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第2部4章

07 気味の悪い目的

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「――っ、はっ、あ……はあ、はあ……」
「ああ、ようやく目覚めた? 転移魔法の最中に気を失ったから、心配したけど、もう大丈夫そうだね。よかった」
「よ、よかったじゃないわ……っ」
「ゲベート聖王国の伝統的な衣装……生贄が着るドレスだ」
「……」


 目が覚めると、見慣れた空間が広がっており、そこが以前、殿下と訪れたゲベート聖王国の祭壇であることに気が付いた。体を起こせば、先ほど来ていたドレスとは違う布一枚のような、純白で光に当たると透けるような特殊な繊維でできたドレスを身にまとっていることに気が付く。


「ああ……とてもよく似合ってるね」
「……悪趣味だわ」
「この衣装を作るのには時間がかかったんだ、少しは喜んでほしいけどね」
「生贄が着るドレスなんて言われて、誰が喜ぶのよ。目的は何?」


 私は、ヴァイスを睨みつけるが、彼は全く動じることもなくニコニコと微笑を絶やさないでいるだけだった。


「またそれ? 目的、必要?」
「当たり前じゃない! 理由もなしに拉致されて、大切な人を傷つけられて……貴方に私は何度もストーカーされているのよ!」
「皇太子殿下はいいんだ」
「あの人は別よ!」


 私がどれだけ叫ぼうが、祭壇の中に声がこだまするだけで、周りに人がいないことを思い知らされる。また、好奇心にあふれた瞳を向け続けられ、まるで視線だけで犯されているような気持ちの悪い感触が体を伝っていく。


(目的がないのに拉致? そんなはずないわ……ないのに……興味があるだけで拉致して、私の大切な人を傷つけたのだとしたら許さないわ)


 私がこの後何をされるのかも分からない。生贄が着るドレスに着替えさせられて、はい終わり、ということはないだろう。いや、ヴァイスならあり得るのかもしれない。


「……貴方は、ゲベート聖王国の生き残り?」
「ん? ああ、ロルベーアは鋭いね。その通りだよ」
「……魔法が使える時点で、そう思うのが普通でしょう。それも、竜人族さえ気づかないような高度な魔法を……貴方はいったい何者なの?」
「ゲベート聖王国、第一王子……ヴァイス・ディオス。この滅んだゲベート聖王国の第一王子だよ。僕は……そして、この国が亡ぶよう仕向けた張本人さ」
「……っ、自分の国を、売ったの?」


 彼の口から語られたのは衝撃的な言葉で、私は耳を疑った。
 ゲベート聖王国の歴史など知らない。彼が、王子であったかどうかなど調べる術がない。だが、彼の目は嘘を言っているようには思えなかった。それに、その強さが、彼の血筋を物語っているのだろう。圧倒的強者、王の前に跪いている気分だった。


「面白い実験体だった、竜人族を滅ぼし、国の繁栄のためにフルーガー王国と手を組んだ。だけど、その目的は、フルーガー王国を乗っ取ることだった。洗脳魔法で……まあ、あっちもこの国のことを武器庫としか思っていなかったみたいだからね。遅かれ早かれ、どちらかは滅んでいたと思うよ。それと、ゲベート聖王国の人間は、どの国の人間よりも魔法が使えるからと驕り高ぶっていた。慢心、傲慢を体現したような連中の国だった」


