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第3部1章

03 上機嫌な竜

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「買い物なんて珍しいな。お嬢」
「珍しくないわよ。前もあったでしょ」
「いやーな、思いでしかないが? さすがに、もう襲われるなんてことしないでくれよ。あれ、結構きつかったんだからな!?」
「分かってるわよ。というか、好きで狙われているわけじゃないのに、酷い言われよう。まあ、何かあったら、守ってよね。そのために連れてきたんだから」
「あとは、荷物持ちだろーへいへい、お嬢は人使い荒れえよな。誰かと似て」
「ふふっ、好きな人に染まりやすいタイプなの」


 帝都には、いろんな店があり、目移りしてしまう。宝石商を呼んで家で宝石を見ることだってできるし、パティシエだって呼べる。公爵家の公女なのだから、当然と言えば当然というか、お金のある貴族だからこそできる芸当。しかし、わざわざ自分で足を運び、運命のように出会ったものを買う、というのもまた面白いし、私はそっちの方が好きだった。
 石畳の歩道を、後ろからついてくる竜人族の男ゼイを護衛に、私は日傘をさしながら歩く優雅な休日。貴族は、そのほとんどが、休日のようなものだけど、前世のこともあって、土曜日や日曜日にこうやって出歩くことが多い。


(まあ、とはいっても、ゼイがいなければ外に出るのは危険よね)


 視線は感じなくとも、ふと思い出した恐怖が、あの視線が今もそこにあるのではと過剰に反応してしまう。誰もいないのに。それでも、どこからか声が聞こえる気がして、怖い。
 ヴァイスが、竜人族に効く魔法、毒を持っている以上いくらつよいゼイとはいえ、命が危険にさらされることもある。そういった、魔法の類が聞かない人間がいればいいけれど、そう簡単に見つかるはずもない。殿下の持っている、魔法を切ることが出来る剣というのも、一つしかないみたいだし、あれが量産できなければ、ゲベート聖王国とつながっていたフルーガー王国と戦うとき、かなり不利になるのではないかと思った。まだ、生き残っている魔導士がフルーガー王国にいると考えたら。


「まっ。どうでもいいいいけどよ。あんま、フラフラすんなよー目ぇ、離したらお嬢すぐどっか行くしよ」
「行かないわよ。そんな危険なことするわけ名じゃない」
「そうだよな。お前がいなくなったらあの皇太子がどーんな顔して探し始めるか、考えるだけでも恐ろしい」
「ほんと、減らず口。殿下に心配をかけたくないから、変な真似しないわよ。それに、貴方にも、迷惑をかけたくないわ」
「……おっ、なんか素直だな。お嬢も、丸くなったよな」
「もって、また、殿下と……」
「お嬢が、オレのこと気にしてくれるの、すげえ嬉しいと思ってるぜ。感謝もしてる。あの時、ほんとにさらわれなくてよかったって、思ってるよ」
「ゼイ……」
「あと、めっちゃ痛かった。もう、マジ死ぬかと思ったから、ほんと、あれはごめんしたいわ」
「……」


 しんみりとさせてくれるなあ、なんて思っていれば、いつものように馬鹿っぽい声を上げて、あの時のことを私に訴えてきた。
 竜人族を殺せるほどの毒、というのが魔法によってつくられていたというのは聞いたが、それがどれほどのものか分からなかったし、竜人族がほかの種族とは違って、耐久力があるとのことで、それはもう、人間が食らえば一撃でころっと行ってしまううような毒だったのだろう。それに耐えることが出来た、それでも耐えたのが奇跡なくらいに、ゼイは命を危険にさらされたと。


「お嬢、聞いてんのか!?」
「聞いてるわよ。本当に恐ろしいわね……」
「その、ヴァイスってやつ? は、竜人族も殺せる魔法持ってるんだろ。それを取り逃がしちまって、大丈夫だったのかよ」
「だから、こうして貴方を連れてきているんだけど? それに、貴方でも苦労する相手なんだから、そう簡単に捕まえられるわけないじゃない」
「そうだよな。帝国の人間は、魔法に対する耐性がないからな……一人で、国家滅ぼせるくらいには強いだろうな」
「何か弱点知らないの?」


 まるで、帝国が負けるとでも言いたげな口ぶりにイラっとしつつも、私は、そんなに言うのなら、何か有力な情報を持っているのではないかと詰め寄った。何せ、二百年も生きている竜人族の生き残りなんだから、一つくらい有力な情報を持っていてもおかしくないはずだ。
 水色の髪を掻きむしりながら、ゼイは思い出すようにうーんとうなり始めた。


「ゲベート聖王国……なあ。言っただろ? 竜人族にとって危険な奴らだったって。てか、迫害受けたし……あーでも、確かそのヴァイス? ってやつが王太子だった時代、他にも強い魔導士がいたんじゃなかったっけか」
「ふーん、それのどこが有力な情報なのよ」
「そいつが、こっち側につけば戦力になるんじゃねえかって話!」
「ヴァイスは生きているけれど、その兄妹? が生きているとは限らないじゃない。ヴァイスは、そういうの頭回るから、弱者は死んで同然とか、自分以外の王族は殺しているかもしれないし」
「おっかねえな、本当に」
「まあ、世界征服とかいう危ない思想は持ち合わせていないみたいだし。そういうのはつまらないって人蹴りした男だから、彼が表に出てくることはないと思うわ。あくまで、人と人を殺し合わせることに愉悦を覚えるみたいだし」
「もっとやべえ。ひー、もし、本当に、帝国とフルーガー王国がぶつかることになったら、オレも駆り出されんのかなあ」
「でしょうね。貴方強いから」


 私がそういうと、そうか? なんて、どことなく嬉しそうにゼイはこちらを向く。にま~と顔を緩ませれば、しっぽを振ったワンコのように、私の周りをくるくると回り始めた。
 言うんじゃなかったと思ったが、実際に彼の戦闘を見ている私からして、ゼイはかなり戦闘に慣れている。飛竜の姿の時も、人間の姿の時も、その身のこなしは頭一つ分ほど抜けているのだ。まあ、幾千の戦場を歩いてきた殿下には及ばないけれど、隙をつけば殿下の首さえ狙えるほどには、彼は人間の急所を理解しているし、かなり戦力になることは間違いないだろう。


(帝国にまで攻め入られたら困るところでああるけれど……そうならないように、殿下が今策を練っている最中だし、任せましょう)


 女性は何もできない。戦争で男性が血を流していることも、命散らしていることも知らずにお茶を飲む。殿下はそういっていた。そうして、敵か味方か分からない死体の山の先に平和を掴めると。本当に皮肉な話だ。それを、女性は知らないし、目をそらしている。その現実を受け入れたうえで、何か支援できることがないのかと、私たちはそこを考えていかなくてはならないなと思った。
 日傘をくるりと回し、めんどくさいゼイを無視しながら、ヒールを鳴らして歩く。すると、曲がり角から、サッと誰かが飛び出してきて、その肩が当たった。


「きゃっ」
「――おっと、お嬢。大丈夫か」
「え、ええ、ありがとう」


 よろけてしまい、日傘は地面へと投げられ、倒れそうな身体はゼイによって受け止められた。私は、ゼイに俺をいいつつ、ぶつかった相手方も、そこに倒れた、ということに気づいていたため、視線を戻す。するとそこには、灰色の髪の薄汚れた人間が倒れていた。


(悪臭がすごいわね……)


 みすぼらしい服と、生臭さに、私は鼻をつまむ。そうして、ううぅ……とうめきながら、その灰色の髪の人間は顔を上げた。


「……あっ」
「どした、お嬢?」
「いいえ、何も」


 スッ、と顔を上げたその人間――少年は美しいビー玉のような透明な瞳をしていた。そして、助けを乞うように、乾燥しきれた唇を動かし、かすれた声でつぶやいた。


「たす……けて、ください……」
「え……?」
「俺を……助けて、ください……」


 少年は、泣きつくようにそういうと、その場に再度うずくまり――地面に頭をこすりつけると、土下座のような姿勢をとった。

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