一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第3部1章

05 お持ち帰りさせていただきました

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「お嬢様、おかえりなさいませ……って、ええ、どうしたんですか、その人」
「買った……拾ったのよ。使える人材だって思ったからね」
「ええと、その」
「リーリエ。お風呂を用意してくれる。彼のために」
「えっと、その、公爵様にはなんと」
「まあ、許してもらえるでしょう。危険な人物でもないし……どうせ、私がいったら何でも頷いてくれるわ」


 多分ね、と私は少し視線を逸らす。
 さすがに、ぼろぼろで悪臭も放っている少年を連れて帰ってきたら、お父様も返してきなさいというかもしれない。ただ、お金を払っていることもあり、何もなしに彼を手放すのは少しもったいない気がするのだ。はした金だったかもしれないけれど、それでもお金はお金。払った分の活躍はしてほしいところだった。
 リーリエは、戸惑いながらも、かしこまりました、と言ってパタパタと走っていった。いつも言うことを聞いてくれるリーリエに、今回ばかりは申し訳なさを感じつつも、私は気が抜けて、思わずため息をついてしまった。
 まだどうするのか、決まっていない。ただ、買ったからには、責任を持たなくちゃいけない。そんな気持ちでいっぱいだった。


「お人よしだなあ、お嬢は」
「だから、別にそういうのじゃないって。それに、ゼイ。貴方も、見ていて気分のいいものではなかったでしょ?」
「そうだよ。でも、連れて帰ってきちゃうなんて思わねえだろ。助けただけでもお嬢は偉いのに、面倒までなあ。オレの時を思い出すぜ」
「貴方の時は、別にそこまで何もしていないけれど? はあ」


 ため息をつけば、幸せが逃げるぜ、なんて笑われ、どつこうかとも思った。そういえば、ゼイだってかったようなものだし、ペットが二匹になったようなものでもあった。言われて、お人よしなのかもしれないと思ったし、感情はぐらぐらと揺れまくる。
 それに、男を拾ったなんて話が殿下の耳に入ったらまた暴れだすのではないかと不安にさえなってくる。さすがに、もう大人になったのだから、そんなことはないと思いたいけれど。


「……」
「な、なに……?」
「いえ、ご主人様は、凄いところに住んでいるんですね」
「すごいところって、そりゃ、私は公爵家の令嬢だから」
「公女様」
「ええ、そうね。分からなかったの?」


 それまで黙っていたシュタールが口を開くと、世間を知らないような口ぶりに、私もゼイも思わず二度見してしまった。純粋無垢、みたいな顔で、人畜無害そうな顔で、少し小首をかしげる感じがなんとも、と私はあざといなと思いながらも、自分が買われた自覚はあれど、誰に買われたのか理解できていないシュタールに何から言えばいいか分からなかった。


「さっき、話を聞いていなかったの?」
「ロルベーア・メルクール公爵令嬢、と聞こえました。公女様……」
「そうね。その、ロルベーア・メルクールが私。私が貴方を買ったの。意味わかる?」
「わかります。俺は、これからどうすれば?」
「大金をはたいて買ったんだから、それなりに働いてもらわないと困るわ。もちろん、公爵家で」
「……」
「悪いようにはしないわ。あの男の用には絶対に」


と、私がいうと、シュタールは目を輝かせ、はい、と小さく返事を返した。

 その返事に、あの男にどれだけ搾取され続けてきたか、酷い仕打ちを受けてきたか、その前の場所で受けてきたものがうかがえ、胸がチクリと刺した。


「ゼイ」
「へーい、お嬢。なんですか?」
「……さっきの男のことについて調べてほしいんだけど出来る?」
「あ? でも、俺そんなスパイみたいなことできねえぞ?」
「どこの誰とわかるだけでいいから。ほら、臭いでおえたりしない?」
「お嬢、俺の事、犬か何かだと思ってねえか……できなくはねえけど。はあ、へいへい。わかりましたよ、おじょー様の言う通りに」
「ありがとう」


 あの男は、シュタール以外にも奴隷を買っているかもしれない。一度あることは二度あるともいうし、あの男の性格や、意地悪さからみて間違いないだろう。奴隷が禁止されているのに奴隷を買っていると証拠を掴めれば、法で裁くことが出来る。そしたら、シュタールのような悲しい思いをする人を減らせると思ったから。
 お金で人を買う人間のことは好きじゃない。今回は仕方なしに、お金で買ったけれど、自ら進んでしようとは思わない。お金で人を、一夜を、と買う人の思考か理解できなかった。そうせざるならない世界も嫌いだ。お金があれば何でもできてしまうのは、その通りなのだが。


「お嬢は、敵に回したくねえな」
「回す予定でもあったわけ?」
「いーや。やっぱり、俺の惚れた女は違うなあって話だよ!」
「あっそう? まあ、それはいいのだけど。ゼイ、もう一つ」


