93 / 128
第3部1章
05 お持ち帰りさせていただきました
しおりを挟む「お嬢様、おかえりなさいませ……って、ええ、どうしたんですか、その人」
「買った……拾ったのよ。使える人材だって思ったからね」
「ええと、その」
「リーリエ。お風呂を用意してくれる。彼のために」
「えっと、その、公爵様にはなんと」
「まあ、許してもらえるでしょう。危険な人物でもないし……どうせ、私がいったら何でも頷いてくれるわ」
多分ね、と私は少し視線を逸らす。
さすがに、ぼろぼろで悪臭も放っている少年を連れて帰ってきたら、お父様も返してきなさいというかもしれない。ただ、お金を払っていることもあり、何もなしに彼を手放すのは少しもったいない気がするのだ。はした金だったかもしれないけれど、それでもお金はお金。払った分の活躍はしてほしいところだった。
リーリエは、戸惑いながらも、かしこまりました、と言ってパタパタと走っていった。いつも言うことを聞いてくれるリーリエに、今回ばかりは申し訳なさを感じつつも、私は気が抜けて、思わずため息をついてしまった。
まだどうするのか、決まっていない。ただ、買ったからには、責任を持たなくちゃいけない。そんな気持ちでいっぱいだった。
「お人よしだなあ、お嬢は」
「だから、別にそういうのじゃないって。それに、ゼイ。貴方も、見ていて気分のいいものではなかったでしょ?」
「そうだよ。でも、連れて帰ってきちゃうなんて思わねえだろ。助けただけでもお嬢は偉いのに、面倒までなあ。オレの時を思い出すぜ」
「貴方の時は、別にそこまで何もしていないけれど? はあ」
ため息をつけば、幸せが逃げるぜ、なんて笑われ、どつこうかとも思った。そういえば、ゼイだってかったようなものだし、ペットが二匹になったようなものでもあった。言われて、お人よしなのかもしれないと思ったし、感情はぐらぐらと揺れまくる。
それに、男を拾ったなんて話が殿下の耳に入ったらまた暴れだすのではないかと不安にさえなってくる。さすがに、もう大人になったのだから、そんなことはないと思いたいけれど。
「……」
「な、なに……?」
「いえ、ご主人様は、凄いところに住んでいるんですね」
「すごいところって、そりゃ、私は公爵家の令嬢だから」
「公女様」
「ええ、そうね。分からなかったの?」
それまで黙っていたシュタールが口を開くと、世間を知らないような口ぶりに、私もゼイも思わず二度見してしまった。純粋無垢、みたいな顔で、人畜無害そうな顔で、少し小首をかしげる感じがなんとも、と私はあざといなと思いながらも、自分が買われた自覚はあれど、誰に買われたのか理解できていないシュタールに何から言えばいいか分からなかった。
「さっき、話を聞いていなかったの?」
「ロルベーア・メルクール公爵令嬢、と聞こえました。公女様……」
「そうね。その、ロルベーア・メルクールが私。私が貴方を買ったの。意味わかる?」
「わかります。俺は、これからどうすれば?」
「大金をはたいて買ったんだから、それなりに働いてもらわないと困るわ。もちろん、公爵家で」
「……」
「悪いようにはしないわ。あの男の用には絶対に」
と、私がいうと、シュタールは目を輝かせ、はい、と小さく返事を返した。
その返事に、あの男にどれだけ搾取され続けてきたか、酷い仕打ちを受けてきたか、その前の場所で受けてきたものがうかがえ、胸がチクリと刺した。
「ゼイ」
「へーい、お嬢。なんですか?」
「……さっきの男のことについて調べてほしいんだけど出来る?」
「あ? でも、俺そんなスパイみたいなことできねえぞ?」
「どこの誰とわかるだけでいいから。ほら、臭いでおえたりしない?」
「お嬢、俺の事、犬か何かだと思ってねえか……できなくはねえけど。はあ、へいへい。わかりましたよ、おじょー様の言う通りに」
「ありがとう」
あの男は、シュタール以外にも奴隷を買っているかもしれない。一度あることは二度あるともいうし、あの男の性格や、意地悪さからみて間違いないだろう。奴隷が禁止されているのに奴隷を買っていると証拠を掴めれば、法で裁くことが出来る。そしたら、シュタールのような悲しい思いをする人を減らせると思ったから。
お金で人を買う人間のことは好きじゃない。今回は仕方なしに、お金で買ったけれど、自ら進んでしようとは思わない。お金で人を、一夜を、と買う人の思考か理解できなかった。そうせざるならない世界も嫌いだ。お金があれば何でもできてしまうのは、その通りなのだが。
「お嬢は、敵に回したくねえな」
「回す予定でもあったわけ?」
「いーや。やっぱり、俺の惚れた女は違うなあって話だよ!」
「あっそう? まあ、それはいいのだけど。ゼイ、もう一つ」
早速、私の下した命令を遂行しようとしてくれていたゼイを引き留める。ゼイはなんだよーと少し不貞腐れたような顔をしていたが、水色の髪をブンと振り回すようにこっちを向くとその顔はすぐにでも、楽し気な、主人に遊んでくれるのかとしっぽを振る犬のようだった。
