婚約破棄を言い渡された悪役令嬢は酔った勢いで年下騎士と一夜を共にする

兎束作哉

文字の大きさ
上 下
13 / 45
第2章 ヒロイン襲来

02 偶然パニック

しおりを挟む



 ガンガンに頭が痛い。そして、腰も痛い。

「シェリー様、大丈夫ですか?」
「うぇ……二日酔い」


 ロイは、心配してくれているがその顔はつやつやとしており満足といったような表情で私の肩を優しく抱いてくれた。
 昨夜のことを思い出すだけで死ねる。
 家に帰って早々寝室に連れ込まれて、散々啼かされて気絶するまで抱き潰されてしまったのだ。まぁ、酔っていて私が煽ったせいもあるのだが……

「何よ……じっと見つめて」
「……可愛かったです」
「やめて! 思い出させないで! それも昼間っから!」


 私はとっさに耳を塞いだ。
 ロイは平然といつもの無表情というか感情の読み取れないような顔で私を見ていた。……こういう時だけ、無駄にポーカーフェイスなのが腹立つ。彼は年下なのに、何だか弄ばれているような気さえする。


「うぅん……今日は、用事があって街まで来てるの。だから、変なこと言わないで」
「その気にさせないでの間違いでは?」
「ああ、もうっ! だからそういうことよ。そういうこと外で言わないで!」


 私は立ち止まってロイに釘を刺す。
 最近彼は調子に乗っている。確かに表情には出ないが、その言動がそのいかがわしく、いやらしくなってきたというか……と、そこまで考えてまた昨夜の事が頭の中をよぎり私はブンブンと首を横に振った。


(あー絶対昨日も余計なこと言った! らしくないこと言ってた! 忘れたい、穴があったらはいりたい……!)


 私は頭を掻きむしっていると、不意に手を掴まれる。顔を上げると、ロイが私を見下ろしていた。
 彼の瞳に吸い込まれるようにして見上げていると、ゆっくりと唇を重ねられる。ちゅっと音を立てて離れると、彼は子犬のような表情で私を見つめてきた。


「ろろろろ、ロイ! ここ、外っ!」
「……分かってます」
「分かってないでしょ」
「俺は、待ての出来る犬です」
「…………」


 私は呆れてため息をつくと、彼はしゅんと悲しそうな表情をし俯いた。


(うわっ、可愛い……可愛いけど、この、こ……)


 その行動も表情もわざとなのだろうと思ったが、年下に弱い、恋人に弱い私はついつい許してしまった。惚れた弱みというか、なんというか。
 私がロイの頭を優しく撫でると、彼はスッと顔を上げた。


「分かったわ。今のは見逃してあげる。でも、家に帰るまでキスも手を繋ぐのもなし」
「……分かりました。俺はシェリー様の婚約者でもあり、護衛でもあるので……分かっています」


と、ロイは頭を下げた。

 従順なのか、はたまたそれを演じているだけなのか。
 それを聞くつもりはなかったし、聞いたところでと思ったので私は彼に背を向けて歩き出す。
 今ので頭から抜けそうになっていたが、今日は用事があって街までわざわざ足を運んだのだ。


 私達は数分街を歩き、とある店の中に入った。カランコロンと店のベルが鳴り店主らしき人が出迎えてくれた。


「指輪を見に来たの。いくつか見せてくれるかしら? 値段は気にしなくていいから」
「畏まりました。ではこちらに」


と、店主は私達を案内してくれた。

 ロイは没落貴族の出身で、私は公爵家の養女。しかし、私はお父様に必死に頼み込んでロイとの婚約を……そして結婚を認めて貰った。
 そして、ロイの家族にも顔を合わせにいった。あちらの家族は驚いていたが、公爵家の権力に目が眩んだのか、それとも純粋に息子の婚約を祝ったのかは定かではないが認めてくれ、後は結婚の日取りを決めるだけとなった。その間に結婚指輪を見ておこうと思ったのだ。
 店主は私達の前に様々な種類の指輪を並べ、宝石やらその価値やらを話し始めた。
 私にはよく分からなかったが、ただ言えることはとても高いと言うこと。確かに値段は気にしないでくれと言ったが、私が公爵家の人間だからわざと高いものを持ってきたに違いない。と、私は店主の話を聞きながら思った。


