一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

文字の大きさ
上 下
115 / 128
第3部3章

07 ごめんなさい

しおりを挟む


 悪魔――そうとしかいいようのないこの男には、きっと心がないのだろう。

 ヴァイス・ディオス。その男の目的は、己の好奇心に従い、また好奇心を満たすことであり、イーリスと対になるような探求心と、満たされぬ好奇心を持った男だった。この世界に転生してきた当時、彼のような悪魔がいるなんて思いもしなくて、一番危険なのは殿下だとすら思っていた。けれど、殿下ほど人間臭く、弱くて強い男はいないと彼とかかわるうちにわかっていった。また、ヒロインであるイーリスも圧倒的な善人であるが、人間らしく尽きぬ探求心から魔法の研究にいそしむ、ある意味オタクのような少女だった。しかし、そんなこの世界にも良心のかけらも持ち合わさない男がいた。
 ヴァイスは私が協力した……手を取ったことにより、すべてではないし、嘘も混じっていたかもしれないが、これからのことを放してくれた。フルーガー王国が宣戦布告し、帝国との戦争を始めさせること。どちらかに勝敗がつかないよう設定し、どちらも共倒れにすることなど、この男が考えそうな最悪なシナリオを私に話してくれた。ここまで話してくれたのはきっと信頼や、良心からではなく、殿下と同じようにいつでも私の記憶を消せると考えたからだろう。むろん、私にその魔法をはじき返す力などないわけで、魔法をかけられても私は抵抗一つできずに記憶を消されてしまうかもしれない。
 私は、彼と行動を共にした数か月の間、彼に愛でられ、元居た世界の話をした。
 ヴァイスは、思った通り私のいた世界に興味を示し、そして私の世界に行く方法を模索していた。
 私がこちらに転生できたということは、ヴァイスがあちらの世界にいけるということも可能なのではないかと。もう、あちらの世界には未練はないけれど、それでもこんな男が元居た世界で暴れたらと考えると恐ろしくて、成功してほしくない気持ちにはなる。転生というのが自発的にできるものなのかにももちろんよるけれど。


「そういえば、ロルベーアはあの異分子と仲がいいんだね」
「異分子……貴方、自分の弟のことを」
「殺しておけばよかった」


 と、初めて聞いた彼の感情のこもった言葉に、声色に私は驚いた。彼にもそういう感情を処理する機能が損座しているのだと。
 ヴァイスは、すぐに取り繕ったように笑ったが、一度見せたその表情を私は忘れないだろう。シュタールはヴァイスに対し、殺意のようなものを抱いていなかった。けれど、ヴァイスは違いシュタールの存在を疎ましく思っていた。それは、シュタールから聞いた通りの話だった。


(魔導士にとっての弱点……もしかしたらほかにもシュタールは隠していることがあるのかもしれないわね)


「ロルベーアもそう思うでしょ?」
「思うわけないじゃない。人を殺すなんてそんな簡単に……! それも、家族を」
「家族なんて血のつながりがあるだけの他人じゃないか」
「血がつながっているから家族なのよ」
「でも、血のつながりがあるだけで同じ思考を共有するとか、相手の考えていることがわかるわけじゃない。家族という枠に押し込められただけで、体が分裂してできたものでもない。個として存在しているんだよ人間は。それをそういう囲いの中に入れてさあ」


 そうヴァイスは私には理解できないことを口にして、私に近づいてきた。
 身構えてしまうが、逃げることなんてできないと悟り、私はおとなしく彼をにらみつける。


「ロルベーアが今欲しいものを当ててあげよっか?」
「何? ほしいものなんて……かえしてくれるわけじゃないでしょうに」
「そうだね。君は必要なんだ。僕の考えたシナリオに不可欠な存在……あいつらを呼び寄せるために必要な餌なんだ」
「……」
「君が欲しいものは、血からでしょ? ロルベーア」
「力? 私はそんなもの……」


 嘘、と耳音でささやかれ、全身の毛が逆立つ。
 ヴァイスはくくくと喉を鳴らして、私をなめるように見つめてきた。すべてを見透かした目に貫かれ、私は身動きできなくなる。


「ロルベーアは、僕に誘拐されたとき、もっと自分に力があればって思った。それだけじゃない。あの皇太子を守れる力が欲しいって思っている。自分は非力で、どうしようもなく、足を引っ張ってばかりの存在だって思っているから。だから、力が糒」
「……違う、私は」
「素直になりなよ。ロルベーア。僕がその力を与えてあげるから。君は僕にすべてをさらけ出せばいい」


