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第3章 一難去ってまた一難
06 突然の悲劇
しおりを挟む「どうしたら、お酒に強くなるのかな」
「いきなり如何したんですか?シェリー様」
「うぅ……だって、お酒に強いって何だか大人っぽいし、それにロイと飲んでいられるじゃない」
私は、目の前のカクテルを眺めながらそう呟いた。
カーディナルと別れてからも、私達はそれなりに上手くいっていた。時々、あの時みたいに大胆に誘ってみたりはするけれど、まだまだ羞恥心の方がかってしまって、ロイに後押しされる感じで事に及ぶ……っていうのがテンプレート化してしまった。これではダメだと、お酒の力を借りたときもあったけど、飲み過ぎないで下さいと怒られてしまった。ようは、空まわってばかりなのだ。
でも、全く飲めないわけじゃないし、あの婚約破棄の夜みたいにヤケ酒する事はあれから一度もなかった。最近は、私も少し飲めるようになったけどそれでもすぐに顔が赤くなるし、酔ってしまうしで自分で抑えているところもある。
そんな私とは違って、隣に座る年下の護衛騎士兼婚約者のロイはお酒にとても強い。彼は、悪魔と人間のクォーターだからお酒に強いんだとか言うけれど、実際の所どうか分からない。ただ、身体能力は人よりかは高く体力もそりゃあ凄くあるわけで。私が酔いつぶれてしまっても彼は平然としている程には強いのだ。彼と飲み比べをして立っていられる人間がいるのか気になるところだが、彼が急性アルコール中毒で死んでしまう……何て考えたら、お酒はほどほどにって思うわけで。
ロイは少し考えるような素振りを見せた後、「俺は」と自分の意見を述べる。
「お酒に強いから格好いいとか、俺に合わせて飲もうとかはしなくていいです。今のままでシェリー様は格好いいですし、お酒はあまり身体に良くないので適当な量を飲むのがちょうど良いんですよ」
シェリー様には長生きして欲しいですし、とロイはバーボンのロックを飲み干すと私の方を向いて微笑む。
その笑顔を見たら胸がきゅんとして、ああ矢っ張り好きだなぁと何度でも思ってしまう。
私は、彼に惚れすぎだと思う。こんなにも好きな気持ちが大きくなっていつか爆発してしまうんじゃないかと思うぐらいには好きでたまらない。それと同時に彼を失ってしまったらきっと私は……
(そんなことないよね……)
最悪な想像をしてしまった。そんなことあるわけないのに。もう、障害だったキールもいないし、私達の邪魔をする人間なんていないだろうに。
「シェリー様、なんでそんな不安そうな顔……してるんですか?」
「えっ、あ……ううん、何でもないの。ただ……」
「ただ?」
首を傾げるロイを見て、私は言葉を続けるべきか迷った。だけど、彼が私を心配してくれていることが嬉しくてつい口を開いてしまう。
けれど、恐ろしくて開いた口は開きっぱなしになってしまい言葉が詰まる。すると、ロイは私の手をぎゅっと握ると大丈夫ですから、と優しく私に微笑んでくれた。
彼の手は大きくて温かくて安心する。そうして、落ち着いた私はやっと動くようになった口をゆっくりと動かしぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「ロイのこと、爆発しちゃうぐらい好きで、大好きで……だから、もしロイがいなくなっちゃったら、私生きていけないなって思っちゃって……ああ、ごめんね!こんな話あれだよね」
「俺は、死にません」
「……ロイ」
ロイは強く真剣な口調でそう言った。
そして、私の目をじっと見つめた後ふわりと優しい笑みを浮かべる。それは、まるで愛しいものを見るかのような表情だった。心臓がどきりと跳ね上がる。思わず息を呑んだ。ロイの顔が近付いてくる。
「不安そうな顔しないで下さい。シェリー様が生きている限り俺は死にませんし、貴方のそばを片時も離れない。シェリー様が手の届かないところにいってしまっても、俺はどんな手を使ってでも貴方の所へ行きます。生きるときも、死ぬときも一緒です」
そんな、大げさなと言いかけたが、彼が本気で言ってくれているんだと察し私は思わず涙が出てきそうになった。
それはまるでプロポーズみたいだったから。
ここで結婚して下さいなんて言われたらもうプロポーズみたいだな……と思ったが婚約はしているし、結婚式の日取りなどを決めるだけでもうすぐ私達は夫婦になる。恋人から夫婦……その響はとても感動的なもので思わず心の中がぎゅうぅっと温かくなる。
(そうよ、幸せを考えないと。暗い考えなんて持つだけ無駄よ)
ロイの愛を信じてる。私もロイを愛している。
だから、離ればなれになる事なんて絶対にない。そう信じていれば何も怖くないのだと。自分に言い聞かせるように、私は何度もそう心の中で復唱した。
それから、ロイは私の頬に触れワインレッドの瞳で私をじっと見つめた後そっと唇を重ねた。軽く触れるだけのキスだったがそれでも幸せだと感じるには十分過ぎるもので、私達はそんな甘く幸せな雰囲気のままバーを出た。
外は少し肌寒く、風の音も耳ではっきりと聞き取れ空は分厚い黒い雲で覆われていた。これから雨が降ってくると予想され、降られる前に帰ろうとロイは私の手を引いた。
少し残った不安を彼に消して欲しくて、彼の愛を今すぐに感じたいと思ってしまって。我儘とか、欲張りとか……思われるかも知れないけれど。勿論求めているのは身体だけじゃない。心も。
「あの、あのね、ロイ……帰ったら……」
寒いから暖めてとかムードある誘い方が出来たら良かっただろうか。それでも、これが今の私には精一杯なわけで。
私は、ロイの反応を確かめるべく顔を上げる。しかし、そこには険しい表情のロイがおり私を庇うように抱き込むとすみません、と小さく呟いた。
そして、次の瞬間私とロイに向かって走ってきた黒い何かはギラリと光る銀色のナイフをロイの背中に突き立てた。
それは一瞬のことで、私は瞬きすら出来なかった。その一瞬で、私の瞳には鮮血が舞い散る様子が映る。
「――――ロイッ……!」
「シェリー……さま、は、だいじょう、ぶですか?」
「うん、私は、大丈夫。大丈夫だから」
貴方が守ってくれたから、大丈夫。そう伝えると、ロイはよかった、と胸をなで下ろしたように笑う。その笑顔を見て、大丈夫だよね……と自分に言い聞かせるが、彼はふらりと身体を傾ける。
「そう、ですか……貴方が、無事なら……よかっ……」
「ロイ!」
私にもたれ掛るように前へと倒れるのを必死に堪えたロイは、その美しい顔を苦痛に歪めながら掠れた声でそう言う。
だが、その後すぐにそのワインレッドの瞳を閉じ力なくその場に崩れ落ちてしまう。
ロイは、地面に倒れたまま動かない。それどころか、呼吸をしているのかも分からない。ドクンドクンと心臓の音が煩くて、頭が痛くなり吐き気がした。どうして、どうして、こんなことになったのだろう。
歪み霞む視界、それは降り出した雨によるものだったか、涙だったか分からず私は声がかれるまでずっとロイの名前を叫び続けた。寒い、寒い、暗い雨の夜に私の声が虚しくこだましていた。
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