 早速、私の下した命令を遂行しようとしてくれていたゼイを引き留める。ゼイはなんだよーと少し不貞腐れたような顔をしていたが、水色の髪をブンと振り回すようにこっちを向くとその顔はすぐにでも、楽し気な、主人に遊んでくれるのかとしっぽを振る犬のようだった。


「……落ち着いたらでいいのだけど、シュタールと手合わせしてほしいの」
「手合わせ、なんの?」
「剣のよ。貴方の成長も見てみたいし、少し気になることがあるから」
「気になることねえ。まあ、いいけど。お嬢にいいところ見せられるなら、やってやんぜ」


と、張り切って腕まくりをする。威勢がいいのはいいことだと思うし、ゼイの専売特許でもある。

 言いたいことはこちらからすべていうことが出来、そしてゼイは元気よく公爵邸を後にした。残ったのは、私とシュタールだけで。


(気まずいのよ。何か話しなさいよ……)


 ご主人様、と呼ばれるのも慣れないし、それよりなにより、穴が開くほど見つめられているのに、何も言ってこないシュタールが気味が悪かった。何か言いたいことがあるのなら言えばいいのに口にしない。いや、してはいけないと思っているのかもしれない。自分が主人に向かって意見することはいけないことだと、そう刷り込まれているのかもしれないと。
 リーリエが戻ってくるまで、まだ少しかかりそうだから、会話をしたいけれど。


「あの、じろじろ見ないでくれる? 言いたいことがあるなら、はっきりと言ってちょうだい」
「……ご主人様に何か言うのは、その、違うと思って」
「違うって何よ」
「何故、ご主人様は、俺を助けてくれたのですか」


と、違うと言っておきながらちゃっかり聞いてくるところが、なんとも言えなかった。抜けているというか、外れているというか。シュタールについて、何も知らないことだらけで、彼をまだつかみ切れていない。

 それでも、不思議と彼を公爵家で雇うことは出会った瞬間に直感的に思ったことで、そして、今ここにこうして連れてきているわけだけど。


「助けてって貴方がいったからよ」
「助けてと言ったら、助けてくださるんですか」
「何よ、その言い方」
「……俺は、助けを乞うても…………今までであってきた人は助けてくれませんでした。だから、ご主人様に助けられるなどとは思っていなかったんです」
「じゃあ、何で助けてって言ったのよ」
「助けてほしかったからです」


 馬鹿正直に答えた割には、自信なさげというか。やはり、人にあれこれと期待していないのだろうということがうかがえた。いったいどんな人生を送ってきたらこうなるのか。


「そう、じゃあよかったじゃない。助けてもらえて」
「俺は何をすればいいんですか」
「……」
「俺にできることはありますか」
「…………」
「俺に……」
「黙りなさい」
「……っ」


 口を開いたと思えば、詰め寄ってきて。でも、自分で考えることが出来ないような、その言葉に少しイラっとした。自己肯定感というか、自我という物すら傷つけられて、ないような人間。全くそんな気がしなかったのに、どうしてこうなったのだろうか。そう不思議に思うくらいだった。
 私の見る目がなかったのか、それとも――


(いいえ、違う、違うわ……)


「シュタール」
「はい、何でしょうか。ご主人様」
「貴方、剣は得意?」


 いきなり突拍子もない、何の脈絡もない質問をすれば、案の定といった反応が返ってきた。誰しも、こんなふうに質問されたら驚いてしまうだろう。けれど、気になることは、早めに解いておきたかったのだ。
 シュタールは、えっと、とと自分の記憶を探るようにして視線を漂わし、再びビー玉の瞳を私に向けた。先程とは違って、また誇りのあるような、それだけはできるとでも言わんばかりの顔。私の目は間違っていないようだ。


「できます。剣は、得意です――魔法よりも」
「そう。じゃあ、期待しているわ」


 顔を上げてまっすぐと言ったシュタールに、私は余裕のある笑みで返した。
 その後、リーリエが、お風呂の準備が出来たと帰ってきたので、リーリエにシュタールのことを任せ、自分の部屋に戻ることにした。シュタールは、私以外にはなついていないような態度で、ちらちらとこっちを確認してきた。汚い野犬を拾ってきてしまったな、とは思いつつも、その野犬がきっと、番犬になってくれる、そんな期待を胸に、私は部屋の扉を閉める。


「……はあ」


 つるつるつる……と、扉にもたれかかるようにし、私はその場にしゃがみこむ。先程まで震えていなかったからだが、ガタガタと震えだし、恐怖に心臓がぎゅっと掴まれる。


「……そうよね。きっと、そう」


 口から洩れた言葉は、不安なもので、私はある確信をもって彼を拾ったのだと口にする。


(あの目、あの感じ……間違いない。そう、私の直感が言っているもの)


 シュタールはあいつとつながっている。そう、ヴァイス・ディオスと……そう、私は、直感ながらに思い、彼をここに持って帰ってきたのだ。ヴァイスに対応するための、駒として。

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