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第1章 何かの勘違いよね?

08 やり直しの要求

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「ここにいたのね、ロイ」


 小さな丘の上にそびえ立つ、大きな楠の木の下でロイは木剣を振っていた。彼は、騎士団の中で最年少で人一倍努力家だった。年が若いということだけで馬鹿にされないように、そして私の護衛騎士だと言うことに常に誇りを持って鍛錬に励んでいた。今は、一人で素振りなんてしなくてよくなったのに、皆に交ざってやれば良いのに、それでも一人を好むのはこれまで馬鹿にされてきたからだろうか。それとも、元々一人が好き? 彼のことをもっと知りたくなった。勿論、彼の口から彼のことを聞きたいと。
 ロイは私に気がつくと手を止め、こちらを振返った。


「シェリー様」


 そういって彼は私の方へと歩いてくる。その顔は疲れているようだったが、どこかスッキリとした感じだった。また何か、覚悟を決めたようなそんな顔。どうして、一人で決めてしまうのだろうかと、悲しくなってしまったが、それがロブロイ・グランドスラム、私の護衛だった。


「ここ、いいわね。街が一望できる」
「はい。夜景もまた綺麗なんですよ」


と、ロイは言う。
 そんなロイを見つつ、私は顔を上げ空を眺める。
 澄みきった青空には雲一つない。太陽はまだ高い位置にあり、日差しが強いせいか少し汗ばむほど暑かった。


「ロイ、この間の事……」
「……シェリー様は何もないと言いました。なので、あの話はなかったことと思ってください。俺も忘れることにしました。これ以上、貴方を悩ませることはしません」


 俺たちの間には何もなかった。とロイは繰り返しいった。それは、自分に言い聞かせるようにも思え、何だか悲しそうだった。
 そうか、ロイはそう結論づけたんだ。と、私は、拳を握る。じゃあ、私がそれと真逆のことを言ったら、ロイはどんな反応をするのだろうか。私にも念を押すように、何もなかった、互いに忘れましょうって言うだろうか。
 拒絶されるのが怖くて、否定されるのが怖くて、私は口を開くことが出来なかった。でも、ここで言わないときっとずっと言えないと私は意を決して口を開く。
 ロイの本当の気持ちが知りたい。私のことどう思ってるかって。


「ねえ、ロイ。私のこと愛してるって、言葉嘘じゃない?」
「……」


 私が聞くと、ロイの顔は顔を逸らしてしまう。
 自分は忘れるといった手前、まだ感情を持っていることを知られたら……そんなかおをしていた。でも、それだけじゃ無い気がしたのだ。
 一つ、私はロイについて気になっていたことがある。


「貴方は、昔……私にわざと媚びるような態度を取っていた」


 そう私が静かに言うと、ロイはハッとこちらに顔を向けた。
 やはり図星だったようだ。

 ロイは、没落貴族家出身だった。
 だから、どうにか公爵家の人間である私に取り入ろうとしていた。それが、家のため……いや、自分のためになるからと。
 そうでなければ、本物の公女でもない養女で我儘で悪女なシェリーの護衛なんてやりたくないもの。
 彼は物わかりのいい子。彼は賢かった。
 私に媚びることが生きていくために必要なのだと。彼の言動や、向けられる視線から私はこの一年薄々感じていた。けれど、ここ数ヶ月でその目が変わったような気がしたのだ。その時がいつだったかは思い出せないけど、その時ロイの中で私への感情が変わったのではないかと。
 私がその後何も言わずロイを見つめていると、彼は観念したかのように口を開く。


「シェリー様の言うとおりです。俺は、生きる為に貴方の犬になる事を選んだ。従順で物わかりのいい、ただの道具に成り下がることを選んだ」
「ロイ」
「けれど、貴方と過ごすうちに、俺は貴方に惹かれた。貴方に酔わされたんです」


と、ロイは私に向かって真剣な表情で声で言う。

 その姿に思わずドキリとしてしまう。いつもは感情的にならない子だから尚更。


「貴方が笑うと胸が熱くなり、貴方が泣くと胸が痛みました。気づけばシェリー様のことしか考えられなくなっていた。これが恋なのだと気づいた頃には、もう戻れないところまで来ていたんです」


 ロイは、そう言って私の手を取り自分の頬にすり寄せた。


「だからあの夜、シェリー様から誘われたとき我慢が効かなかった……本当に、申し訳ありませんでした。護衛の分際で……」
「いいよ。別に怒ってないし……寧ろ、私も嬉しい、というか。ああ! その、勘違いしないで! えっと、ロイに思われていることが! だから」