「……落ち着いたらでいいのだけど、シュタールと手合わせしてほしいの」
「手合わせ、なんの?」
「剣のよ。貴方の成長も見てみたいし、少し気になることがあるから」
「気になることねえ。まあ、いいけど。お嬢にいいところ見せられるなら、やってやんぜ」
と、張り切って腕まくりをする。威勢がいいのはいいことだと思うし、ゼイの専売特許でもある。
言いたいことはこちらからすべていうことが出来、そしてゼイは元気よく公爵邸を後にした。残ったのは、私とシュタールだけで。
(気まずいのよ。何か話しなさいよ……)
ご主人様、と呼ばれるのも慣れないし、それよりなにより、穴が開くほど見つめられているのに、何も言ってこないシュタールが気味が悪かった。何か言いたいことがあるのなら言えばいいのに口にしない。いや、してはいけないと思っているのかもしれない。自分が主人に向かって意見することはいけないことだと、そう刷り込まれているのかもしれないと。
リーリエが戻ってくるまで、まだ少しかかりそうだから、会話をしたいけれど。
「あの、じろじろ見ないでくれる? 言いたいことがあるなら、はっきりと言ってちょうだい」
「……ご主人様に何か言うのは、その、違うと思って」
「違うって何よ」
「何故、ご主人様は、俺を助けてくれたのですか」
と、違うと言っておきながらちゃっかり聞いてくるところが、なんとも言えなかった。抜けているというか、外れているというか。シュタールについて、何も知らないことだらけで、彼をまだつかみ切れていない。
それでも、不思議と彼を公爵家で雇うことは出会った瞬間に直感的に思ったことで、そして、今ここにこうして連れてきているわけだけど。
「助けてって貴方がいったからよ」
「助けてと言ったら、助けてくださるんですか」
「何よ、その言い方」
「……俺は、助けを乞うても…………今までであってきた人は助けてくれませんでした。だから、ご主人様に助けられるなどとは思っていなかったんです」
「じゃあ、何で助けてって言ったのよ」
「助けてほしかったからです」
馬鹿正直に答えた割には、自信なさげというか。やはり、人にあれこれと期待していないのだろうということがうかがえた。いったいどんな人生を送ってきたらこうなるのか。
「そう、じゃあよかったじゃない。助けてもらえて」
「俺は何をすればいいんですか」
「……」
「俺にできることはありますか」
「…………」
「俺に……」
「黙りなさい」
「……っ」
口を開いたと思えば、詰め寄ってきて。でも、自分で考えることが出来ないような、その言葉に少しイラっとした。自己肯定感というか、自我という物すら傷つけられて、ないような人間。全くそんな気がしなかったのに、どうしてこうなったのだろうか。そう不思議に思うくらいだった。
私の見る目がなかったのか、それとも――
(いいえ、違う、違うわ……)
「シュタール」
「はい、何でしょうか。ご主人様」
「貴方、剣は得意?」
いきなり突拍子もない、何の脈絡もない質問をすれば、案の定といった反応が返ってきた。誰しも、こんなふうに質問されたら驚いてしまうだろう。けれど、気になることは、早めに解いておきたかったのだ。
シュタールは、えっと、とと自分の記憶を探るようにして視線を漂わし、再びビー玉の瞳を私に向けた。先程とは違って、また誇りのあるような、それだけはできるとでも言わんばかりの顔。私の目は間違っていないようだ。
「できます。剣は、得意です――魔法よりも」
「そう。じゃあ、期待しているわ」
顔を上げてまっすぐと言ったシュタールに、私は余裕のある笑みで返した。
その後、リーリエが、お風呂の準備が出来たと帰ってきたので、リーリエにシュタールのことを任せ、自分の部屋に戻ることにした。シュタールは、私以外にはなついていないような態度で、ちらちらとこっちを確認してきた。汚い野犬を拾ってきてしまったな、とは思いつつも、その野犬がきっと、番犬になってくれる、そんな期待を胸に、私は部屋の扉を閉める。
「……はあ」
つるつるつる……と、扉にもたれかかるようにし、私はその場にしゃがみこむ。先程まで震えていなかったからだが、ガタガタと震えだし、恐怖に心臓がぎゅっと掴まれる。
「……そうよね。きっと、そう」
口から洩れた言葉は、不安なもので、私はある確信をもって彼を拾ったのだと口にする。
(あの目、あの感じ……間違いない。そう、私の直感が言っているもの)
シュタールはあいつとつながっている。そう、ヴァイス・ディオスと……そう、私は、直感ながらに思い、彼をここに持って帰ってきたのだ。ヴァイスに対応するための、駒として。
11
お気に入りに追加
958
あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。

運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる