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第2部3章
09 手招き
しおりを挟む(ヴァイス・クルーガー……――!)
その微笑は、まるで、蛇ににらまれているような感覚がした。
なぜ彼がここにいるのか。あの手紙は彼が送ったものなのか。思考がグルグルと高速で回り、どうにか答えを出そうと必死にあがいていた。
「り、リーリエ」
「何でしょうか。お嬢様!」
彼女もいきなり現れた、ヴァイスに対し不信感を抱いているようで、私の声にも過剰に反応しているようだ。本当に音もなく表れ、まるで魔法を使ったようだった。
(魔導士……っていう線が濃厚よね。でも、実際に使っているところを見たことがないから、断定はできないけれど……)
疑わしいが、その現場を押さえたわけではないので、何とも言えない。限りなく、黒に近いとは思っているけれど、今はグーレであり、決めつけるのはよくない。ただ本能的にこの男は危険だと、全身の筋肉に力が入る。
「その手紙って、封を切った?」
「い、いいえ。ですが……両面何も書いていなかったそうです。封蝋も真っ白で家紋が刻まれているわけでもなく……本当に真っ白な手紙が届いたみたいで」
「真っ白? 中を透かせてみても文字が書いていなかったってこと?」
「そこまでは……ですが、本当に気味が悪くて」
と、リーリエは困ったように言うと、眉を下げた。
それはもう恐怖体験だったに違いない。心中察しながら、私は改めてヴァイスの方を見た。殺気も、悪意も、魔力も感じない。よくわからない男。
クルーガー侯爵家の養子になったばかりの男、ということしか知らない。養子として受け入れられる前の彼の出自とかも何も公開されていないため、彼の出身どころか、その他もすべてな祖に包まれている。
(というか、この間、パーティーであったばかりよね。知るわけないじゃない)
個人的に、調べて見てはいるが、何も情報が出てこない。かといって、クルーガー侯爵のもとに行こうとも思わななかった。面識もないし。
「……それで、何の用かしら。いきなり訪ねてきて、失礼だと思わない?」
「手紙は送ったよ。見てくれていないの?」
「あの、気味悪い手紙は、貴方が送ったものだったの」
「気味が悪いって、心外だなあ。でも、手紙は届いているみたいで安心したよ」
「読んではいないけれどね。それで? 本当に何の用かしら」
「手紙を送っただろ? 会って話がしたいって」
「話聞いていた?」
読んでもないといったのに、会って話がしたいと書いただろうとヴァイスは返してきた。話が通じないどころか、まるで、私ではない何かに話しかけているような気味悪ささえ感じた。
「お、お嬢様、あの方は……」
「クルーガー侯爵家の子息よ。ヴァイス・クルーガーといったかしら」
「……噂には耳にしますが。何かあったんですか?」
「あの手紙は、ヴァイス子息からのものらしいわ。私に会いたいっていう内容の手紙だったみたい。返してもいないのに、勝手に来るなんてどうかしているわ」
「そうですね……」
まだ、知られていない貴族なのか、貴族の噂や情報網を持っているリーリエですら知らなかったらしい。思えば、この間のパーティーの時も、誰も彼に話しかけようとしなかったし、知らないようだった。
(これだけ目立つ容姿をしていて、誰も声をかけないって、どれだけ影が薄いのか、もしくは……ってところよね)
疑ってしまって申し訳ないと思いつつも、疑われるほど、おかしい動きをしているこの男が悪いのだ。そうでなくとも、殿下の機嫌を損ねた、貴族のくせに、そのマナーが身についていない状況で社交の場に出るとはどうかしている。
「それで、ロルベーア。お話でもしない?」
「貴族としての常識とマナーを叩きこんでから、もう一度出直してきなさい。貴方としゃべっていると不快なの」
「不快――? 恐怖を抱いているの間違いじゃない?」
「……っ」
「ね?」
と、ヴァイスはくすくすと笑うようにその真っ白な手袋をはめた手で口を覆う。笑っているようで笑っていない男の瞳を見て、私は背筋にぞっと何かが走るような感覚を覚えた。
(この男……)
知っているような気がする。どこかで会ったようなこともないが、何故か会ったことがあるような気がしてならない。しかしそれはきっと気のせいで、私の思い違いだろう。そうに違いない。だって、こんな男と会っていたなら忘れるはずないのだから――
「仕方ないよ。未知なる存在に抱く感情としては正解だよ。僕のことが怖くて仕方がない。だから、追い返したいんでしょ? ああ、それか、あの皇太子の目が気になるから? 大丈夫だよ。君が、彼の番な以上、手を出したら後が怖いからね」
「……」
「僕は、君が知りたいだけなんだ。だから、君のことを教えて」
ヴァイスは、白い手を私の方に向けた。それが、まるで手招きしているようで、その手を取ってしまったら、連れ去られてしまいそうで怖かった。だが、意図反して、私はその手を取ろうと、一歩、また一歩と足が動いた。操られているようなその感覚に、身をよじろうとしても、動かなかった。
「お、お嬢様!」
「――いい子、おいで」
「……」
リーリエが引き留めようとするが、何かまくが張ったように、私の周りには不可視のものが私を包み込み、身動きが取れない。
心なしか、リーリエの声も遠く聞こえる。それはまるで、あの時の感覚のようだった。そう――ゲベート聖王国の洞窟での……
(嘘、動きなさいよ。私の身体!)
