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第3部1章

01 結婚式の日取り

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 番契約――それは婚約よりも重く、相手と一生添い遂げるための互いを縛る枷のようなもの。でも、今の私たちにはそんなもの必要ない。なくったって、互いの顔を見れば何となく考えていることが分かるし、そばにいなくても、きっと自分の所に帰ってきてくれるって確証がある。
 私たちは、番から、婚約者に――そして、夫婦になろうとしていた。


「結婚式が楽しみだな、公女」
「楽しみですね。まあ、その前に皇位継承式……があるので、殿下頑張ってくださいね」
「なんだか他人事だな。皇帝になるんだぞ? もっと、こう……何かないのか」


 ぎゅっと、後ろから抱きしめられ、褒めろと言わんばかりに私の婚約者であり、フォルモンド帝国皇太子、アインザーム・メテオリートは、先日決まった皇位継承式のことについて口酸っぱく言ってきた。肩に垂れるようにして浸食してきた真紅の髪は、いつものように色あせているわけでもなく、赤々とその色を主張し、私の銀色の髪さえも、染めるような勢いだった。
 この先の不安というのは、まだぬぐい切れないけれど、ようやく一区切りもつき、彼が皇帝に即位することも決まり、順風満帆にことは進んでいた。そうして、私たちの結婚式についても。


「もう、アイン、くすぐったい」
「ロルベーアの匂いがする。はあ、ずっとこのままがいい。書類仕事などしたくない」
「少しは手伝いましたよね? あとは、ご自身でやってください」
「ひどいな。俺ともっと一緒にいたいだろ?」
「一緒にいられなくしているのは、殿下ですけどね。仕事は仕事、やってくださいね。子供じゃないんですし、皇帝になるんですよ? 皇太子とはまた違うわけで」
「ああ」
「ああって……」


 実感がないのか、それとも望んでいないのか。しかし、前に一度殿下は、今の皇帝のやり方だと、いつか反乱がおきる、だから自分が帝国を導くんだ、と言っていた。だから、皇帝に即位すること自体は、まったく嫌だとは思っていないのだろう。むしろ、早くに即位したいくらいには、うずうずしていただろう。


「あの、老害戦争狂のせいで、皇位を継承するのに時間がかかった。その座から降りたくないと、渋りすぎだ。全く、どっちが子供なんだか」
「陛下のこと嫌いなんですか?」
「嫌いに決まっているだろう。俺は何もしていないのに、呪いを受け、愛の恋だの、勝手に番など募って押し付けて。それで、自分は皇帝の座から降りようともしない。俺に会っても、謝罪の言葉すらない」
「まあ、それは、皇帝の威厳なのでは……けれど、酷い、とは思いますね。実の息子に対して」
「だろ? 老害は隠居生活を楽しめばいい。帝国のことなど、俺に任せておけば」
「そういう割には、まったく書類仕事をしませんが」
「……うっ、それは別だ。第一、あの老害も、領地を広げるためにと、戦争をしてばかりだ。最近は、その戦争すら俺に押し付けて、戦争を起こすことしか考えていない」
「……」
「そんな皇帝を支持する奴などいるわけがない。自分の命を危険にさらし、領地を広げたところで、争いに血を流し、血で広げた領土を誰が喜ぶというのだ」


と、殿下は苦虫を嚙み潰したような顔で言うと、私の肩に顔を埋めた。

 戦場に降り立った血濡れの悪魔、とか、戦闘狂、とか。殿下も殿下で散々ないわれようをしてきたのだが、彼は繊細で、心から戦争をしたいと、争い、剣を振るいたい人じゃないのだと私は知っていた。だからこそ、皇帝のやり方を嫌い、即位し、自分が帝国を変えるんだと、殿下の意思がうかがえる。彼の強い意志に、私はそんな彼を隣で支えていかなければと、強く思わされる。


