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第3部4章

08 自覚した恋心

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(――なんで彼らがここに?)


「貴様ら、なぜここにいる! ここは、皇族の所有地だぞ」
「何でって言われてもなあ」
「……俺は、皇帝陛下の補佐官から名を受けて魔導士を追ってここに。あらかた片付けたと思いましたが、魔物を操る魔導士をとらえた際に、一匹魔物を臨海の海にはなったと聞いて」


 ゼイは、なぜここにいるのか答えなかったが、シュタールは経緯を説明し、陛下にそれを理解してもらおうとしていた。陛下は、「そういえばマルティンがそんなことを言っていた気がするな」と、記憶あいまいにつぶやいて、それでも水を差されたと彼らを睨みつけていた。
 助けてくれたことには変わりないので感謝を言いたいのだけど……


(この状況じゃ、前に出られないわよ!)


 あの魔物のせいですっ裸にされてしまい、彼らに感謝の言葉を贈ろうにも顔を出せない状況だった。ゼイもそれに気づいたようで、カアッと顔を赤くして、顔をそらしつつも、目はちらちらとこちらを見ていた。シュタールに関してはいつも通りの無表情で、私を見つめていて、陛下に「見るな、散れ!」と怒鳴られていた。


「あ、アイン……」
「ああ、もう、貴様ら一度散れ! あとで感謝として何か送るとする。この場でロルベーアの裸を見たやつは、ぶら下げているそれを切り落とすからな。貴様らもだぞ」


 と、陛下は騎士たちにも同様に声をかけた。彼らはヒュン、と股間を抑えたり、震えるようなそぶりを取った後、私たちに背を向けた。島にある屋敷に戻りそこにいる使用人たちにどうにかしてもらおうと、陛下はジャケットを脱いで私にかぶせた後、折りたたむようにお姫様抱っこをして歩き出した。これもこれで恥ずかしい、と私は顔を隠す。


「まったくとんだ災難だな」
「うぅ……」
「どうした? ヤケに静かだな」
「だって、その、裸に……」
「誰かに見られたのか?」
「いえ、見られたのとかではなく……」
「安心しろ。見たやつの記憶も、目玉も、あそこも切り落としてやるからな」


 そういう意味ではない! 物騒! と叫びたくても、恥ずかしさでいっぱいになって私はハミング音しか出なかった。
 確かに、陛下以外には裸をみられていないかもしれない。でも、そういう問題ではないのだ。諸々、この一連の事件もろもろが恥ずかしいのだ。イソギンチャクの魔物とかいう、そういうよくある気持ち悪いエロ展開に持っていくような魔物の攻撃を受けて、服が溶けて、裸になって……これだけで、これだけのことがとても恥ずかしくてたまらなかったのだ。きっと陛下に言っても伝わらない。もっと激しいことも、恥ずかしいこともしているだろうで一瞥される。
 陛下は私の体を見ないよう気を使って前を見て歩いている。恥ずかしさだけは伝わっているみたいだった。


「ほんとに、ヤダ……」
「着衣でもよかったんだがな、このままやるか?」
「へ、な、何を言い出すんですか、アイン!」


 前言撤回だ。恥ずかしさは伝わっていなかったらしい。いや、伝わったうえで、彼に火をつけてしまったらしいのだ。


(着衣でもって! またそんなことを!)


 はじめからそのつもりだったらしい。私だって、もしかしたらそういうことになるかもしれないと、わざわざこれもまた新しい下着を取り寄せて持っては来ていたけれど、まさか外でなんて誰が想像しただろうか。私も、陛下の思考が読めるようになってきて、彼がどんなプレイをしたいかもわかるようになってきたから恐ろしい。
 しかし、外! つまり、そのあお――


「ダメか? ああ、人がいるのが気になるのであれば、波打ち際にある小さな洞窟の中でもいいが……だが、体を痛めるかもしれないな。それと、もう洞窟でのプレイは済んでいる」
「待ってください。何ですかそれ。まるで、プレイをデータ化しているみたいな話は!」
「外でやってみたいとは前々から思っていた」
「ひっ」


 なんでそんな真剣な顔でエッチなことを言えるのだろうか。それともエッチなことを言っている自覚がないのだろうか。そうだとしたら大問題だ。


(外でなんて……私もやってみたかったわよ。バカ!)


