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第2部4章

05 真夜中に

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「――ん、……あ」


 珍しく、真夜中に目が覚めた。
 あれだけ求めあって、貪りあって、体力の限界を迎え、意識を失うように眠りについたはずなのに、目が覚めてしまった。眠りが浅いとか、寝苦しかったのとかではなく、なんとなく――起きて彼が隣にいなかったらどうしようと、そんな不安からか、目が覚めてしまった。


「あ、よかった……アイン」


 ――いた。

 横を見れば、すやすやと寝息を立てて寝ている殿下の姿がそこにあった。か細いその呼吸に、一瞬死んでしまっているのではないかと錯覚してしまったが、彼の心臓の音を聞けば、そんな不安もすぐに吹き飛んでしまった。
 私よりも先に眠ったくせに、私が服を着ていることから、あれからもう一度起きて、後処理をしてくれたのだろう。あのまま眠っていても、よかったのに、風邪をひくからと、いつも私の知らぬ間に彼はすべてやってくれるのだ。朝まではしたことがないし、裸のまま眠ったことがない。二人とも、体力が尽きるまでして、同じタイミングで起きて……なんてロマンチックだなあとも思ったけれど、どう考えても私と殿下が同じ体力なわけもなく、私が先に力尽きて、殿下が全てを……というのがいつもの流れだ。不器用に見えて、器用なところもあって、優しくて……そこが殿下いいところなのだ。


「ふふ、寝ている顔、初めて見たかも……」


 だから、殿下の寝顔など見たことがなかった。目覚めたときも、先に起きていて、おはようと、朝日よりもまぶしい笑顔で私を出迎えてくれる。そんな大好きな顔が朝目の前にあったら、衝撃で失神してしまうかもしれない。まあ、そんなこと一度もないのだが、それくらいには、彼が起きて私に、ただ一言、おはよう、と言ってくれるだけで私の一日は満たされる。
 さらりと、彼の髪を撫でれば、月明かりを浴びて、少し薄く、それでも主張する赤は濃く、私の指の間を流れていく。戦場にいて、ケアなどしていないだろうし、殿下にそんな髪の毛をどうこう弄るような趣味もないだろう。だからこれは、彼が持つ髪の美しさであり、私が惚れ込んだ、大好きな赤髪だ。


「貴方は本当に――ずるい人」


 いったいどれだけ私を惚れ込ませれば気が済むのだ。寝ている顔までかっこいいなんて聞いたことがない。何をしても様になる。ちょっと、乱暴で、気性の粗いところもあるし、子供っぽいところもあるけれど、それを含めで、アインザーム・メテオリートという人間なのだ。
 でもたまに、隣から温かさが消えて、不安で目が覚めたることもある。でも、こうして彼の寝顔を見ては、また好きになるのになって、起きて隣にいて、おはようって言ってくれれば、それで安心して。

 人を好きになると、弱くなる。
 大切な人が出来ると、弱くなる。

 私も、この人の幸せを願っているし、殿下が幸せなら、それが私の幸せだとも思えるようになった。貴方と出会って、私は変わった。


「……ん」


 殿下が寝返りをうち、私の方を向いた。そしてそのまま、私の身体を抱き寄せて、離したくないと、眉間にしわを寄せる。怖い夢でも見ているのだろうか、少し汗ばんでおり、腰に回された手が少し痛かった。
 この人は、私に不安を打ち明けてくれない。彼が抱えている孤独に、私はまだ到達できていない、触れてあげられていない。彼が不安に思う要素はすべてつぶしてあげたいし、包み込んであげたい。それは、私にしかできないことだと思っているから。
 幼いころに戦場に投げ込まれて、感情が麻痺した人。でも、感情が全てないわけじゃなくて、麻痺しているだけで、もしかしたら、子供のころにその不安とか、寂しいとかそういう感情を置いてきて、アンバランスに育ってしまったのかもしれない。
 未来の皇帝だから、皇太子だから……完璧であり続けなければいけないという、その精神。それは、認めてあげたいし、凄いと思う。私にはない彼の覚悟だ。
 だからこそ、そんな彼に大丈夫だよと言ってあげられる人がいなきゃいけないのだと思う。