と、焦りながら言い繕うとロイはクスリと笑った。その笑顔にまたドキドキしてしまう。自分ってチョロいのでは? と思うほどに。

 年上だからリードしたいという気持ちは、まだ若干残っていて、でもしっかりしないと、と思いつつも思われていることが嬉しくて私はもう片方の手で顔を覆った。


「シェリー様、好きです」


 そう口にしたロイは、私の手にキスを落とした。私はロイの行動に身体がビクリと反応する。


「……私も、す、好き」


 私は蚊の鳴くような声で返事をする。
 そんな私の様子を見るとロイは満足そうな顔を浮かべる。まるで、私の返事を予想していたかのように。


「ああ、夢みたいです。シェリー様」


 ロイはそう言うと、満面の笑みで私を見上げる。
 その子犬のような、尻尾を振っているように見えるロイを見ていると私まで嬉しくなってしまった。
 先ほどから身体が熱く、まるで酔ったかのように頭がぐわんぐわんと回る。まだアルコールが抜けていないようだ。私は身体が勝ち力が抜けそのままロイに倒れかかる。ロイは、優しく私を抱き留めてくれた。


「お父様と話してきたの。貴方との婚約のこと……」
「公爵様とですか?」


 私が公爵の名前を出すと、ロイは驚いたように聞き返した。ロイも私と公爵の仲をしっているから驚いたのだろうと私は察した。 
 そんなロイを置いて私は話を続けた。


「没落貴族家出身のそれも護衛と婚約、結婚だと……!? なんて言われたけど、頑張ってお願いしたの。そしたら、許してくれるって」
「あの公爵様が……」


 ロイは信じられないという顔をしながら呟いた。
 無理もない。今まで散々我まま放題にやってきているのだから。父親も許してくれないだろうとロイも私も思っていた。しかし、今回の件に関しては私も必死だった。ロイとの婚約……交際を認めて欲しいって。それで、一度ロイを連れてこいと言われたのだ。まあ、護衛とデキているとか親からしたら複雑だろう。でも、隠していられないと思ったのだ。今後のためにも。


「だから、ロイを呼びに来たの。それと、私の気持ちを伝えに……ロイは、あの日のことなかったことにしたい?」

と、私はもう一度意思確認をする。

 ロイは首を横にふって、それから私にあのワインレッドの瞳を向ける。


「いいえ。なかったことにしたくないです」
「よかった……」


 ほっ、と私は胸をなで下ろした。ここで、断られてしまったらどうしようと思ったからだ。でも、ロイも同じ気持ちで嬉しかった。


「え、えっと……それで、お父様に話を付けた後なんだけど……えっと、その、あの夜のやり直し、をして欲しい、な、って、思って」
「シェリー様」
「ああ、えっと。せっかくのしょ、初めてだったのに、覚えて無くて、ちょっと、切ないというか。あの時は勢いでだったけど、今度は相互の同意というか、顔を見て、やりたいな、とか」


 自分で言っていて恥ずかしくなってきた。でも、伝えたいことは伝えた。


「ちょ、ちょっと、ロイ、何か反応しなさいよ!」
「ああ、すみません。シェリー様があまりにも可愛いことを言うので」
「可愛くないから! ろ、ロイは覚えているの?」
「勿論です」


と、にこりと笑うロイ。矢っ張り、片っぽだけ覚えているなんて卑怯だと、私はロイの胸を一発なぐる。そんなの痛くも痒くもないというように、ロイは私の腰を抱く。


「シェリー様、いつが良いですか?」
「いいい、いつって。えっと、えっと……今夜、とか」


 性急すぎたかな? と、ロイの反応を伺っていると、ロイは私の腰から腕を放した。


「分かりました。今夜ですね。あの夜どうやって、シェリー様を抱いたか、思い出させてあげますので、逃げないでくださいね」
「は、はぃ……」


 甘い低音で囁かれ、腰が抜けそうになった。
 本当に今夜、私達は初夜のやり直しをするんだと、改めて自覚した。


(凄く心臓が煩い、ほんとに、ほんとに私ロイのこと好きなんだ……)


 恋の自覚、そして、初夜。失神しないか心配だなあと思いながら、私達はお父様のいる応接室へと向かった。


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