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第1章 何かの勘違いよね?
01 婚約破棄された夜の誘惑
しおりを挟む「なあぁにが、婚約破棄だぁあッ!」
「シェリー様、飲み過ぎです」
「うわあああん! もう一杯!」
マスターにもう一杯と二本指を立て、ウィスキーをロックで注文する。
お酒を飲むのは久しぶりだった。
「マスターすみません、水にして貰えますか」
「いやぁああだあ! 飲むの! まだ飲むの!」
私は、後ろで私の注文の邪魔をする護衛の騎士ロブロイ・グランドスラムことロイに掴み掛かり上下に強く揺さぶった。
そのたび、私の頭もぐわんぐわんと高速メリーゴーランドのごとく周り、吐き気がこみ上げてくる。
それも、これも私を振った皇太子のせいだ。
時は遡るが、数時間前――――
「シェリー・アクダクト公爵令嬢。貴様との婚約はこの場を持って、破棄させてもらう!」
「え……?」
頭をトンカチで殴られる衝撃とは、まさにこのことを言うのだろうと私は目の前の皇太子の言葉に言葉を失った。
酷い頭痛がする。
此の世界が大好きな乙女ゲームの世界だって言うことは約一年ほど前思い出した。超人気の甘々乙女ゲームだったから記憶にも強く残っており、何より私はこの乙女ゲームの、それも皇太子が大好きだった。知的で、眉目秀麗で……非の打ち所のない現実には存在しないであろう超絶イケメン。
だから、この一年間頑張った。彼の好感度を上げハッピーエンドを勝ち取るために。
だが……私は所詮、悪役令嬢でハッピーエンドなど待っていない引き立て役に過ぎなかったのだ。
ちょうど数週間前に、ヒロインが現われ一瞬のうちに皇太子の心を引き寄せた。勿論、私がその一年彼に対して無礼やら嫌がらせやらを行ったわけではない。そうヒロインにだって優しく接した。
けれど、私は此の世界の絶対的な力によって悪役令嬢としての印を押され皇太子に婚約破棄を言い渡されたのだ。
何もしていないのにも関わらず、社交界での評判も凄く悪い。一体私が何をしたというのだ。
「どぉーせ、私は悪役令嬢ですよぉお!」
私は机の上に突っ伏して叫んだ。プラチナブロンドの髪が机にたらりと垂れる。店の照明を受けて光り輝くその美しい髪は、光を帯びた瑞々しい白ブドウのようだ。
「……うぅ、ううぅん……何で、私はシェリー・アクダクトなのよぉお」
シェリー・アクダクト公爵令嬢。
アクダクト家の養女で、小さい頃本物の公女が死んでしまった悲しみを埋めるために容姿が似たシェリーをアクダクト家の養女として引き入れた。
シェリーは貧民街でのたれ死にそうだったとき公爵に拾われ、彼女の人生が狂い出す。彼女は、親の愛も貴族の生活も何もかも知らなかった。公爵の悲しみを埋めるために公爵家に引取られたのに、公爵は彼女に見向きもしなかった。彼女は何年もの間公爵のことをお父様と呼び続けたが、振向いて貰うことが出来ず諦めそれから横暴な振る舞いをするようになった。
誰も自分を愛さない。どうせ自分は、本物の公女の代りにはなれない。と。
その生い立ちが前世の自分と重なり嫌気がさした。
だから、シェリーと一緒に皇太子と結婚して幸せになろうと頑張ったのに……
ああ、こんな思いをするなら、ヒロインに転生したかった。
皇太子に婚約破棄を言い渡され、私はその勢いでヤケ酒をしていた。お酒を飲んでもこの虚しさを埋めるものは何一つ無く、飲めば飲むほど涙が溢れてくる。
この一年頑張った努力があの一瞬で無駄になったのだから。
「シェリー様……」
ロイはその光景を見て困り果てていた。
いつもの凛とした姿からは想像できないような情けない姿で泣き続ける主の姿に胸を痛めているのだろうか。それとも呆れているのだろうか。
回らぬ思考では、彼がどんな表情をしているのか何を思っているのか全く見当もつかない。
ただ、ロイを見て私はふと、ずっと疑問に思っていたことを思い出した。
彼は、私のたった一人の護衛騎士だ。
没落貴族家出身の騎士で、悪女と言われてきた自分の護衛を名乗り出てくれた年下の騎士である。私の護衛をしたいという人も、一年前……私が転生しこの身体になる前のシェリーは好みの人がいないと護衛を付けるのを拒否続けてきた。
そして、一年前、私の護衛になったのがロイである。
「ロイぃぃ……」
「はい、なんでしょうか?」
私はロイに近づき、その頬に手を添える。
すると、彼は少し顔を赤らめた。いつもは変わらぬ無表情な顔で、私を見つめてくるのにと、何だか少し嬉しくなった。
私だけがしってる彼の顔、見たいな優越感。きっとこれもお酒のせいなのだろうけど。
私は、そんな彼に微笑みかけると、その唇にキスをした。
「……!?」
「んははっ! ぶちゃいくなかおぉ~!」
突然のことで驚いているのだろうか。目を丸くしているロイの顔がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
(あぁ……なんか、いい気分だわ)
頭がふわふわとして、とても気持ちが良かった。
ロイの赤褐色の髪もキラキラと輝き、カウンターの上に置かれているお酒のように透明感を放っていた。
「シェリー様、ダメです。もう、帰りましょう」
「えぇ、いやだぁ……! もっと飲むのぉ!そうだ、ロイものもうぉ?」
「……ダメです。俺は、貴方を守る義務があるので」
「けち」
私は、ロイの肩にもたれかかりながら、その白い手を握った。
何だかいつもより、彼の手が熱い気がする。それとも私がお酒の熱にやられているだけなのか。
でも、それでも良いと思った。だって、今なんか、不思議なぐらいすごく幸せだから。
婚約破棄とかどうでも良くなるぐらいに……
「そーだ、ロイぃ……ホテルとまろ?」
「ホテル……ですか? しかし、この近くには安い宿屋しか」
「う~ん、それでもいいのぉ! 今日はロイといっしょにいたいのー!」
「…………」
「だめ?」
私は上目遣いでロイを見る。
本当は、こんなことしても何の効果もないのは分かってる。けれど、酔っぱらいというのは時に大胆な行動を起こすものだ。
ロイは、私の方を見ると大きなため息をついた。
「酔っているのでしょう。早く帰って休んだ方がいい。シェリー様の身体のことを考えて言ってるんです」
「私の身体のこと、考えてるの? えっち」
「違います」
と、ぴしゃりと言うロイ。
相変わらず冷たい奴めと思いながらも、その反応に満足した私はケラケラと笑う。
けれど、スッとその笑いも潮が引くように引いていき何だか腹が立ってきた。
だって、私に魅力がないみたいな。
「シェリー様、帰りましょう」
「……きなさいよ」
「シェリー様?」
困惑するロイの胸倉を掴みグッと顔を近づけた。その衝撃で、カウンターの上のウィスキーが入ったグラスが倒れたが気にしない。
ポタリポタリと床に滴るウィスキーは宝石のような雫となって落ちる。
静寂に包まれるバー。
そして、私はロイにこう吐いた。
「アンタ、私を抱きなさいよ」
ロイの瞳が大きく見開かれた。
いつもは冷静沈着な彼が動揺する姿なんて初めてみたかもしれない。それがなんだか嬉しくて私はクスリと微笑む。
そこからの記憶は、とても曖昧なものだった。ただ、熱に浮かされさらに頭の中が弾けるような強い刺激を受けたことだけが残っていた。
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