叫ぼうと思っても、口が縫い付けられたようにし開くことが出来なかった。そして、ヴァイスの手が私に触れようとした瞬間だった。
「公女、どこに行くつもりだ」
「……っ」
「ああ、また……」
私の手を掴んだのは、言うまでもなく殿下で。焦ってきたのか、その顔には真紅の髪が張り付いていて、呼吸も荒かった。
殿下に触れられたことで、弾かれたように意識が戻り、くらりと足から力が抜ける。殿下に受け止められるが、殿下は私をリーリエにわたし、ヴァイスの前に立った。
「また俺の番に手を出そうとしていたな。害虫! 貴様が何者か知らないが、これ以上、俺たちの周りをうろついたら容赦しないぞ。その、腕を切り落としてやる」
「ああ、怖いな。乱暴は嫌だ。本当に、血の気が盛んだね、帝国の人間は」
ヴァイスは、爽やかな笑みで毒を吐くと、殿下の後ろの私ににこりと微笑みかける。その笑みを見るだけで、また吐き気がこみあげ、うっと口元を覆う。
こんな気味の悪い人間、きっと後にも先にも彼だけだろう。クラウトの時とはまた違う、あんなの比べ物にならない気持ち悪さだった。触れられるよりも、もっとひどい……内側に入り込んできて、ねじ込まれるようなそんな感覚に、身を震わせるしかなかった。
目的が何かわからないのも気味が悪い。
「さっさと去れ。今すぐ、去らなければどうなるか分かっているよな?」
「……争いごとは嫌いだな。でも、君のその顔は嫌いじゃないね。感情をむき出しにした、良い顔だ」
ヴァイスはそういうと、嬉しそうな顔をして殿下に頭を下げた。大人しく引き下がるところを見ると、彼が口にした通り、争いごとは嫌いらしい。貧相な体だったから、殿下とぶつかるようなことになれば、確実にヴァイスが負けるだろう。
ヴァイスは、帰り際「またね」と呪いのような言葉を吐いて、大人しく正門を出ていった。本当に何をしに来たのかよくわからず、謎は深まるばかりだった。
「殿下、どうしてこちらに?」
「番の危険信号だな。お前の、感情が流れ込んできた。だから、魔法石をぶんどって公爵家まで来たんだ。間に合っただろ?」
「は、はい」
魔法石をぶんどってって、いったい誰からぶんどったんだろうか。と気になってしまったが、番の危険信号……感情が流れたことにより、殿下が気付いてくれ、来てくれたのは正直ありがたかったし、ほっとした。彼がそばにいるだけでも、こんなに安心するのに、忙しい彼を引き留めてもっとずっと一緒にいてほしいと願ってしまう。
「そこのメイド」
「は、はい! 私でしょうか、皇太子殿下」
「そうだ。マルティンには、事情を伝えた。今日は、俺も公爵家に泊まらせてもらう」
「で、殿下?」
いきなり何を言い出すのかと思えば。私は殿下の方を見たら、それが最善策だ、と言わんばかりの顔を私に向けてきた。
「日も暮れてくるからな。今移動して襲われでもしたら元も子もないだろう」
「そ、そうですが……」
「何か文句あるのか?」
「いえ、ありません」
もしかして、私がずっと一緒にいてほしいという思いが伝わってしまったのではないかと、もしそうだったら恥ずかしいと、ちらりと殿下を見る。殿下は、私の視線に気づき、じっと夕焼けの瞳で私を見つめてくる。
(そ、そんなはずないわねよね……)
「どうした? ずっと一緒にいたいんだろ?」
「……っ!?」
「顔に書いてあるぞ」
と、殿下はくすりと意地悪気に笑うと、私の頭をポンポンと優しくなでた。
(もう、最悪!)
気づかれたくない本心。番契約は、いいものでもあり、やっぱり悪いものでもある。心の底、見透かされたくなかったから。
はっはっはっ、と笑いながら殿下は、私が真っ赤になっている最中、私のメイドたちに指示を出し、今日泊まる権利を勝ち取ったようだった。
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