「どう? ロイ。良さそうなものある?」
「……俺には、分かりません」


と、ロイは申し訳なさそうに言う。

 私は苦笑いをして彼の頭をポンポンと軽く叩いた。
 確かに彼は貴族出身だが、やはりこういうのには疎いようだった。私だって、彼と比べて少しぐらい分かる程度なので並べられた指輪を見て頭が痛くなってきた。まあ、どれでも似合うだろうと。
 そう考えていると、カランコロンと店のベルが店内に鳴り響いた。


「こ、皇太子殿下!」


 そう、店主が声を上げ店の中の空気が一変した。


(皇太子殿下……って、まさか……)


 私は、ばくんばくんと鳴る心臓を抑えながら店の出入り口を見る。
 するとそこには、金髪に碧眼のこの帝国の皇太子ライラ・デニッシュメアリーが立っていた。そして、その後ろにはおどおどとライラ殿下の服を掴みながら店内を見渡す少女の姿が。


「シェリー・アクダクト?」


と、ライラ殿下は私に気づくとそれまでの楽しそうな表情とは一変し、眉間に皺を寄せ私を睨み付けてきた。


(私、何もしてないじゃない!?)


 そう、内心突っ込みを入れつつ私は頭を下げる。すると、後ろの少女が恐る恐ると私の前に出てきてぺこりと頭を下げた。さらりとした桃色の髪に、真っ赤な瞳をした可愛らしい顔立ちをしている彼女は、このゲームのヒロイン、キール・スティンガー。


(でも、前と少し雰囲気が違うような……)


 彼女とは何度か顔を合わせたことがあり、言葉も交したことがある。しかし、以前の彼女とは何処か雰囲気が違うような気がした。
 そのおどおどとした守ってあげたくなるような小動物感ある少女ではなくて、もっと危険で男を惑わせるような雰囲気を纏っている。


「お久しぶりです。シェリー嬢」


 そう、沈黙を破るように声をかけてきたのはヒロインのキールであった。
 キールはライラ殿下の腕に捕まりながら再びぺこりと頭を下げる。しかし、私が挨拶を返そうとするとすぐさま彼の後ろに隠れてしまった。


「お前が睨むから、彼女が怖がってしまったじゃないか」
「……わ、私が!? いえ、私は何もしてませんけど……」


 そう、私は彼女を睨んでなどいない。むしろ、彼女に値踏みされたような気がしたのだが……
 そう言い返すとライラ殿下はふんっと鼻を鳴らして私の言葉を流してしまった。それにしても、どうしてここに皇太子である彼がいるのだろうか。


「店主、この店で一番良い指輪を」


と、殿下は店主に指示をし、店主は私達の前に並べていた指輪をそそくさと持っていってしまった。

 そのあまりの感じ悪さに、私はちょっと。と声を上げそうになったが、それをロイに制される。


「キール、好きなのを選ぶといい」


 そう、殿下は嬉しそうな表情でキールに話しかける。どうやら、彼らも結婚指輪を見に来たようだった。
 今は彼に未練などないけど、それにしても元婚約者である私に対する扱いがあまりにも酷いのでは? と私は思わず彼らを睨み付けてしまう。すると、その瞬間キールと目が合い、彼女はニタリと笑った。その笑顔に悪寒が走る。


「そうだ! 私、シェリー嬢に会いたかったんですよ」


と、パッと顔を明るくし立ち上がったキールは私の方へと歩み寄ってきた。

 嫌な予感がする……そう思い、私は立ち上がり後ずさるがすぐに壁際に追い詰められてしまい逃げ場を失ってしまう。
 そんな私に追い打ちをかけるように、キールは私の顔のすぐ横に手をつき、まるでキスをするように耳元で囁いてきた。


「私って、世界一幸せなヒロイン」
「……ッ!?」


 聞き覚えのあるフレーズに、私は背筋が凍る。


(ううん、そんなはずないわ。ない……わよね)


 拭いきれない不安と、嫌な予感に心身共に蝕まれる感覚に陥った。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...