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第2章 ヒロイン襲来
03 招かれざる客
しおりを挟む「はあ……」
「どうしたんですか? シェリー様」
私の部屋を掃除していたメイド・ミモザは手を止め、心配そうに私の顔色を伺う。彼女は信頼できるメイドで、最近私の侍女になったばかりの少女だ。年はロイと同じくらいだろうか。小柄で、危なっかしい一面もあるけれど、誠心誠意私に尽くしてくれている。そんなところを評価して、私は彼女を侍女にして欲しいとお父様に伝えた。
「何でもないわ。心配してくれてありがとう」
「いえ。シェリー様の事が心配で、声をかけさせて貰った次第ですから」
にこりと笑った彼女は、亜麻色のミディアムヘアを揺らす。癒やしだなあ、何て思いつつ、私はそれとは別に拭いきれない不安と戦っていた。
理由は一つ。
(『私って、世界一幸せなヒロイン』って……あの子が言う台詞じゃない)
思い出したくもない、前世の記憶。苦々しい姉妹の記憶。
そんなことない、あるはずがない、と私は自分に言い聞かせるが、あの日ヒロインであるキールがニヒルな笑みを浮べていった言葉は、私の妹の口癖だったのだ。明らかに、ヒロインらしいキラキラさが抜け落ちて、男を誘惑する魔性の女に成り果てていたキールを見て、彼女の中身が変わっているのではないか……と、結論にいたった。もし、そうだったとしたら、危ないのは私じゃなくて……
コンコン、と部屋がノックされる音が聞え、立ち上がった私を制し、ミモザが代わりに対応してくれた。扉の向こうで、ミモザと他のメイドが何やら喋っているのが聞え、そして、暫くして彼女は戻ってきた。とても、信じられないというように、そして、私に確認を求めて来たのだ。
「シェリー様、大変言いにくいのですが」
と、明らかに挙動不審で、ミモザは私を見てくる。
嫌な予感が一気に押し上げられるような感覚がし、私は続けて話すよう促す。
「キール嬢が尋ねてきたそうで……シェリー様が招待したから通せと言っているそうなんですが。シェリー様、本当に招待なさったんですか?」
「……キールが」
ヒロインであるキールは、元平民でとある貴族に拾われ聖女として力に目覚めたことにより、攻略キャラ達に目をかけられるようになる。そして、聖女が現われたら婚約者として受け入れなければならないとこの帝国には決まりというか、啓示というか……まあ、あるわけで、それで私は婚約破棄されたのだが。
今のキールは聖女であり、貴族のご令嬢であるのだ。だからこそ、無碍に扱うことは出来ない。
私は、招待なんてしていないし、彼女とそんな会話すらしていない。だから、彼女が一方的に尋ねてきたことは明白だった。けれど、彼女には聞きたいことがあったし、ここは私も嘘をつこうと思った。
「そうだったわ……呼んだ、招待してたの。ミモザ、急だけどお茶とお菓子、準備してくれる?」
「も、勿論です。急いで準備させて頂きます」
と、ミモザは慌てて出ていった。
セッティングは彼女たちに任せて、キールと何を話すかだけ決めようと、ゆっくり支度をしながら公爵家のはしにある庭園に向かうことにした。
「お招きいただき、ありがとうございますぅ」
「……呼んでないわよ」
ものの数十分で準備してくれた、ミモザや他のメイド達に感謝をしつつ、私はキールと向き合ってお茶をする事になった。気味の悪い笑みを浮べて、彼女は私を見ている。
メイド達には下がって貰って、二人きりにして貰った。メイド達は、皆心配そうに私を見ていて、一年前だったら考えられない光景だった。それだけ、私の努力が報われたんだと……婚約破棄にはなっちゃったけど、無駄ではなかったんだと改めて思った。
「紅茶も美味しくないし、お菓子も貧乏くさいし……ねえ、ほんとにアンタ公爵家の令嬢なの?」
目の前には、質素なお菓子が並べられており、それを不満ありげな顔で見つめ紅茶を飲むキール。
メイド達の必死な頑張りを嘲るような言い方に、カチンときつつ、私はその場で怒りを抑えた。ここで、怒鳴っても何も変わらないと思ったからだ。
(……貴方がいきなり押しかけてきたからでしょ。すぐに準備出来ないわよ)
彼女は、不味いとわざと私に見せるように紅茶を地面に流しあの値踏みするような瞳を私に向けてきた。
矢っ張りそうだと、私は確信する。
(本当に性格悪い女ね……)
そう心の中で呟くと、私は彼女の視線を無視し自分のティーカップを手に取り口をつけた。
「それで、貴方はいつキールに転生したのよ」
「口の利き方に気をつけたら? 可哀相な悪役令嬢のシェリー・アクダクト様♡」
「……どっちが。口の利き方に気をつけるのはそっちの方じゃない?」
「何で? 私は、この帝国の皇太子の婚約者なんだよ? アンタはその皇太子に婚約破棄された捨てられた女なのに」
「でも、貴方の家と、私の家では階級が違うじゃない」
そう言っても、彼女にはピンとこないようで、首を傾げるばかりだった。
何も知らない、頭お花畑の彼女に呆れることしか出来ない。憐れみの目も向けてやる。
そうして、最初の質問に、彼女はようやく戻ってきた。
「あ~矢っ張り、バレちゃったか」
「……」
「そうね~お姉ちゃんが婚約破棄されちゃった日……かな?」
と、キール……中身は私の妹は、わざとらしくそう言った。
やはり、そうだったのだ。婚約破棄されるまではヒロインらしかった。彼女が演技をしているにしても、あんなしおらしい演技が出来るはず無かったのだ。だから、彼女は最高のタイミングでキールに転生した。全てを勝ち取ったあとに。
私が悪役令嬢に転生したのはまだいい。でも、此の世界でも彼女に全てを奪われるなんて嫌だった。彼女が物語のヒロインになってしまったことが、許せなかった。前世であれだけ私を虐めたはずなのに、どうして、罰を受けないのかと。
「でも、ほんと残念ねーお姉ちゃんは、此の世界でも私に勝てないの。お姉ちゃんは幸せになれないの」
「私の幸せは、私が決める。貴方が……貴方が私の幸せを語らないで!」
抑えられなかった怒りは、ダンッと拳となって机に叩き付けられた。それを見て、キールはニヤリと口角を上げる。
「お姉ちゃんの幸せってね。何だか全部奪いたくなっちゃうの♡ だからね? お姉ちゃんは幸せになっちゃダメなんだよ。恋人なんて出来ちゃダメなの」
そう言ったキールは、勝ち誇ったような笑みで、私を見下した。
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