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第3部4章

10 これからのこといっぱい話そう

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「だいぶ焼けたな」
「アインだって……いや、アインはどちらかというと血色がよく……」


 朝日が昇って、私たちの新婚旅行の割を告げる朝が来る。持ってきた荷物はすでに船に積まれており、あとは船に乗り込むだけという状況で、私たちは自分たちが日焼けをしたなと、互いの肌を見てつつきあって話していた。そんな私たちの前をせっせと荷物を運んでいく人たちが行きかう。
 本当に終わってしまうんだなという悲しさと、また明日からしっかりしなければという思いとぶつかっていた。私は耳にかけていた髪が落ちたのでまたそれを耳にかけ直し、息を吐く。


「陛下は帰ったら、まず何をしますか?」
「それは、仕事の話か? 皇后様は、ずいぶんと先のことを見通しているようで、何よりだな」
「私は帰ったらまず、奴隷を雇っていないか、売買をしている貴族はいないかと調査をしようと思います」
「それはいいいな。帝国の貴族は目を盗んで奴隷を使役している。性根を叩きなおす必要があるな」
「はい。使用人にお金を渡さないのも問題ですが、禁止されていることを陰でこそこそと行う連中は罰せられるべきです」
「それは、あの男のことがあったからか?」
「それもそうですけど、力に押しつぶされている弱い人たちの声を拾い上げたいと思ったんです。そして、不当に力を振りかざす人には正しく罰を与えなければと」


 陛下が思い出したのはシュタールのことだろう。彼も奴隷時代を過ごし、公爵家で引き取り、騎士の身分を与えた。もちろん、それは簡単なことではないし、奴隷を騎士に、とは難しいことである。だが、帝国では奴隷制が禁止されており、もちろん売買も雇うこともいけない。しかし、帝国内には一定数目を盗んで奴隷を売買している輩がいるのだ。その根絶に私は力を注ごうと思っている。この役は、私が自らかって出たことだ。
 これは私が皇后としてのはじめての大仕事になる。
 どれくらい時間がかかるかはわからないが、フルーガー王国を制圧したことにより、帝国の国土は広がることとなる。そうなったとき、帝国のルールを採用するにあたり、フルーガー王国の国民にも奴隷制というのは禁止されているといわなければならないのだ。帝国は陛下や、前皇帝のこともあって武力でねじふせてきた軍事国家という印象が強いだろう。しかし、陛下がみ目指すのは力や恐怖で押さえつけない帝国だ。そんな帝国を作っていけるよう私ができることを探した結果が、奴隷を使役している貴族の根絶、また罰を与えることである。


「俺は、フルーガー王国の貴族をどうするかだな。それだけじゃなく、国土を広げたことによる統治体制の見直し、ほかにも問題は山積みだ」


 陛下はやれやれと首を横に振る。
 そんな忙しく、問題も山積みの中一泊二日と休みをもぎ取った陛下は本当にそれまで頑張ってきたのだろうと思う。それを許してくれた議会に感謝しなければならない。
 陛下は陛下のやることを、私は私のやることをやって、その責任を果たす。そうすることで、私たちが思い描く最高の未来へたどり着けるだろう。また、そして――


「子供も……その、頑張りましょうね!」
「ロルベーア」


 子供も、期待されている。
 避妊魔法を解除したが、まだ私は月のものがくるし、新たな命が腹に宿らないでいる。あまり時間をかけすぎると、文句を言われるかもしれないと。私に与えられた役割として、それが一番大きいだろう。期待と圧力は日に日に大きくなっていっている気もする。
 陛下は私の顔を覗き込んで、眉を下げた。


「無理をしていないか?」
「いいえ、無理はしてませんよ」
「皇族の親せきに当たる人間を養子に取ることもできるぞ?」
「大丈夫ですよ。きっと、あなたの子供を産みますから。それに、見たいでしょ? 私たちの子供」
「そう、だが……」