 ヴァイスは呆れたように首を横に振った。自分の住んでいた国だというのに、彼は、興味がない、美しくないというような態度で語る。本当によく分からない男だった。


「魔法は偉大だ。何よりも……けれど、それが全てじゃない。世界征服などつまらないことを始めようとしていた父上を、僕は見限った。そんなのつまらないじゃないかと。世界征服よりも、もっと面白いことが、この世界にはあっただろうに。だから、僕は帝国に情報を流した。帝国はその情報を頼りに奇襲を仕掛け、ゲベート聖王国を滅ぼした。あれだけ、自信のあった魔力は、軍勢の前には歯が立たない。魔法の弱点は接近戦、物理攻撃だ。弓矢のような攻撃ははじけるけれど、剣や斧といった切断武器に対する防御は弱い。そこを突かれて死んだよ。本当に一夜にして滅んだ。魔法は、最強じゃなかった」
「そういう割には楽しそうね。貴方だって魔法を使うのに」
「そりゃあ、僕が一番魔法の扱いになれていたから。すべての魔法を使える大魔導士。父上が、その王位を譲らなかっただけで、王になるのは時間の問題だったよ。でも、僕は王になりたかったわけじゃない。傲慢で、慢心に膨れ上がっているここの連中が泣き叫び死にゆく姿を見たかった。でも、一夜で終わっちゃって、つまらなかったよ」
「……狂ってるわ」


 常人は理解できない思考回路をしていた。理屈が通らないわけではないが、それもまた彼の勝手であり、彼の好奇心と無慈悲さが生み出した産物だった。
 やはり、歴史というのはその当時生きていた人間でなければ真実が分からない。誇張され、歪み、都合のいいように伝わってくる。ゼイの言っていた話は、おおよそあっているのだろうが、黒幕がこの男だったということには気づいていないだろう。


「……ゼイに魔法をかけてのも貴方ね。シュニーに魔法の情報を流したのも、これまでの奇襲も、ずっと感じていた視線も貴方だった」
「そうだよ。退屈していたところに、君が現れたんだ。君が現れなければ、そろそろフルーガー王国と、フォルモンド帝国の戦争を再開させようと思っていたんだ。どっちが生き残るか、見ものだよね」
「……」
「ああ、やっぱり、良い目をしてる」
「私に興味があるって、何? 私は、殿下の番でしかなかったのだけど。今は、番ですらないけど」


 すべて、こいつの仕業だったことは確認できた。だが、それを裏付ける証拠が残っていないため、裁くことはできない。しかし、公爵令嬢を、殿下の婚約者をさらった罪は大きいだろう。


(まあ、助けがきて、この男を倒せるような人間がいればの話なんだけど)


 クルーガー侯爵家の養子になったのも、きっと自身の満たされぬ好奇心を満たしてくれる何かに出会うためのきっかけが欲しかっただけだろう。貴族としての品性、立ち振る舞い、常識がなかったのではなく、もともと王族だったからこそのふるまい、皆を下に見ての言動だったに違いない。それに気づける人間など、そうそういないだろうけれど。
 次に何をいうかすらも予測できない男を睨みつけていれば、ふはっ、と彼は何がおかしいのか噴き出して、私の方に近づいてきた。逃げようと後ろに下がるが、足もとに浮かび上がった白い魔法陣のせいか、その場に縫い付けられ、私は身動きが取れなくなる。


(また、この魔法……!)


 魔法に対する対抗策を知らない。魔法をはじく魔道具があったとして、こいつに聞くかどうかも分からなかった。ここに連れてこられた時点で、私には何もできない。彼の言う、物理攻撃が利く、という話が本当なら、何か武器があれば応戦できたのだろうが、あいにく剣術を私が身に着けているはずもなく……


「囚われのお姫様が、君にはよく似合う……ねえ、ロルベーア。君――こっちの世界の人間じゃないでしょう?」
「……っ」


 飛び出した言葉は、斜め上を行くもので、私は思わずその言葉に反応してしまった。
 きっと反応しなくても、彼にはお見通しだったのだろうが、私の反応に気をよくしたのか、私の髪をすくいあげると、そこにキスを落とす。もう、異性に触れられようが吐き気がこみあげてくるわけでもないのに、ぞわぞわっとした感覚が体を駆け巡り、私は動かない身体をどうにか捩ろうとした。


