上 下
39 / 45
第4章 飼い慣らして嫉妬

08 勝ちたかった

しおりを挟む



 決着がついた。

 会場を包み込む熱気と、歓声。祝福の拍手。両耳に絶えず入ってくるその声は、雑音でしかなかった。頭がぐわんぐわんと揺れて、私は息を詰まらせるしかない。


「……あ、あ」


 隣で見ていたキャロル様は小さく「勝者が決まったね」と呟いていた。彼も、手に汗握る戦いに興奮していたらしく、らしくない顔をしていた。自分の護衛が勝って、ほっとしたような、最後までどちらが勝つか分からなかったと、その顔が示している。確かに、どっちが勝ってもおかしくないし合いだった。だからこそ……
 闘技場の中心で、ひれ伏している敗者。私の婚約者であり、護衛騎士であるロブロイ・グランドスラムは、もう一歩も動けないというようにその場に倒れていた。死んでしまったのではないかと不安になるぐらい、動かないので、私は今すぐ彼に駆け寄りたかった。


「……す、凄かったです。あ、あ、シェリー様」


 アドニスも決勝戦に魅入っていたようで、どちらが勝つか分からないこの試合、呼吸をするのも忘れて夢中になっていたようだ。そうして、でた言葉が、私を傷つける物だったんじゃないかと、彼女は思ったのか、すぐに謝罪の言葉を私に述べた。別に怒ってもいないし、結果は結果だ。彼が頑張った末に、出た結果。
 それが、敗北だった。


(ロイは……ロイはよくやったよ)


 悔しそうに、彼が地面を引っ掻いている姿が見えて、彼がこんなに私以外に対して感情的になったのは初めてなんじゃないかと、少しだけ嬉しく思った。だって、彼は私ばかりに執着してたから、もっと世界を見るべきだとも思っていたし。それでも、私が彼にかした使命というのは、かなり重いものだったんだと、私も反省した。私こそ、世界を見ていなかったのだと。


「シェリー嬢」
「キャロル様……」
「やっぱり、ロブロイは強いね。さすがは、君の護衛騎士だ。これからも、彼を手放さないようにね」
「分かっています……私の婚約者ですから……キャロル様の護衛騎士。クリス様もとても強かったです。私の護衛と戦って下さって、彼の主として、感謝を申し上げます」
「そんな、かしこまらなくても。こちらこそありがとう、シェリー嬢。クリスが、あんなに熱くなったのは初めてだったから、君の護衛に感化されたんだろうね。俺も、彼の主として、長年一緒に過ごしてきた親友として嬉しいよ。ありがとう」


と、キャロル様は、私に向かって手を差し出した。握手をしようという意味だろう。

 私はその手を取って、改めて彼と握った。 
 会場には鳴り止まない歓声と拍手で覆い尽くされていた。


「ロイっ!」
「シェリー……様」


 怪我の手当もすんで、選手の退場口から一番最後に出てきたロイを私は待ち伏せしていた。まさか、ここに私がいるなんて思っていなかったのか、ロイは少し驚いたような表情を見せたあと、顔を一気に暗くして俯いてしまった。私はそんなロイに駆け寄る。


「………………すみませんでした」
「ううん、大丈夫。私も、無理なお願いしちゃったもんね。もう、怪我は大丈夫? 痛いところは無い?」
「ない……です。大丈夫なので」


と、鼻声で言うロイ。

 もしかしたら、泣いているのかも知れない、と私は無理矢理顔を上げさせようとしなかったけど、彼が今どんな思いで、どんなかおをしているかは気になった。だって、初めてだったから。彼が、こんな風に何かに夢中になったことは。そして、本気で戦って負けたから、それはもう悔しくて仕方ないだろうと。
 でも、これだけは言える。


「ロイ、格好良かったよ」
「格好良くないです。俺は、負けました。シェリー様との約束を果たせなかった」


と、ロイは認められないように言う。自分が悪いんだと、自分を責めているようだった。

 そんなロイを私は包み込むように抱きしめた。彼は、少したじろいで、私の背中に手を伸ばそうとしたが、いつもと違って、私を抱きしめ返さなかった。きっと、負けた自分が許せないんだろうなって、彼の性格を思い返して私は思った。


「貴方に顔向けできません」
「ううん、ううん。ロイは頑張ったの。だから、いいの。私との約束とか、勝敗とか。そういうの全部良いから。だって、ロイは頑張ったんでしょ? 私ね、ロイが始めて夢中になってるところ見て、凄く熱かったの。ロイの新しい顔を見た気がして、凄くね新鮮で、ロイのことまだまだ知らないなって思った。だから、ロイの色んな顔みせて欲しいの。悔しいって思っているだろうけど、その悔しさも私に見せて。分かち合わせて」


 そういえば、ロイはピタリと動きを止めた。
 私はロイの何だって受け止める。ロイのことが好きだからっていうのもあるけれど、彼の知らないところまで知りたいって思ったから。
 ロイは少し私の肩に顔を埋めたあと、ゆっくりと離れ、その顔を見せてくれた。


「……ロイ」
「シェリー様、俺、負けてしまいました。シェリー様と約束したのに。俺、約束破って……貴方に勝利を捧げることが出来なかった。俺は弱かった……」
「ううん、ロイは強いよ。そうだね、負けて悔しかったんだね」
「シェリー様」


 ぐずっと、ワインレッドの瞳に涙を溜めたロイは鼻と目頭を赤く染めて、私を見つめていた。年相応の、初めてのロイの泣き顔だったかも知れない。前も、泣きそうな顔は見たことがあったけれど、こんなに真剣に、自分のために泣いている姿を見たのは初めてだった。


(……可愛い)


 私はそっと指先で彼の頬に触れて、そのまま撫でた。


「ねぇ、ロイ……今度また私の為に剣を握ってくれる?」
「俺は、弱いのに?」
「はいはい、一回負けたくらいで落ち込まないの。勝負の世界なんだから、勝ち負けあって当然だし。それでも、ロイは強者に食らいついていった。まず、そこを誉めなきゃ。自信持って。貴方は、私の最高の護衛騎士よ」


 そういって、私はもう一度ロイを抱きしめてあげた。すると今度は、堪えていたものを全て吐き出すようにロイは私を抱きしめ返し、何度も何度も呟き、泣いた。


「…………勝ちたかった……っ……です」
「うん、うん。そうだね。頑張ったよ。ロイ。ありがとう」


 新たな、婚約者の一面。好きな人の一面を見れて、そして、それを相手が見せてくれて、私は勝利とはまた違う満足感を得た気がした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

R18完結 悪女は回帰して公爵令息と子作りをする

シェルビビ
恋愛
 竜人の血が流れるノイン・メル・リグルス皇太子の運命の花嫁である【伯爵家の秘宝】義姉アリエッタを苛め抜いた醜悪な妹ジュリエッタは、罰として炭鉱で働いていた。  かつての美しい輝く髪の毛も手入れに行き届いた肌もなくなったが、彼女の自信は過去と違って変わっていなかった。  炭鉱はいつだって笑いに満ちていることから、反省の色なしと周りでは言われている。実はジュリエッタはアリエッタに仕返ししていただけで苛めたことはなかったからだ。  炭鉱にやってきた、年齢も名前も分からないおじさんとセフレになって楽しく過ごしていたが、ある日毒を飲まされて殺されてしまう。  13歳の時に戻ったジュリエッタは過去の事を反省して、アリエッタを皇太子に早く会わせて絶倫のセフレに再開するために努力する。まさか、おじさんが公爵様と知らずに。 旧題 姉を苛め抜いて炭鉱の監獄行きになりました悪女は毒を飲んで人生をやり直す。正体不明の絶倫のセフレは公爵令息だったらしい。 2022 7/3 ホットランキング6位 ありがとうございます! よろしければお気に入り登録お願いします。  話を付け足すうちにレズプレイ触手プレイも追加になってしまいました。  ますますぶっ飛んだ世界観です。

国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる

一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。 そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。 それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】白と黒の執着 ~モブの予定が3人で!?~

茅野ガク
恋愛
コメディ向きの性格なのにシリアス&ダークな18禁乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった私。 死亡エンドを回避するためにアレコレしてたら何故か王子2人から溺愛されるはめに──?! ☆表紙は来栖マコさん(Twitter→ @mako_Kurusu )に描いていただきました! ムーンライトノベルズにも投稿しています

初めての相手が陛下で良かった

ウサギテイマーTK
恋愛
第二王子から婚約破棄された侯爵令嬢アリミアは、王子の新しい婚約者付の女官として出仕することを命令される。新しい婚約者はアリミアの義妹。それどころか、第二王子と義妹の初夜を見届けるお役をも仰せつかる。それはアリミアをはめる罠でもあった。媚薬を盛られたアリミアは、熱くなった体を持て余す。そんなアリミアを助けたのは、彼女の初恋の相手、現国王であった。アリミアは陛下に懇願する。自分を抱いて欲しいと。 ※ダラダラエッチシーンが続きます。苦手な方は無理なさらずに。

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

転生したら冷徹公爵様と子作りの真っ最中だった。

シェルビビ
恋愛
 明晰夢が趣味の普通の会社員だったのに目を覚ましたらセックスの真っ最中だった。好みのイケメンが目の前にいて、男は自分の事を妻だと言っている。夢だと思い男女の触れ合いを楽しんだ。  いつまで経っても現実に戻る事が出来ず、アルフレッド・ウィンリスタ公爵の妻の妻エルヴィラに転生していたのだ。  監視するための首輪が着けられ、まるでペットのような扱いをされるエルヴィラ。転生前はお金持ちの奥さんになって悠々自適なニートライフを過ごしてたいと思っていたので、理想の生活を手に入れる事に成功する。  元のエルヴィラも喋らない事から黙っていても問題がなく、セックスと贅沢三昧な日々を過ごす。  しかし、エルヴィラの両親と再会し正直に話したところアルフレッドは激高してしまう。 「お前なんか好きにならない」と言われたが、前世から不憫な男キャラが大好きだったため絶対に惚れさせることを決意する。

処理中です...