 私は別に無理していない。ただ、周りにとやかく言われるのが少しつらいだけだ。でも、これはわかり切っていたことだし、私自身、彼との子供は欲しいと思っている。もし私が子供を授かることができる体であるのなら、子供は産みたいと思っている。きっと、陛下と私の子供はかわいいと思うから。
 陛下は、望まれて生まれてきたわけではない、と自分を思っているのかもしれない。戦闘狂の父親に幼いころ戦場に投げ込まれればそう思っても仕方がない。実際、前皇帝はそういう考えを持った人だったのだろう。子供を子供として見ていない。後継者としてしか見ていない。また、自分がその座に長く居座ることだけを考えている独裁者……それが、陛下の代で変わることを私は望んでいる。
 ヴァイスが巻き起こしたとはいえ、魔導士の国ゲベート聖王国を滅ぼして、魔導士との間に溝を作り、フルーガー王国の怒りをかって、和平交渉に応じてもらえない最悪の状態を作ったのが前の皇帝だ。それでも、その強さから攻め込まれることもなく、戦略家だったらしく戦争による死者もあまり出ていない。陛下はそれを受け継いでが、もっと戦争で死者を出さずに生還していた。それでこそ英雄。
 そんな歴史のある帝国の未来を担うのが、陛下と、もしかしたら生まれる私たちの子供であるのだ。
 つらいこと背負わせたくない。また、責任は付きまとえど、自由に愛を一杯感じて子供には育ってほしいと思う。
 私たちが愛のない番契約から始まり、愛し合えたように。私たちが持ちうる愛を与えられたらと思う。そんな生活を未来を私は築いていきたい。私だけ思っていても、これはきっとかなわないだろう。


「アイン。私は貴方との子供が欲しいの。もちろん、できなくてもしかなたがないと思うし、貴方が私が辛そうだって思うなら止めさせてもいい。私は貴方と二人で考えていきたい。これからのことを」
「ロルベーア……」


 彼の手を取って包み込むように握る。
 気温は暑いのに、彼の手は冷たかった。そして、しばらく握っていないはずなのに、剣だこがあって、もしかしたら知らない間に素振りでもしていたのではないかと。不安な夜や、何かあったら彼は素振りをして寝ない癖があったのを思い出した。不安で眠れなかったら私の隣に来てほしい。陛下が私の不安を包み込んでくれるように、私も彼の不安を包んであげたいから。それが、夫婦なんじゃないかと私は思う。


「何度も言ってるけど、私は貴方が不安になると不安になるの。アインのすべてを受け止めるって決めたあの日から、私は貴方のものよ。だから、頼って。完璧じゃなくてもいいの。私の前だけでもいいから、いっぱい甘えて。そして一緒に考えていきましょう」
「そうだな。一人であれこれ考えていても仕方がない。それに、こんなにも俺を愛して頼ってといってくれる愛しい妻がいるのに頼らないのは、それはそれで失礼だからな」
「ええ、まったくよ」


 番じゃなくて、婚約者じゃなくて、妻だと陛下は言う。
 家の存続を権力を守るために結ばされた番契約。彼の呪いの半分を引き受け、それで危うく死にかけたこともあった。けれど、彼が真実の愛を見つけて、私は彼の愛で生きながらえることができた。そして私たちを縛り付けていた番契約は、私たちの枷になると破棄され、婚約者という関係になった。
 番契約はもう必要ないし、もう一度結ぶ必要もない。どこへ行っても彼は帰ってきてくれるという確信があるし、あんなものに頼らなくても心は通じ合っている。顔を見れば大概のことがわかる。そんな関係に私たちはなれたのだ。
 それはとても幸せなことなのだ。

 出発の準備ができましたと、おなじみのマルティンが声をかける。船の上には、あの愉快事件のあとのようにゼイと、そしてシュタールが乗っていた。私たちの周りには人が増えた。それもまた、私たちにとって喜ばしいことだ。


「行きましょう。アイン」
「ああ」


 あの時とは違い、私が彼の手を引いて連れていく。彼は私に手を引かれ、屈託のない表情を向けた後一歩、二歩と足を進める。


「アイン」
「何だ、ロルベーア」
「帰ったら、またたくさん話しましょう。これからのこと、未来のこと」
「ああ、たくさん話そう。ロルベーアと俺の未来のこと。一緒に考えていこう」