「君の魂が、こっちの人間じゃないってすぐに分かったよ。初めて見たのは、この下の洞窟だったけど、一瞬で、こっちの世界の人間じゃないってわかった」
「……私は」
「隠しても無駄だよ。君は、何らかの方法で、ロルベーア・メルクールの身体に憑依し、ロルベーア・メルクールを演じていた。そして、本来ありえないはずの世界のルートを開拓し、今に至る」
「……あ、貴方は、何、何が見えているの?」
「魔法で見られるものなんて、限られているよ。でも、君の中に、こっちの世界のものじゃない魂が入っているのはよくわかる。ねえ、君はどこから来たの? 君がいた世界のことを知りたい。君の中に入り込んだら分かる? ねえ?」
「……や、やめてっ」


 どうにか動かせた顔をブンと横に振って、私は抵抗した。
 あまりに気色の悪い言い方に、ねっとりと、身体を這うような声に、私は耳をふさぎたくなった。

 ――好奇心の化け物。

 こんな人間がこの世界にいるなんて思いもしなかった。こんな男は小説に出てこなかったはずなのだ。知らない、知らないから怖い、未知のものは怖い……
 震える身体はどうしようもなく、その場に縫い付けられ、私の身体の周りをヴァイスが歩き回る。まるで、彫刻の周りをまわる彫刻家のように。


「君には、白が似合うね。とっても……さあ、見せて、君の記憶を。君の中に――」


 ヴァイスがそういうと、足もとの白い魔法陣から、半透明な触手のようなものが生え、私の身体に巻き付いてきた。それは、まるで私の体から記憶を引きずり出そうとするかのように……
 いやだいやだと泣き叫びたくなったが、しかし、もうすでに自分のものである体はいうことを聞かなくて……魔法をかけられていた私の身体が彼の前に差し出される形になった。体中を這い、布の中にも侵入し、隅々まで、私の身体を蹂躙してく。


「君の記憶を見た後は、ロルベーア……君を僕のものにしていいかな。君の記憶や心だけじゃなくて、身体も欲しくなった。美しい……僕の人形にしたい」
「き、気持ち悪いことっ、言わないで! ああっ」
「気持ちがいいだろ? あの皇太子にされているときと一緒? それ以上に気持ちいい? ロルベーアは、快楽に弱いんだね。いいよ、そのままゆだねなよ」


 なんでも知っているかのように、ヴァイスは恍惚とした声を漏らした。
 まるで、操り人形にでもなった気分だった。何もかもを見透かされ、どうあがいてもこの男から逃げることはできないように拘束されているような気分だった。ビリビリと破かれる音が響き、胸が露わになる。しかし、私はそれを恥ずかしいと思う余裕すらなく、ただその行為に絶望しただけだった。
 けれど、ここであきらめてしまったら、殿下との大事な記憶らも持っていかれそうな、上書きされそうな気がした。だから、私は、屈しないと、顔を歪め、ヴァイスを睨みつける。


(渡さない、ゆだねない。私の好きな人は、私の身体は、私のもので……アインのものだから。絶対に、堕ちない、絶対に!)


「……はあ、はあ……っ」
「ふぅん、我慢強いんだね。でも、それがいつまで続くか……」
「ああ……っ!」


 胸の先端にヴァイスの指が触れ、ビクンと身体がしなる。嫌悪感でどうにかなりそうだ。


「……触らないで、汚い手でっ」
「もしかして、諦めてない? 助けに来てくれるとでも――!?」


 トスッと、何かがヴァイスの身体に命中し、彼の身体が一瞬だけガクンと傾いた。色素の薄い唇の端から、血が流れ、ヴァイスは目を見開く。
 ふわりと、そこに存在しないはずの赤い薔薇の花弁が散ったような気がした。真紅の彼が、憤怒にその色を燃やし、今までに感じたことがないような殺気を放ちながらこちらに靴を鳴らしながら近づいてくるのが鮮明に耳に響いた。


「――下種がッ! 今すぐ、ロルベーアから離れろ!」


 いつだって、彼は……番じゃなくても、私のもとに、颯爽とヒーローのように助けに来てくれる。


「アインッ!」



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