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第1章 何かの勘違いよね?
03 父と娘
しおりを挟む重たい空気が部屋の中に漂っている。息が詰まる。
重い足取りで家に帰ったら、使用人達に冷たい目を向けられ侍女には夜通し探したんだと怒られ、執事長に公爵から話があると執務室に連れてこられ現在に至る。
執務室の奥にある椅子に座っている公爵、父親を見て私はこれまでにないほど汗と震えが止らなかった。
一体何を言われるのだろうかと。
「シェリー・アクダクト。昨晩は何処に行っていたんだ。公爵家の騎士と使用人達総出で夜通し探したんだぞ」
「……申し訳ありません。公爵様」
私は頭を下げた。きっとこれが正しい選択だろうと。
しかし、公爵の怒りは収まらないようで、怒りに身を任せダンッ……と机を叩いた。
「謝罪が聞きたいわけではない! お前が誘拐されたかと思って、心配したんだぞ!」
「え、誘拐……?」
私が怯えた表情で公爵を見ると、彼はそれに気づいたのかしまったと言った表情で慌てて咳払いをした。
「ああ、お前は仮にもこのアクダクト家の人間だからな。お前を誘拐して人質に……最近では、貴族を誘拐し競売場で売りさばく輩もいると聞くからな」
そう、如何にも私を心配したと言った様子で話す公爵に私は乾いた笑いが漏れた。
だって、そうでしょ。彼は一度も私のこと家族だなんて言ってくれたことはなかったのだから。どうせ、公爵家の名に傷がつくからとかいう理由だろう。
一年前の私は、本当に悪女にふさわしい振る舞いを……酷い親不孝な子供だったから。
だから今更――――
「もう二度としません……ですが、公爵様。本当は私に消えて欲しいんじゃないですか?」
「何を言う。そんなことあるか!」
「……だって、私は所詮本物の公女様の代りですから。それに、これまで色々と面倒をかけてきた。だから、私に構わなかったんですよね。本当の娘でもないし、身の程を知らない子供だと……」
私の心は冷めていた。
父親ってそういうものだと思っていたから。
前世で、私の両親は離婚した。私は父親に引取られたけど、仕事が忙しいからと私のことをほったらかしにした。授業参観も、休みの日のお出かけも何もなかった。そうして、会話もなく私は大学に進学すると同時に家を出た。
だから、公爵もそうなのだろうと私は期待などしていなかった。
私がそう言うと、公爵はもう我慢できないといった様子でシェリー・アクダクト!と私の名前を叫ぶ。その声は震えており、悲痛な叫びといった感じだった。
「私は、お前のことを娘ではないと思った事はない」
「なら、何故私のことを避けていたのですか」
私がそう尋ねると、公爵は何も答えず黙ってしまった。
私はそれを見て悟ったのだ。結局、この人も私の本当の父親と同じなのだと。世間体が怖くて、家族のフリをしているだけだと。
そう、ばっさり切り捨てようとしたとき公爵は口を開いた。
「お前と向き合えなかったこと、今になって後悔している」
「……」
「お前を公爵家に連れてきたとき、あの子の代りになればと思っていた。だが、お前はあの子とは違った」
と、公爵は震えた声で言う。
「あの子を失った悲しみと、親を失ったお前とどう向き合えばいいか分からなかった。だから、お前の好きな風にさせていた。皇太子と結婚したいと言ったお前の後押しをしたのも、お前の幸せを思ってのことだった」
「……放任主義」
そう言われても仕方がないだろう。と公爵は頭を垂れた。
もしそのことが本当であるなら、公爵は間違った判断をした。
何故ならシェリーは、公爵に娘として愛されたいと思っていたからだ。シェリーが悪女になったきっかけの1つを作った原因はこの公爵にある。
シェリーは死んでしまった公女の代わりになろうと必死に、貴族のことを学んだ。少しでも彼女に近づこうと、彼女になろうと努力した。拾ってくれた公爵への恩返しのために。
しかし、公爵は一度もシェリーを褒めたり彼女に声をかけたりすることはなかった。そして、いつしかシェリーは、自分は愛されていないんだと思うようになる。
そのことがきっかけで、シェリーは愛に飢え、愛を求め狂っていった。愛されるためにどんな手でも使った。
しかし、シェリーに残ったのは虚しさと悲しみだけだった。
「私はただ……『お父様』に愛されたかっただけなんです」
と、涙声で言った。
それは、シェリーの言葉なのか、それとも私の本当の父親に向けた言葉だったのか……
(そう、ただ愛されたかっただけなの……私は、お父さんの娘なんだよって……一回でも褒めて欲しかった。頭を撫でて欲しかった)
すると、公爵は目を見開き驚いていた。
それはそうだ。今までまともに話したこともない娘が急にこんなことを言うのだから。
「すまなかった……お前がそんなことを思っていたなんて。本当に父親失格だ」
「……今更です」
私はそっぽを向く。
すると公爵は少し困ったような顔をしていた。
そういえば、この人は昔から私の扱い方が分からないと言っていた。きっと、今もそうなんだろう。
「私は、お父様の娘ですか?」
「……ああ、娘だ。私の娘だ。あの子のかわりじゃない。お前は、私の娘だ」
と、公爵は自分に言い聞かせるように言った。
いつも険しい表情だった公爵、父親の目から涙が流れた。そんな様子を見て、さすがに言い過ぎたかと私も反省する。
けれど、これは前世の私とシェリーの昔からのつもりに積もった不満と、思いだった。
だから、訂正はしないし、言ったことは後悔していない。そして、これからも許すことはないだろう。
だが、けして父親じゃないと思っているわけではない。父親だとしっかり認めた上で、そういう人『だった』んだと思って生きていく。
私は、父親に近づいて頭を下げた。
「親不孝な娘ですみません。もし、許してくれるのであればもう一つ我儘を言ってよろしいでしょうか」
「ああ、お前の我儘は今に始まったことじゃないからな。言ってみろ」
と、父親……お父様は困ったように笑った。しかし、その顔は何だか嬉しそうにも見えて私はほっとする。
「お父様、実は――――」
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