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第2章 ヒロイン襲来

01 不安要素

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「マスター! もう一杯!」
「シェリー様、飲み過ぎです」
「いいの! はい、これはロイの分」
「……」


 マスターにもう一杯と二本指を立て、ウィスキーをロックで注文する。
 飲みかけのバーボンを私の護衛騎士であり、恋人であり、未来の夫となるロブロイ・グランドスラムことロイに手渡すと、彼は呆れたようにため息をついた。


「ひどぉい。なんで、溜息つくの?」
「シェリー様は、お酒に強くないのですから外での飲酒はお控え下さい」
「いいじゃん。二人しかいないんだしぃ」
「他の人に……貴方が乱れる姿を見せたくないんです」
「……っ」


 そのロイの言葉に酔いが覚めそうになる。
 席には座らず私の後ろで、ジッと見つめてくる彼のワインレッドの瞳には情欲の色が見えた。 
 普段は紳士的な振る舞いをしている彼だが、夜になると獣のように激しく求めてくるのだ。そのギャップが堪らない。私は思わずキュンとして胸を押さえた。同時に、お腹あたりもキュンと疼いた気がする。本当に、自分の身体が信じられないぐらい淫らになっている気がして少し恥ずかしい。別に、身体だけ求めているわけじゃないのに。


「なに? ロイはぁ、私のこと抱きたいの?」


 意地悪に聞けば、ロイは何に迷いもなく答える。


「……出来ることなら、今すぐにでも」
「ずいぶん、欲深くになったんだね。えへへ、なんかうれしーかも」


 頬杖を突きながら、ニヤリと笑うとロイは苦笑した。婚約者になる前までは、うんともすんとも言わない男だったのに、いつの間にそんな風に気持ちを伝えてくるようになったのだろうか。成長を感じつつ、そして、求められていることに嬉しくなった。
 そして、私が注文し半分まで飲んでいたスコッチを奪い取ると一気に中身を飲み干してしまう。間接キスだなんて考えていると、不意に体がふわりと浮いた。ロイが私を抱き上げたのだ。


「ふえ?」
「マスター、お釣りはいいです」


と、ロイはカウンターの上に金貨二枚を置いて私を抱き上げたまま外へ出る。 

 外はすっかり日が沈み、空には満天の星が広がっていた。


「……寒い」


 冷たい風が肌に触れて、身震いするとロイが私を抱きしめてくれる。そのまま歩き出すものだから、私は慌てて彼の首に腕を巻き付けた。
 数ヶ月前は、彼とこんな関係になるとは思わなかった。だからこそ、こうして優しく抱きしめられることも、全身で愛を感じることもなかった。ただの主とその護衛。それが私達の初めの関係だった。その関係が変わったのはほんの数週間前の出来事。
 一夜の過ちから、こんな甘い関係になるなんて誰が想像しただろうか。それも、婚約破棄されたその日にだ。
 悲しいことと、嬉しい事っていっぺんに来るんだなあ何て思いながら、私はロイを見上げる。あのワインレッドの瞳と目が合って、一気に熱が上がった気がした。


「まだ、寒いですか?」
「え、う、ううん……ロイの体温、温かいから。ちょっと、温かくなったかも」
「それはよかったです。でも、もっと温かくなりますからね」
「……え、えっと、それってぇ」


 何て恥ずかしいことをサラリと!
 でも、その今から抱きますからと宣言されたことでより意識してしまい、私は彼の腕の中で身を縮める。もじもじしながら上目遣いで見上げると、彼はフッと微笑んで口づけしてきた。触れるだけの優しいものだけど、それが心地よくてもっと欲しいと思ってしまう。
 そろりと舌を差し込むと、それに応えるように優しく絡め取られる。ここが、外であるということなどすっかり頭から抜けてしまっていた。


「ろ、ロイッ……! だめっ」
「シェリー様、我慢できません。そんな可愛い顔されたら……」
「うぅ……で、でもここ外。外は、そのちょっとまだ……えと、えっと……ハードル高いって言うか」


 これ以上はダメだっていう意味で、私はストップをかけた。外だからって言う口実で何とか逃げようとした。うん、まだハードルが高すぎる。それに、見られたくないって言う思いがあるし、さっきロイもそう言っていたじゃないかと、私はちらりとロイを見る。ロイは、そのワインレッドの瞳で私を見下ろした。


「……そ、そんなに見つめないで」


 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯くと、ロイはクツクツと喉の奥で笑って額にキスをした。なんだか悔しくて、彼の頬を両手で挟み引き寄せると唇に触れるだけの軽いキスをする。
 驚いたように目を見開く彼に、私はぷるぷる震える口で小さく呟く。


「家に、かえったら……すき、に、していいから」
「フッ……分かりました。それじゃあ、待てが出来たご褒美……ちゃんと下さい」


と、ロイは再び私の額にキスをした。

 私は一気に酔いが覚め恥ずかしさで一杯になった為、それを隠すようにロイの首にギュッとしがみつく。


「ロイ、私のこと好き過ぎない?」
「そうですよ。知らなかったんですか?」


と、ロイは今更何を聞くんだと言わんばかりに、少し怒ったような声色で言った。自分の愛を疑ったことが、気にくわなかったのか、腕に込められる力が強くなった気がする。

 私はすぐに訂正しようと首を振る。


「そ、そうじゃなくて。えっと、嬉しいなって思って」
「俺の愛を疑わないでください」


 ロイは、そう強く言うと、また私を見つめる。先ほどよりも目力が強くなった気がする。苦手じゃないけれど、ロイの瞳を見ていると、お酒に酔ったような感覚におそわれるから変な気持ちになる。そんな、魔法がかかっているわけじゃないけれど、私を求めるようなその瞳を見ていると、彼との熱い夜を想いだしてしまうのだ。まあ、毎回思い出していたら、それこそ、日常生活に支障が出るけれど。でも、それぐらい、ロイの瞳って引力を持っている。


「じゃあ、浮気しない?」
「勿論です。貴方以上に素敵な女性なんていません」
「えー、それはないと思う……ヒロイン、とか」
「ヒロイン?」
「ううん、何でもないの。こっちの話」


 私は、そう言い切ってこの話はやめようと勝手に終わらせる。
 ヒロイン。私の一年の努力をかっさらっていった張本人。彼女は悪気はないのだろうけど、彼女の持っている引力もまた桁違いである。だからこそ、そんなヒロインにロイが奪われるんじゃないかって怖くて仕方ないのだ。絶対にないって言い切れないから。
 婚約者にならずとも、気持ちが反れてしまったら……そう考えると、胸が苦しくなった。


(そうよ、ロイの言葉を信じましょ。ロイは私を裏切ったりしない)


 私はそう、自分に言い聞かせて、彼に抱き付いた。

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