 私たちは夫婦になった。幸せな、輝かしい未来を一緒に見据えるパートナーとなった。
 悪役令嬢だった私と、孤独な血濡れの英雄の物語は最高の形で幕を閉じる。でも、エピローグのその先は確かにあって、私たちはこれからも二人で助け合ってこの先の未来を生きていくのだと、愛しい人に幸せな満ち足りた笑顔を送る。


「大好きよ。愛しているわ。アイン」


 
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感想 7

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みんなの感想(7件)

ぷにぷに0147
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兎束作哉
2024.04.08 兎束作哉

ぷにぷに0147様

引き続き感想ありがとうございます。おっしゃるとおり、恋愛メインです☺️☺️

皇帝が戦争狂で、一応今の帝国の基盤といいますか……作った人物で、殿下以上に血の気が盛んで何するか分からないので、皆あまり触れない、というように書くつもりでした。書ききれていなかったので付け加えておきます……申し訳ありません。やり方は最悪ですが、皇帝の功績には感謝している感じです……番云々の話は別として。
皇帝の妻は死んではないですが病弱設定ですね……殿下より前の世代の皇族血筋の人は本当に政略婚、愛のない関係です。殿下と皇帝は仲悪いので、殿下の口から基本皇帝の話は出ません。
 
いえいえ、細部までこだわった方が世界観や、設定に違和感なく入れると思うので、ご指摘ごもっともだと思います。サラッと出すのを忘れずに書いていきたいと思います😭
改めて、感想とご指摘くださってありがとうございました。

解除
ぷにぷに0147
ネタバレ含む
兎束作哉
2024.04.08 兎束作哉

ぷにぷに0147様

感想ありがとうございます。また、鋭いご指摘ありがとうございます。

言われれば、確かに現皇帝の姿が見えないの不自然ですよね……とても不自然です! ありがとうございます! 言われてなるほど、と気が付きました。
そろそろ殿下が皇帝即位するので、ご隠居……と考えているみたいなふうに(書いていないのでどこかに書き足します)、私は考えていたのですが、確かに……本当に鋭い指摘すぎて言い返す言葉もありません! 王がまた何かしたら、呪われますね……親の不始末が原因で殿下が被るの不憫すぎてなりませんね😭

魔術師の国を敵に回した云々については、しっかりと経緯を書きたいと思います。
恋愛メインで書きすぎたと自覚はあり、細部の所で読者様に余計なノイズを走らせてしまい申し訳ありません。気になって、読書ストレスになりますよね……

改めて、感想と本当にその通りでためになるご指摘くださってありがとうございました。
辻褄が合うよう、時間を見つけ次第改稿していきます。

解除
りり
2024.04.02 りり

公女があまりに卑屈で愚鈍な印象である時間が長すぎて、魅力半減。自己肯定感が低いというより卑屈。殿下が惹かれた理由がわかりません。

お話の大筋はとてもおもしろいので、ほんのひと握り、主人公である公女に矜持というか、凛とした聡明さを足してくだされば、もっと評価の高い、素晴らしい作品になると思いました。

兎束作哉
2024.04.02 兎束作哉

りり様

感想ありがとうございます。そして、鋭いご指摘ありがとうございます。
まさにその通り過ぎて、詰めが甘いなと感じました。自分の書く女性キャラクターが、どうしても卑屈よりの人間になってしまっていると感じているので、魅力や強さを保ちつつ人間らしさのあるキャラクターづくりができるよう精進していきます。
公女の魅力と、殿下の魅力が第2部のほうで引き出せるよう練り直してきます。
  
ストーリー性褒めてくださりありがとうございました。作っていて好きなところでもあるので、そういってもらえると嬉しいです。引き続きストーリーを楽しんでもらえれば幸いです。
改めて、感想とご指摘くださってありがとうございました。

解除

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