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第2部4章
02 指輪に愛を
しおりを挟む「……っ」
まるでそれは、プロポーズを受けているようだった。
片膝をつき、私の左手を取り、指輪をはめる。愛の言葉はないけれど、真剣な瞳に射抜かれれば、それに従わざるを得ない。引力のあるその夕焼けの瞳が、私を見つめて離さなかった。吸い寄せられるように、私は、体も心も彼に明け渡すようにじっと見つめ返す。しかし、こんな誰かが見ているかもしれない場所で! と、我に返り、思わず反飲んしてしまう。
「で、殿下、な、何を」
「じっとしてろ。上手く入らないだろ」
「……っ、ん」
「……公女、外で、そんな声を出すな。襲うぞ」
「やめてください。ち、違います。ただびっくりして」
「びっくりして、そんな声が出るのか。俺が、公女の身体を作り替えてしまったせいだな」
「じ、自覚あるなら……っ」
「じっとしてろ」
「…………はい」
ちょっと不器用なのか、指輪をうまくはめられない殿下が可愛かった。私の手を傷つけないようにと慎重になっているんだろうと思うと、愛おしく思う。
私が好きになった人がこの人でよかったなと思うと同時に、私を好きになってくれた人がこの人でよかったなと思う。
カチッとピースがはまるように、細く折れそうな指に殿下と一緒に買った指輪がはまる。左手の薬指にはめられたそれは、日の光を浴びて、輝いていた。
「ありがとうございます。アイン」
「持ち主に還しただけだ。ロルベーアが俺のをはめてくれたもいいんだぞ?」
「じゃあ、やってあげましょうか?」
「……」
「何ですか」
「恥ずかしがると思っていたが、まあいい。やってくれ」
と、やっつけ感のある言い方で、殿下は私に手を差し出した。私よりも大きくて、骨ばった手は、剣を握っていたこともあって豆がつぶれている。この手で何度守られたことか。
「もっとちゃんと出してください」
「痛い、引っ張るな。公女!」
殿下は困惑気味に左手を出す。私はたどたどしい殿下の態度に笑みがこぼれつつ、彼の手を両手で包み込み、手の甲に唇を近づける。そして、指輪をはめた。
「これで満足ですか? アイン」
「……っ」
殿下の顔が真っ赤になるのが見えて私は思わず笑ってしまった。だって、いつも余裕な顔をしていて、私ばかりドキドキさせられて……そんな私が優位に立っているのが何だかおかしくて仕方がなかったのだ。
「笑うな!」
「笑ってませんよ。殿下も、初心なんですね」
「違う。まさか、公女がこんな……大胆なことをしてくるとは思わなかったからだ」
「私だって、やられてばかりではいられませんから。それに、番契約がなくなったって、番じゃなくなったって、貴方の感情を引き出して、殿下のいろんな顔が見られるのは私の特権ですから」
「……」
「不安にならないでください」
「……不安になどなってない」
ふいっと顔をそらされ、それが、不安だといっている証拠なのだ、と思いながら彼が私の前ではかっこつけたいのだと、最近分かるようになってきた。素直じゃないなあ、と思いながら、私はくすりと笑う。殿下はそんな私の態度に、少し腹を立てたのかもう一度「笑うな」と言ってから私の方を向いた。先程とは違い、少し深刻そうな、真剣な表情で私を見つめる。
「指輪に、追跡魔法をかけておいた」
「いきなりですね。またですか」
「番契約がなくなった今、俺たちを結ぶ唯一のものだ。さすがに、二度も指輪を捨てるような真似は、公女でもしないだろうが……絶対に外さないでくれ」
「一度皮肉をはさまないと喋れない病気にでもかかっているんですか、殿下は」
「返事は」
「……わかりました。本当に心配性なんですね。殿下は」
「今度、クルーガー侯爵家を訪ねることになった。あの白髪頭のことも問いただしてくるつもりだ」
「おひとりでですか?」
「まさか。マルティンも、騎士もつれていく。もっとも、あの男が魔導士だった場合、連れて行った連中で歯が立つ相手かどうか。心配なところだが」
「殿下の方が心配ですけど」
