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第1章 何かの勘違いよね?

06 懇願か、渇望か

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「久しぶりに来るけど、相変わらず賑わってるわね」
「シェリー様、あまりはしゃぐと危ないです」
「分かってるって、うわっ」


 ロイに大丈夫よ、と伝えようと振返れば段差で躓き倒れそうになったところを、ロイに受け止めて貰った。恥ずかしい。優しく腰を抱かれて、私は心臓をバクつかせながら体勢を戻す。恥ずかしいったらありゃしない。


(こんな姿見せて、幻滅されたらどうしよう……)


 年上だし、格好良くいた言って言う気持ちは少なからずあって、でも格好良く魅せようと思えば思うほど空まわってしまう。意識しない方が良いのかも知れない。


「あ、ありがとう」
「いえ、それより……」


と、ロイは私の腰を抱いたまま、キョロキョロと辺りを見渡している。その視線は鋭くて怖い。

 何を見ているのかと思って、私も見渡してみたが、とくに変わった様子はなく通行人が行き来しているだけだった。にしても、人通りが凄くて迷子になったら、もう二度と会えないかも知れないとさえ思った。


「ロイ?」
「はい、何でしょうか」
「何かあった?」


 そう聞けば、ロイは何でもありません、と答え目を閉じた。何か隠しているようにも見えたけど、深く突っ込むことはせず、私達は市場を歩くことになった。本来であれば、公爵家のご令嬢が来るような場所ではないが、お忍びでと言うことで、ロイという頼もしい護衛もいるわけだし大丈夫だろうと思った。魔法で、髪色も換えているし、公爵家のシェリー・アクダクトだって、気づく人間はいないだろう。一応、お父様に何処に行くかは伝えてあるので、万が一のことがあっても捜索して貰えるだろう。まあ、そんな万が一はロイがいるから起こらないと思うけど。


(起こったら、大事故よね……)


「シェリー様、はぐれたらいけないので、俺の側にいて下さい」
「それって、ロイが私の側にいたいだけじゃ無いの?」
「…………」
「冗談だって、何でそんなに冷たいのよ」
「……いえ、勘違いしてしまいそうになるので」
「何を?」


 冗談で言ったが、わりと本気で捉えたのか、ロイの目つきが鋭くなった。別に、勘違いさせるようなことは言っていない……はずなんだけど。


「だって、シェリー様……」


 そう言って、ロイは一気に距離を詰め、私の顎にそっと触れた。動けば唇が当たってしまう距離にロイの顔がある。


(へ、え?)


「俺に近づかれただけで、こんな風になってる」


 ロイの吐息が耳にかかる。耳が妊娠しちゃう。やめて! と、私は思いつつも、抵抗できなかった。私より年下で、でも色気たっぷりの低音ボイスで。顔も良くて……わ、私好みで。
 もの凄い早さで心臓が打つ。顔が真っ赤になっているのも分かっていた、気づいていた。でも、逃がさないとワインレッドの瞳が私を射貫く。
 このままキスされてしまうのではないか。と、私はあの夜のことを思い出す。あの夜も、こうやって迫られてキスもされたんじゃと……記憶にない夜の出来事が頭の中に浮かんでくる。こんな昼間から何てやましい、そう言われても仕方ないぐらいに。
 でも、身体は正直で、自然と期待してしまう。私はぎゅっと目を瞑った。


「……ん?」
「何て、冗談ですよ。俺達は、そういう関係じゃないですからね。俺の場合、貴方が許さなければ、貴方の身体に触れることすら許されない」


 いや、思いっきり触ってたじゃん。と突っ込みたくなったが、これは、一応あり……? と言うことにして、もし私が許したらどうなるんだろ、とも想像した。


(ダメじゃん。このままじゃ、また同じになっちゃう!)


 私は、離れていくロイを見ながら、私が今許したら、キスしてくれたのだろうかと、彼の唇を目で追った。


「シェリー様、もしかして、期待してました?」
「ししし、してない!」


 私は全身を使って、全力で否定した。

 ううん、嘘です。期待してました!

 さすがに、そんなこと言ったらふしだらな女だって思われるかも知れないし、頭の中煩悩塗れだって言われるのも嫌だし、で私は否定する。でも、ロイのキスってどんなのだろうって妄想し始めたら不味かった。あの顔で近付いてきて、あの声で、私を守ってくれる手で抱かれたらって……


(だから、昼間っから何考えているのよ。私!)


 自分が大分汚い大人に見えてきて、これ以上興奮したら不味いと素数を数える。ロイにはさぞ、変な主人に見えただろうが仕方がない。ロイだって、こんな主人嫌だろう。


「ふぅ、これでもう大丈夫よ」
「何が大丈夫なんですか?」
「煩悩を消し去ったの」
「煩悩……」
「な、何でもないわ。さあ、いきましょう」


 私は、強引にロイの手を引く。別にロイは護衛であって付き添いとかではないので手を繋ぐ必要も無いのだが、勢いで繋いでしまった。そう、また手を繋いでしまったと意識すれば、するほど、体温は上がっていく。
 自分の身体が嘘みたいにいうことを利かない。


「シェリー様」
「な、何ロイ?」


 いきなり立ち止まったロイの方を振返れば、彼も私と同じように欲を孕んだ瞳で私を見つめていた。その瞳に酔わされてしまいそうだった。


「俺の事、男として意識して下さい」
「え、えっと」
「俺は、あの夜のこと、なかったことにしたくないです」


 それは、懇願か、渇望か。

 何にしても、ロイはあの夜のことを無かったことにしたくないと言った。私は、ロイと身体を重ねてしまった、という事実だけしかしらないから、記憶のあるロイにとっては忘れたくても、忘れられなかったのかも知れない。それを一人で抱えて込んで。私が、なかったことにしようとしたから、忘れようとしていたと。でも、私が、思わせぶりな態度をとってしまったばかりに、彼を傷つけてしまったと。
 そういうことだろうか。

 酷く、乾いた瞳で私を見つめ、私の名前を呼ぶ。


「シェリー様は」
「……今なら、許してあげるから。なかったことにしましょう」
「どうして」
「だって、私達恋人とかそういう関係じゃないわけだし……貴方だって、気まずいでしょ。そんな主人と肉体関係を持って、それで護衛を続けるって」
「俺は辛くありません」
「どうして!」


 次は、こっちがどうしてと叫ぶ番だった。
 諦めてくれれば、忘れてくれればそれでいいのに。
 確かに、責任はとらなきゃって思ったけど、一夜の過ちでこの関係が崩れるのだけは嫌だった。
 私が、不安になってロイを見れば、ロイはなんともないように、傷ついた素振りなんて一切見せずに言う。あの朝のように。


「だって俺は、シェリー様を愛しているから」


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