界を見るべきだとも思っていたし。それでも、私が彼にかした使命というのは、かなり重いものだったんだと、私も反省した。私こそ、世界を見ていなかったのだと。
「シェリー嬢」
「キャロル様……」
「やっぱり、ロブロイは強いね。さすがは、君の護衛騎士だ。これからも、彼を手放さないようにね」
「分かっています……私の婚約者ですから……キャロル様の護衛騎士。クリス様もとても強かったです。私の護衛と戦って下さって、彼の主として、感謝を申し上げます」
「そんな、かしこまらなくても。こちらこそありがとう、シェリー嬢。クリスが、あんなに熱くなったのは初めてだったから、君の護衛に感化されたんだろうね。俺も、彼の主として、長年一緒に過ごしてきた親友として嬉しいよ。ありがとう」
と、キャロル様は、私に向かって手を差し出した。握手をしようという意味だろう。
私はその手を取って、改めて彼と握った。
会場には鳴り止まない歓声と拍手で覆い尽くされていた。
「ロイっ!」
「シェリー……様」
怪我の手当もすんで、選手の退場口から一番最後に出てきたロイを私は待ち伏せしていた。まさか、ここに私がいるなんて思っていなかったのか、ロイは少し驚いたような表情を見せたあと、顔を一気に暗くして俯いてしまった。私はそんなロイに駆け寄る。
「………………すみませんでした」
「ううん、大丈夫。私も、無理なお願いしちゃったもんね。もう、怪我は大丈夫? 痛いところは無い?」
「ない……です。大丈夫なので」
と、鼻声で言うロイ。
もしかしたら、泣いているのかも知れない、と私は無理矢理顔を上げさせようとしなかったけど、彼が今どんな思いで、どんなかおをしているかは気になった。だって、初めてだったから。彼が、こんな風に何かに夢中になったことは。そして、本気で戦って負けたから、それはもう悔しくて仕方ないだろうと。
でも、これだけは言える。
「ロイ、格好良かったよ」
「格好良くないです。俺は、負けました。シェリー様との約束を果たせなかった」
と、ロイは認められないように言う。自分が悪いんだと、自分を責めているようだった。
そんなロイを私は包み込むように抱きしめた。彼は、少したじろいで、私の背中に手を伸ばそうとしたが、いつもと違って、私を抱きしめ返さなかった。きっと、負けた自分が許せないんだろうなって、彼の性格を思い返して私は思った。
「貴方に顔向けできません」
「ううん、ううん。ロイは頑張ったの。だから、いいの。私との約束とか、勝敗とか。そういうの全部良いから。だって、ロイは頑張ったんでしょ? 私ね、ロイが始めて夢中になってるところ見て、凄く熱かったの。ロイの新しい顔を見た気がして、凄くね新鮮で、ロイのことまだまだ知らないなって思った。だから、ロイの色んな顔みせて欲しいの。悔しいって思っているだろうけど、その悔しさも私に見せて。分かち合わせて」
そういえば、ロイはピタリと動きを止めた。
私はロイの何だって受け止める。ロイのことが好きだからっていうのもあるけれど、彼の知らないところまで知りたいって思ったから。
ロイは少し私の肩に顔を埋めたあと、ゆっくりと離れ、その顔を見せてくれた。
「……ロイ」
「シェリー様、俺、負けてしまいました。シェリー様と約束したのに。俺、約束破って……貴方に勝利を捧げることが出来なかった。俺は弱かった……」
「ううん、ロイは強いよ。そうだね、負けて悔しかったんだね」
「シェリー様」
ぐずっと、ワインレッドの瞳に涙を溜めたロイは鼻と目頭を赤く染めて、私を見つめていた。年相応の、初めてのロイの泣き顔だったかも知れない。前も、泣きそうな顔は見たことがあったけれど、こんなに真剣に、自分のために泣いている姿を見たのは初めてだった。
(……可愛い)
私はそっと指先で彼の頬に触れて、そのまま撫でた。
「ねぇ、ロイ……今度また私の為に剣を握ってくれる?」
「俺は、弱いのに?」
「はいはい、一回負けたくらいで落ち込まないの。勝負の世界なんだから、勝ち負けあって当然だし。それでも、ロイは強者に食らいついていった。まず、そこを誉めなきゃ。自信持って。貴方は、私の最高の護衛騎士よ」
そういって、私はもう一度ロイを抱きしめてあげた。すると今度は、堪えていたものを全て吐き出すようにロイは私を抱きしめ返し、何度も何度も呟き、泣いた。
「…………勝ちたかった……っ……です」
「うん、うん。そうだね。頑張ったよ。ロイ。ありがとう」
新たな、婚約者の一面。好きな人の一面を見れて、そして、それを相手が見せてくれて、私は勝利とはまた違う満足感を得た気がした。
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