 そういって、ヴァイスは私を抱きしめる。抵抗しようとしたが、体が硬直して動けなかった。殿下と違う匂いに、私は体が拒絶反応を起こして気持ち悪くなる。宿敵に、嫌いな人間の匂いに包まれ、体にねじ込まれるその感覚にひどく嫌悪感を覚えた。そして、彼が私に毒を流し込むように耳元で何かを囁いた。私の奥底にある弱い自分を引っ張り出して、その私から弱みを聞き出ししばりつけ、絡めとって……体の自由が奪われる。カクンと体の中の糸が切れたように、私は彼にもたれかかった。何が起きたかすら理解できていない。ただ、とても眠くて、目を閉じてしまいそうになる。
 ヴァイスは私の頭を撫でて、まるで赤子を寝かしつけるようにつぶやく。


「……そう、いい子。ロルベーア」


 私の意識が暗い闇へと落ちたのは、それからすぐのことだった。




「ロルベーア、早くしなよ」


 無慈悲な命令が下される。でもその前にはっきりと聞こえた、愛しの人の声に、私は操られた体に何とか働きかけ動作を止めるようにと心の中で叫ぶ。
 意識ははっきりとあった。だからこそ、目の前で起きようとしている悲劇を何としてでも止めたいと思った。声も出ない、体の自由も効かない。けれど、意識だけははっきりとあって、それだけはと彼の――アインザーム・メテオリートの胸に向けている剣だけはどうか彼の胸を貫かないようにと。しかし、意に反して私の手はぐっと剣を掴んで離さなかった。そうして、下された命令に従い彼の胸を――


「ロルベーア、俺はお前になら殺されてもいい」
「……ぁ、あ、あああああああああっ!」


 彼の真紅の髪が散らばる。喉が張り裂けるほど叫び、私はぼろぼろとこぼれた涙でかすんだ視界の中剣を突き立てた。

 グサッ――と、鋭利な剣先が、彼のに刺さる。
 殿下は私の頬に垂れる涙をぬぐって、愛おしそうに名前を呼ぶ。そして、次の瞬間にはこれほど幸せなことはないというように顔をほころばせて私を抱きしめた。私はまだ魔法にかかっているためか、体が彼から距離を取ろうとしたが、それより先に引っ張られるようにして私は彼の胸へ飛び込んだ。


「ロルベーア」
「アイン、あ……わたし、私は!」
「大丈夫だ、死んでいない」


 そう言って、彼は私に自身の心臓の音を聞かせる。怖かっただろう。信じていた人に殺されようとしたのだから。それでも彼は大丈夫だと私の背中をさすった。スッとそれまで白と黒の世界にいた意識が戻ってき、私は力なく手を下ろす。先ほど、私はこの手で殿下を殺そうとした。そんな罪悪感から彼を抱き返すことはできなかった。けれども彼は、そんなこと気にしないというように私を抱きしめ続ける。ヴァイスがその間に攻撃してきたらどうするんだといいたかったが、彼はそんなことお構いなしに抱きしめ続ける。


「アイン、私は、私は、アインを」
「だから大丈夫だろ。生きている」
「そうではなく!」


 反逆罪など恐ろしい言葉が浮かんだが、殿下はきっと私を罰したりしない。そんな慢心はあるものの、それでも、私自身が許せなかった。いくら操られているとはいえ、殿下に剣を向けるなど、そんなことを、許せるはずもない。
 一つ刻まれたトラウマに私は泣くことしかできず、どうにかヴァイスに立ち向かわなければならないのに、できなかった。
 数か月ぶりに会えた彼をもっと感じていたい。そして、記憶が戻ったのだと、そんな彼に話を聞きたい。
 殿下ともっと一緒にいたいのに。
 殿下は、「よく頑張ったな、すまなかった」となぜか謝罪の言葉を口にした。謝るべきは私なのになぜ、と私は彼の顔を見た。すると、彼は数か月前とは比べ物にならないくらいやつれていて、病人のように顔が青白かった。こんなふうになるまで、彼は――

 もう何も言えないと思った。
 ただ、今は彼の心にこたえなければならないと。でも、口から紡がれた言葉はちっぽけなものでどんな顔をされるのか少しびくびくしながらも私は引っ込まない涙を流しながらいう。


「ごめんなさい、アイン」


 そして、記憶を取り戻して私を抱きしめてくれてありがとう。
 殿下は私の言葉を聞いた瞬間、しょうがないな、というふうに笑って「ありがとうでいい」とただ一言そういった。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...