「仲が悪いんですね。本当に」
「そういう、公女はどうなんだ? 公爵とはうまくいっているのか?」
「え、ああ、はい。まあ、前よりかは……」


 殿下に言われ、私の家――メルクール公爵家も彼と変わらないような扱いだった気がする。親から子に対する扱いが、という話だ。
 私じゃない……とは、切り離せないけれど、私――ロルベーア・メルクールは、政治のために、家のために殿下と番わされた身。殿下と番になることで、皇族という後ろ盾を公爵家が確保できると、権力が傾いていた、かつて帝国の三つの星と言われていた三家の二家が手を組んだことにより、公爵家の権力が傾いていた時期があった。それをどうにかするために、私は、親の政治の駒として利用された。そして、利用価値がなくなったと決めつけられ、殿下を殺すよう命じられたのだ。
 あの時は本当にどうかしていると思ったし、ロルベーアがこれまでに受けてきた仕打ちというか、家族であって家族でないようなもの、だからこそ愛とか彼女も求めていたんじゃないかとか、いろいろ思ったのだ。最悪な家、だから彼女は悪女になったのではないかと。
 あの日のことは、もちろん許すつもりはない。


「許したのか?」
「いいえ。許していませんが、心を入れ替えたので。あの一件を忘れず、許さないけれど、それでもお父様は私と付き合っていけますか? と、家族としての気持ちを聞きました。お父様は、謝罪の言葉を述べたうえで、私に優しくしてくださいましたし。今のお父様は、意外と好きですよ」
「そうか。ならいいが」
「心配してくれたんですよね。ありがとうございます。アイン」
「……なんだか、うらやましいな」


 そういうと、殿下は立ち上がり、自ら嫌いな書類が山のように積まれた机に向かって歩き出した。
 殿下も殿下で大人になったと思う。不安を口にし、弱さを私に見せてから、彼は一段と強くなった。人間らしくなった。気性が荒いというか、からかったり、皮肉も言うけれど、さらに丸くなって、私を頼るようになった。私も頼られるのも嬉しいし、私の不安も殿下が包み込んでくれる。そんな相互関係が出来上がって、私は、今の生活に満足していた。
 そして、もうじき私たちは、夫婦となる。
 殿下は殿下ではなく、陛下になるわけだし、彼も私をもう公女とは呼ばなくなるだろう。それが少し寂しいような、慣れるまでに時間がかかりそうだと笑えて来てしまう。


「どうした、公女。いきなり笑って」
「いえ、結婚式がとても楽しみで」
「ああ、国総出で祝うからな」
「なんだか恥ずかしいですけど」
「俺の女だから、誰も触れるな、見るなって牽制だ」
「もう、アインったら……大丈夫ですって。私も、今ちょっとずつ鍛えているので」
「ほう。そうか。じゃあ、そのつけた体力を、ベッドの上で披露してくれるんだな?」
「は、はい!? な、なんでそうなるんですか。私はただ鍛えていると!」
「鍛えると、自然と体力もついてくるぞ? 以前、媚薬を公女が飲ませたことがあっただろ? 公女は、持久力がないからな。また、朝までしようと思うと、公女が壊れてしまいそうで……」
「ああ、だからもう! なんで昼間から!」


 確かに、鍛えているし、体力づくりも兼ねている。だが、それをベッドの上で、とか、持久力、とか言われるのはまた違う気がするのだ。
 プルプルと震えるようにして殿下を見れば、ハハハッと楽しそうに、意地悪気に笑っていた。彼と媚薬を飲んで以降、朝までなんてしたことがない。途中で意識が飛んで、引き戻されるということはあっても――


(――って、もう、殿下のせいで!)


 ぽっぽっ、と顔が熱くなってしまい、私は殿下を睨みつけた。殿下からしてみれば、こんなの可愛いもので、彼の加虐心に火をつけてしまう。


「今のままでも十分可愛いぞ。ロルベーア。お前は世界一、美しい」
「恥ずかしいこと言わないでください。それに、その! さっきも言いましたけれど、鍛えているのは、自分の身を守るためであってですね。まだ、見つかっていないんでしょ?」
「……あいつの話か」
「ええ」


 こくりと頷けば、そこまで明るかった殿下の顔が一気に深刻そうになり、椅子に座ると、口元を覆うように手を当て、その夕焼けの瞳に影が差すように、視線を下に落とした。


「――ヴァイス・クルーガー……いや、ヴァイス・ディオス」


 
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