「アイン……」
「……ロルベーア?」


 ぱちりと、彼の瞳が開かれる。ゆっくりと、夕焼けの瞳が、暗闇の中で私を写すと、また安堵したように頬が緩む。それと同時に、顔を隠すように、私のお腹に顔をうずめた。


「甘えたですね、アインは」
「何だ、起きていたのか。寝苦しかったか?」
「いいえ。アインの寝顔を見たかったので起きちゃいました」
「……嘘つけ。俺の寝顔など見ても面白くない」
「初めて見ました。アインもちゃんと寝るんですね」
「俺を何だと思っているんだ。ロルベーアは」


 お腹に顔を埋められながらしゃべられるとくすぐったいんだけど、とは言えず、私は、寝起きの婚約者の頭を優しくなでた。離れたくないのか、顔を見られたくないのか、彼は頭をぶつけて、私にすり寄った。


「アインが、私がいつも寝ている間に、すべてやっておいてくれるの、いつも感謝しています」
「いきなりどうした」
「私が布団をとっても、怒らないでいてくれます」
「ロルベーアは、言うほど寝相が悪くない。マルティンはどこでも寝られるから、あいつには毛布は必要ない」
「ふふっ……あと、寒かったら毛布じゃなくて、抱きしめてくれるの……とっても温かくて安心します」
「……いい抱き枕だからな。ロルベーアは」


 ぎゅうと、腰から背中にかけて回された腕に力がこもった。そして、私のお腹に顔をうずめたまま、彼はまた寝てしまったのかと思うくらいに動かなくなった。
 私は彼の頭を撫でながら、彼が今どんな顔をしているかなんてわからないけれど、きっと、少しくらい赤くなっているんだろうなぁとか思ったりしながら。でもそれは口にしない。だって恥ずかしいでしょう? そんなの。だから、私はただ黙って彼の頭を撫でた。
 この人が安心して眠れるならそれでいい。私ができることなんて限られている。


「もう、寝ましたか。アイン」
「いや、起きている……目が覚めてしまった」
「それは、すみません」
「いや、ロルベーアのせいじゃない。ただ、俺が……」


 そうやって、言いかけてやめる癖……治してほしいなと言ったら、彼は直してくれるだろうか。それとも、怒るだろうか。
 今はまだ話せなくても、いつかそのうちに秘めた不安を私に話してくれる日が来たら嬉しい。そうしたら、本当の意味で、番だったとしても、番じゃなかったとしても、お互いのことを分かり合えると思うから。


(あれは、ある意味お互いの事、知らなくても知っちゃうチート級の魔法みたいなものだったからね。そんなもので、見えてしまう相手の心とか、本当に愛し合っているといっていいのかしら)


 殿下の呪いから始まって、番契約、それを切るまでの流れの中で、私たちは、あの番というものに縛られすぎた気がする。殿下もまた、それに頼っていたところがあった。あれがあったからこそ、殿下は安心できていたのかもしれないし、私が殿下を愛していると――そんな安心を得ていた。彼は、まだ本当の意味で人を信じることが出来ていないのだろう。彼は、縋っていたのだ、自身が馬鹿にしていた制約に、番というものに。
 まあ、これは、私の勝手な予測になるけれど。


「ロルベーア、寝ないのか?」
「この体制で、寝れると思っているんですか? そうですね、アインがもう一度一緒に寝てくれるのなら、寝ます」
「それ、似てるぞ」
「誰にですか?」
「俺に……」
「フッ、フフフ。自覚あるんですね。その通りです。私は、好きな人に染まりやすい性格なので」
「……じゃあ、俺じゃなかったら、その男に染まるのか?」
「……殿下みたいな強烈な人にしか染まりませんよ。さ、もう一度寝ましょ。起きたら、ちゃんと私の前にいてくださいね。何処にもいかないで」
「ああ……どこにもいかない。お前が、どこにもいかないなら、俺はずっと……」


 再び、彼の腕の中に戻る。


「寒くないか?」
「いいえ、むしろ暖かすぎるぐらい」
「そうか……ならよかった」


 目を閉じる。この腕の中から抜けられそうにないな、と私は彼にばれないようにふっと笑う。


(起きたらまた、おはよう、っていつもの余裕そうなかっこいい殿下の顔、見せてくださいね?)


 今日もぐっすり眠れそうだと、私は再び優しい夢の中に潜り込んだ。
 

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