「俺は平気だ。ああ、それと、あの竜人族の男も、だいぶん動けるようになったみたいだ。後遺症はないみたいだが、リハビリ中だとか。護衛として常に連れて歩け。一度くらい盾になってくれるだろう」
「……そんな、消耗品みたいに。ゼイには、申し訳ないことをしたと思っているので、あまり振り回したくないなとは思っているんですが。私のせいで、誰かが傷つくのは嫌なので」
「ロルベーアは優しいな」
フッ殿下が笑うので、思わずドキリと心臓がはねて、私は顔をそらす。これでは、殿下と一緒ではないかと思ったが、殿下は特に気にしているような様子はなかった。
ゼイの体調については、マルティンから聞いていたし、もう少しで万全な状態に戻るようだった。ただ、かなり体調が全回復するまでに時間がかかっていることから、あの時受け魔法は想像を絶するものだったと。あの場で倒れて、死んでもおかしくなかっただろうに生き残ったのは、彼の生命力か、竜人族という種族ゆえか。だが、彼の初任務にしてはあまりに酷なものだったので、これからの待遇を考えたいところである。ただ、一人では決められないような気がしたので、そこはお父様と相談ではあるが。
(そろそろ、公爵家に帰っているかしら)
顔を合わせると思うと、少しだけ億劫な気がしてくる。何を言っても、負い目を感じているか、好きにしなさいともいわれるような気がするし、かといって、それがいいわけでもなく、一緒に考えていきたいものでもあるから。
「優しくないですよ。ただ、守られてばかりではいけないと思ったんです」
「ほう、なぜ? 俺に守らせてくれないのか?」
「いえ。殿下が助けに来てくれることはもちろんうれしいですし、いつも、貴方が颯爽とヒーローのように現れてくれることに、何度心を奪われたか。けれど、未来の帝国を背負う貴方を、振り回すのはよくないと思ったんです」
「振り回してくれていいぞ。公女しか、俺を振り回すことが出来ないんだから」
「それは、特権だとは思っていますが。そうではなくて。私にも貴方を守らせてほしいんです。自分が非力だっていうことは分かっています。それでも、大切だから……貴方が」
「ロルベーア……」
言いたいことはいえた。けれど、この言葉をどこまで本気でとって貰えるか分からなかった。
好きや、愛していると同じくらいに、私は殿下が大切で、守られたいし、守りたい存在なのだと。殿下は私のこの気持ちを、しっかりと受け止めてくれるだろうか。
いつだって不安だ。最強な彼が、不安を抱くように。
「ロルベーアの気持ちは嬉しい……そうだな。そうか、俺はお前の気持ちを少しないがしろにしていたのかもしれないな」
「アイン?」
「まあ、ロルベーアも、俺の気持ちに寄り添ってくれないときもあるからお互い様か。気づけなくて悪かったな。俺は、ロルベーアを守らなければならない存在とばかり思っていた。だが、ロルベーアは……」
そう言って、殿下は私を抱きしめた。言葉を紡ぐのが難しくなったのだろうか。ぎゅっと、彼の温かい胸の中にいると、やはり守られているような気分になる。言葉では、理解してくれたといいつつも、やはり私はまだ守られなければならない存在であることには割がないのだ。それは、番であっても、なくても。彼にとって、私は大切な存在だから。
(そうね……力がなくちゃ、守ることもできやしないのよ。力が、欲しい……)
政治的な面で、彼をサポート? 戦場にはまず立てない。だったら、私が出来ることは、未来の皇帝を支える、誇り高き気品にあふれる皇后になることだろう。
殿下は、もう一度私の指にはめた指輪にキスを落とし、私の名前を愛おしそうに呼ぶ。
私の中から彼がいなくなっても、私の心には彼がしっかりといた。今も、彼の瞳には、私しか映っていないのだから。それで幸せなのだろう。
「アイン、今日は一緒に寝ていいですか」
「今日も、だろ? 俺はいつでも大歓迎だぞ」
「……ありがとうございます」
今あなたが抱えている不安を、私のわがままを聞いてくれた彼に、私から還せるものはなんだろうかと、足りない頭で考え、私も彼の手に指を絡め握り返した。
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