 でも、今じゃない気がした。いや、二人だけの空間とか、二人だけになれる瞬間はもう限られている。彼が皇太子だった時からそうだが、厳重な警備、地上で守る騎士だけではなく、覆面騎士や、雇った用心棒……とにかく彼をありとあらゆる角度、シチュエーションから守るために配属された人は数えるも大変なくらいいる。私たちがみられていないと思っていても、どこかで見ていて見守っている。だから、外で、なんて誰に見られているかもわからないのに恐ろしくてできなかった。私は、人に見せるプレイは絶対にしたくないのだ。多分、それは陛下も同じで、先ほどの言葉が本当なら、見た人間は切り刻まれて一生不能になるだろうし。


「お前も期待していたんだろ?」
「まさか!」
「なら、なんで濡れている?」


 と、陛下はニヤリと笑った。え? と思って恐る恐る下へ手をもっていけば、ぬちゃっとした音がかすかに響く。それを聞いて、自分の体なのにはずかしくなって、彼の腕の中で暴れたが、彼はがっしりと私を掴んでいるので、動こうにも動けなかった。


「さ、触ってないですよね」
「ああ、触ってないな。触っていたら、もっとロルベーアは大きく体を揺らすだろうしな」
「……」
「まあ、見ていればわかる。何を想像していたかは知らないが」
「……アインのバカ」
「お前を前にすると俺はとことん馬鹿になるぞ?」


 陛下はそういうと、ちゅっと私の額にキスを落とす。こういうのをサラッとやってくるから恥ずかしい。


「もう、本当にダメって言っているのに……」


 付き合いたてのカップルはこんな感じなのだろうか。恋を知りたての乙女みたいに、私は彼のしぐさが、言葉がすべてがキュンキュンときて、胸がいっぱいになる。最近忙しかったこともあってこうして彼に近寄られただけでも彼の匂いや音にうい敏感に反応してしまう。想像の中の彼よりも、現実の陛下のほうが断然かっこいい。会えない日、彼を思って慰めたこともあったし、彼を思い出しては彼の痕跡をたどったりもした。彼のことを知っているはずなのに、想像よりも現実のほうがはるかに刺激があって、かっこよくて、この差は何なのだろうかとも思う。
 夫婦になった、皇帝と皇后になった。もう本当の意味で子供でもないし、責任や、未来への希望と期待。いろんなものを背負っている。だから、こんなふうにドキドキして乙女になっていてはいけないと思うのに、それでも彼を好きだと気づいたあの時よりも彼に恋をしている気がしたのだ。

 恋よりも先に愛を見つけてしまったからか。彼と恋に落ちる過程に気づかず、愛してしまったからか。
 恋の延長線上にあるのが愛というわけではないが、それでも私たちが初めてお互いに心を打ち明けたのはまず愛だったと思うから。恋する感覚はこういうものなのかと、今になって気付いた。こんなにもドキドキして、うるさくて、ままならなくて。どうしようもなく好きで溢れて苦しくて、心地よい。


「アイン、苦しいです」
「まさか、先ほどの魔物に毒が?」


 陛下はバカみたいに焦って私の顔を覗き込む。私のことになると冷静さがかける彼が好き。ちょっとバカになる彼が好き。
 かっこいい彼も、皇帝として威厳がある彼も。
 私は首を横に振った。そんな毒よりも苦しくて、幸せなものだと私は彼の夕焼けの瞳をじっと見つめて口にする。


「違います。アインを好きすぎて、苦しんです」
「何だそれは」
「貴方を見ていると、自分が自分じゃなくなったみたいに、恋焦がれて、焼けてしまいそうなほど熱くなって。好きで好きで、たまらないって気持ちが抑えられないんです。なんで、こんなこと、ずっとそうだったのでしょうか」
「ロルベーア?」
「今、アインが発光して見えます」
「は、発光?」
「眩しすぎるくらいかっこいいってことです」


 言語能力が低下している。自分の気持ちをうまく言語化できないのが苦しかった。でもそれくらい私は感じようとしなかった恋を今自覚した。もちろん、陛下のことは愛しているし、生涯を共にしたいと強く思っている。でも、そういう気持ちとかではなく、本当に純粋な恋心を今自覚した。バカみたいとちょっと思ってしまうけれど、でもきっとそういうこと。
 陛下はしばらく黙って、その場に足を止めて顔を上げた。いきなりこんなことを言われても混乱するだろう、そう思っていたが、陛下は数秒か数分か経って私のほうを見た。木漏れ日が揺れる。少し彼の顔には影がかかっていて見にくかったけれど、はっきりと彼の顔が赤くなっているのが分かった。


「愛おしい、かわいい……ロルベーア、俺も好きだ」
「あ、アイン!?」


 プルプルと泣きそうな、そんな恥ずかしい顔で好きだ、大好きだ、と連呼し陛下はきゅっと私を抱きしめる。彼もどうしたらいいかわからない、抱いてしまった、気づいてしまった感情がどうしようもなくて、ままならないといった感じに、私に幼い隙を伝えてきた。
 私の思いが伝線したみたいで、またこっちも熱くなってしまい、お互いにどうしたらいいかわからない感情を擦り付けあうように私たちはキスをする。言葉にできないから行動で。暫く落ち着くまで角度を変えて私たちはキスを続けたのだった。


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