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第2章 ヒロイン襲来
02 偶然パニック
しおりを挟むガンガンに頭が痛い。そして、腰も痛い。
「シェリー様、大丈夫ですか?」
「うぇ……二日酔い」
ロイは、心配してくれているがその顔はつやつやとしており満足といったような表情で私の肩を優しく抱いてくれた。
昨夜のことを思い出すだけで死ねる。
家に帰って早々寝室に連れ込まれて、散々啼かされて気絶するまで抱き潰されてしまったのだ。まぁ、酔っていて私が煽ったせいもあるのだが……
「何よ……じっと見つめて」
「……可愛かったです」
「やめて! 思い出させないで! それも昼間っから!」
私はとっさに耳を塞いだ。
ロイは平然といつもの無表情というか感情の読み取れないような顔で私を見ていた。……こういう時だけ、無駄にポーカーフェイスなのが腹立つ。彼は年下なのに、何だか弄ばれているような気さえする。
「うぅん……今日は、用事があって街まで来てるの。だから、変なこと言わないで」
「その気にさせないでの間違いでは?」
「ああ、もうっ! だからそういうことよ。そういうこと外で言わないで!」
私は立ち止まってロイに釘を刺す。
最近彼は調子に乗っている。確かに表情には出ないが、その言動がそのいかがわしく、いやらしくなってきたというか……と、そこまで考えてまた昨夜の事が頭の中をよぎり私はブンブンと首を横に振った。
(あー絶対昨日も余計なこと言った! らしくないこと言ってた! 忘れたい、穴があったらはいりたい……!)
私は頭を掻きむしっていると、不意に手を掴まれる。顔を上げると、ロイが私を見下ろしていた。
彼の瞳に吸い込まれるようにして見上げていると、ゆっくりと唇を重ねられる。ちゅっと音を立てて離れると、彼は子犬のような表情で私を見つめてきた。
「ろろろろ、ロイ! ここ、外っ!」
「……分かってます」
「分かってないでしょ」
「俺は、待ての出来る犬です」
「…………」
私は呆れてため息をつくと、彼はしゅんと悲しそうな表情をし俯いた。
(うわっ、可愛い……可愛いけど、この、こ……)
その行動も表情もわざとなのだろうと思ったが、年下に弱い、恋人に弱い私はついつい許してしまった。惚れた弱みというか、なんというか。
私がロイの頭を優しく撫でると、彼はスッと顔を上げた。
「分かったわ。今のは見逃してあげる。でも、家に帰るまでキスも手を繋ぐのもなし」
「……分かりました。俺はシェリー様の婚約者でもあり、護衛でもあるので……分かっています」
と、ロイは頭を下げた。
従順なのか、はたまたそれを演じているだけなのか。
それを聞くつもりはなかったし、聞いたところでと思ったので私は彼に背を向けて歩き出す。
今ので頭から抜けそうになっていたが、今日は用事があって街までわざわざ足を運んだのだ。
私達は数分街を歩き、とある店の中に入った。カランコロンと店のベルが鳴り店主らしき人が出迎えてくれた。
「指輪を見に来たの。いくつか見せてくれるかしら? 値段は気にしなくていいから」
「畏まりました。ではこちらに」
と、店主は私達を案内してくれた。
ロイは没落貴族の出身で、私は公爵家の養女。しかし、私はお父様に必死に頼み込んでロイとの婚約を……そして結婚を認めて貰った。
そして、ロイの家族にも顔を合わせにいった。あちらの家族は驚いていたが、公爵家の権力に目が眩んだのか、それとも純粋に息子の婚約を祝ったのかは定かではないが認めてくれ、後は結婚の日取りを決めるだけとなった。その間に結婚指輪を見ておこうと思ったのだ。
店主は私達の前に様々な種類の指輪を並べ、宝石やらその価値やらを話し始めた。
私にはよく分からなかったが、ただ言えることはとても高いと言うこと。確かに値段は気にしないでくれと言ったが、私が公爵家の人間だからわざと高いものを持ってきたに違いない。と、私は店主の話を聞きながら思った。
