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第3部4章
03 祝福
しおりを挟む「そんな顔するな。幸せそうにしろ」
「なんで、命令口調何ですかね! 十分幸せですけど?」
「眉間にしわが寄っている」
「うっ」
ぐっと、自分の眉間を抑え、陛下は今私がしているであろう表情を表現した。さすがに誇張しすぎではないだろうかと思ったが、あながち間違いじゃない気がして私は反論できなかった。
結婚式は滞りなく執り行われた。そして、私たちは正式に夫婦になったわけだが、今からその幸せと未来への道を国民に示しに行かなければならない。祝福を受け、そしてこれからも共に歩んでいき、帝国に新たな光をもたらすと、そう思ってもらわなければならないのだ。その責任というか、本当に祝ってもらえるのだろうかと少しだけ不安になってくる。なんていったって、悪女と噂された公女と、戦闘狂の血濡れの暴君の夫婦だ。不安じゃない人がいないほうがおかしいだろう。それでも、反対する人はいなかったのだから、と言えればいいのだが、その話が議会で上がらなかったわけでもない。ただ、やはり権力的な問題もあって、公爵家だから問題ない、帝国の三つの星の中で唯一その責任を果たし、不祥事を起こさなかった家であるとも。聖女との結婚を! といった貴族もいたらしいが、聖女自身が「恋人は研究です」なんていってノックアウトされたみたいだった。
馬車の準備ができたようで、マルティンが私たちに声をかける。おなじみのメンツ、シュタールは公爵家の騎士として参加しているがここにはいない。また、彼はこの結婚式後すぐに旅立つとも言っていた。結婚式のためにとどまってくれたといっても過言ではなかった。
またゼイは正式な騎士ではなく、この場にはいないがきっとどこかで見ているだろうと予想する。
ずらりと並んだ騎士。そして、皇宮のテラスから見えた巡回している騎士、覆面の皇宮の使者たち。平和になったとはいえ、こういう祝い事に茶々を入れてくる連中はいるし、皇帝か皇后がどちらかが襲撃されでもしたら大問題だ。そのための警備はそれはもう厳重に、一分一秒と隙がなく。
「ロルベーア、行くぞ」
「は、はい」
「……安心しろ、俺がついている」
差し出された白い手袋をはめた陛下の手。馬車に乗り込み、今から出発するんだとつばを飲み込む。
私の不安は彼に伝わっていたようで、彼の言葉は強く私に刺さった。
「そうですね」
「それに、もし祝福されずとも、それを受け入れるのが俺たちの役目だ。悪評があるのであれば、これからはそれを挽回するために死力を注ぎ、国民が安心し、信頼できる人間にならなければならない。上に立つ者の宿命だ。必ず、俺たちを受け入れないというものもいるだろう」
と、陛下はすべてを知っているように言う。私と違うのは当然のことだった。そして、彼はその覚悟と、責任しっかりと理解している。皇帝の器として、皇帝として成熟した人間なのだと私は思う。私はそんな彼の隣に立つにふさわしい人間なのだろうか。彼は、私を守るとも言ってくれた。けれど、それではだめなのだ。
私にだって、責任を負う覚悟はある。彼の隣に立つと決めたときから、ずっと――
「大丈夫です。どんなことでも受け入れます。あなた一人に背負わせたりはしないわ」
「ああ、それでこそ俺が惚れた女だ」
陛下はぐっと私の腕を引っ張って馬車の上に乗せる。どさっと彼は私の横に腰を下ろすと、御者と目配せする。馬車がゆっくりと動き出し、私たちは皇宮のロータリーから城下町へと続く坂を下っていく。道中私たちの間には会話がなかった。何度か試みたが、ぐっとこらえて風景を見ていれば陛下は「落ち着かないな」と笑って私を見る。
「落ち着かないですよ。ほら、馬車って基本閉鎖空間なわけじゃないですか。ですから……」
「まあ、そうだな。それに最近は乗っていなかった。馬車は窮屈だしな。馬を飛ばしたほうがいい。それと、あの魔法石か普及すればこんなもの必要なくなるだろうな」
「まあ、そうですけど……」
「……」
「……」
やはり会話が続かない。もしかしたら、陛下も緊張しているのかもしれない。私だけじゃなくてよかったと思いたかったのだが、陛下がニヨニヨとこちらを見てきたので、私は彼が私の反応をただ楽しんでいるということに気づいてしまった。
「もう、陛下! 視線がうっとうしいです!」
「ころころ変わる表情は見ていて飽きないからな。これからもたくさん俺にだけ見せてくれ」
「そんなこと言わなくても、大丈夫よ。貴方にしか見せる予定はないわ」
いつも通りの会話。陛下との会話はちょっと皮肉のような、愛が重いようなことが常で、それが心地よく感じた。
彼と話したことで少しだけ緊張がほぐれ、帝都の石畳の上を車輪が走り始めたときにはすでに私は前を向いて私たちを祝福してくれる国民に手を振っていた。自然に流れるように、私は顔に笑みを張り付け、そして拍手を送る国民たちにこたえるように手を振る。
皇帝陛下万歳と、皇后様おきれいですと、そんな言葉があちこちから聞こえてくる。私の心配など不要だったのだ。
笑顔で祝福してくれる人、涙を流しながら祝福してくれる人、様々だった。だが、誰一人として私たちに石を投げようとする者も、気に食わなさそうにつばを吐くようなものもいなかった。治安がいいからなのか、騎士たちが見守っているからなのか。でも、それだけじゃないような気がした。
ここ三年で、私の悪女としてのうわさはぱたりと消えた。社交界に顔を出し、これまでかかわろうとしてこなかった令嬢たちにも声をかけ、公爵邸でお茶会も開いた。そうやって地道な努力と、誤解を解いて、そして聖女と仲がいいというアピールもして。それは簡単なことではなかったし、時間もかかった。それでも私は人とかかわることを辞めなかった。
自分が犯した罪ではないし、もとより彼女には罪はなかったのだろう。けれど、ロルベーア・メルクールという近寄りがたい毒を盛った公女になった私は、それを背負わなければならなかった。自分の罪ではないし、業でもない。悪役令嬢に転生なんて普通はいやだし、中身が違うのだから別人として見てほしい。それでも、それを簡単にそう受け入れてもらえることはできなかった。ならば、自分のできることをしてどうにかそのイメージを変えなければと思ったのだ。そう思ったのは、陛下の隣に立つためだ。
「ほらな、心配することはなかっただろ?」
「ええ、そうね。私たちは、ここから……」
祝福を受けながら、彼の言葉に私は答える。そんなふうにゆっくりと進む馬車に揺られながら、手を振り続けていれば、急に空が暗くなり、どよめきが起きる。雨雲かと思って空を見上げれば、それは雲ではなく飛竜で、見慣れた青いうろこの大きな飛竜がそこにいた。また、彼は数匹の仲間を連れ、空を覆うように飛んでいる。何だろうと、馬車は一旦停止するが、考えうる最悪なことは起きなかった。
『皇帝陛下と、皇后陛下に祝福を』
そんな飛竜――ゼイの声が聞こえたかと思えば、飛竜たちが大きな翼を動かし、空から黄金の花びらが雨のように降り注ぐ。
「ハッ、手の込んだサプライズだな」
「……きれい。あっ」
ひらひらと舞い降りる黄金の花びらは手に触れた瞬間しゅんと消えてしまった。これが本物の花びらではなく、魔法によって作られたものなのだと私は気づき空を見上げる。町の人たちもみな見慣れない黄金の花びらに戸惑いや、驚きの表情を見せていたが、害のないものだと気づくとわっと顔を明るくさせて再び拍手を私たちに贈る。
ゼイも隅に置けない、彼なりの祝福をしてくれたのだろうと胸が温かくなった。
そうして再び馬車は走り出す。ゆっくりと、たくさんの人たちに囲まれながら、多くの祝福の声を受けながら。
私は、彼の妻として、皇帝陛下の隣に立つ皇后としてのはじめての責務を果たしたのだった。
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