「どう? ロイ。良さそうなものある?」
「……俺には、分かりません」
と、ロイは申し訳なさそうに言う。
私は苦笑いをして彼の頭をポンポンと軽く叩いた。
確かに彼は貴族出身だが、やはりこういうのには疎いようだった。私だって、彼と比べて少しぐらい分かる程度なので並べられた指輪を見て頭が痛くなってきた。まあ、どれでも似合うだろうと。
そう考えていると、カランコロンと店のベルが店内に鳴り響いた。
「こ、皇太子殿下!」
そう、店主が声を上げ店の中の空気が一変した。
(皇太子殿下……って、まさか……)
私は、ばくんばくんと鳴る心臓を抑えながら店の出入り口を見る。
するとそこには、金髪に碧眼のこの帝国の皇太子ライラ・デニッシュメアリーが立っていた。そして、その後ろにはおどおどとライラ殿下の服を掴みながら店内を見渡す少女の姿が。
「シェリー・アクダクト?」
と、ライラ殿下は私に気づくとそれまでの楽しそうな表情とは一変し、眉間に皺を寄せ私を睨み付けてきた。
(私、何もしてないじゃない!?)
そう、内心突っ込みを入れつつ私は頭を下げる。すると、後ろの少女が恐る恐ると私の前に出てきてぺこりと頭を下げた。さらりとした桃色の髪に、真っ赤な瞳をした可愛らしい顔立ちをしている彼女は、このゲームのヒロイン、キール・スティンガー。
(でも、前と少し雰囲気が違うような……)
彼女とは何度か顔を合わせたことがあり、言葉も交したことがある。しかし、以前の彼女とは何処か雰囲気が違うような気がした。
そのおどおどとした守ってあげたくなるような小動物感ある少女ではなくて、もっと危険で男を惑わせるような雰囲気を纏っている。
「お久しぶりです。シェリー嬢」
そう、沈黙を破るように声をかけてきたのはヒロインのキールであった。
キールはライラ殿下の腕に捕まりながら再びぺこりと頭を下げる。しかし、私が挨拶を返そうとするとすぐさま彼の後ろに隠れてしまった。
「お前が睨むから、彼女が怖がってしまったじゃないか」
「……わ、私が!? いえ、私は何もしてませんけど……」
そう、私は彼女を睨んでなどいない。むしろ、彼女に値踏みされたような気がしたのだが……
そう言い返すとライラ殿下はふんっと鼻を鳴らして私の言葉を流してしまった。それにしても、どうしてここに皇太子である彼がいるのだろうか。
「店主、この店で一番良い指輪を」
と、殿下は店主に指示をし、店主は私達の前に並べていた指輪をそそくさと持っていってしまった。
そのあまりの感じ悪さに、私はちょっと。と声を上げそうになったが、それをロイに制される。
「キール、好きなのを選ぶといい」
そう、殿下は嬉しそうな表情でキールに話しかける。どうやら、彼らも結婚指輪を見に来たようだった。
今は彼に未練などないけど、それにしても元婚約者である私に対する扱いがあまりにも酷いのでは? と私は思わず彼らを睨み付けてしまう。すると、その瞬間キールと目が合い、彼女はニタリと笑った。その笑顔に悪寒が走る。
「そうだ! 私、シェリー嬢に会いたかったんですよ」
と、パッと顔を明るくし立ち上がったキールは私の方へと歩み寄ってきた。
嫌な予感がする……そう思い、私は立ち上がり後ずさるがすぐに壁際に追い詰められてしまい逃げ場を失ってしまう。
そんな私に追い打ちをかけるように、キールは私の顔のすぐ横に手をつき、まるでキスをするように耳元で囁いてきた。
「私って、世界一幸せなヒロイン」
「……ッ!?」
聞き覚えのあるフレーズに、私は背筋が凍る。
(ううん、そんなはずないわ。ない……わよね)
拭いきれない不安と、嫌な予感に心身共に蝕まれる感覚に陥った。
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