73 / 128
第2部3章
08 白い悪魔の誘惑
しおりを挟む「お嬢様!」
「リーリエ、皆も」
公爵家に帰ると、私が帰ってくることを知っていたように、ずらりと、見知った顔の使用人たちが出迎えてくれた。皆、顔色が優れなかったが私を見た途端、目を潤ませ、リーリエに関しては私に飛びついてきた。いつにもまして、手の込んだお出迎えだと思いつつ、みんな私のことを心配してくれていたのだと、心が温かくなった。
一年前までは、こんなことなかったのに、悪女ロルベーア・メルクールの汚名挽回に力を入れた結果か、私にみんな優しくしてくれるようになった。やってきたことが無意味じゃないと、そう思わされるようで、私もリーリエを抱きしめ返す。彼女が、一番私を信じてくれていたから。
「ごめんなさい、お嬢様、ほんとうに、ごめんなさい」
「何を謝っているの? あの日の事?」
「だって、私がついていればお嬢様が、怖い目に合うことはなかったでしょうに」
「いいえ、そんなことないわ。ゼイがついていても、どうにもならなかったんだもの。それに、リーリエまで巻き込みたくないわ。だから、大丈夫よ」
「お嬢様!」
実際、リーリエにまで被害が及んだらと考えると恐ろしく、あの場にいてくれなかったことは不幸中の幸いといってもいいだろう。ゼイに関しては本当に申し訳なく、守ってくれて、あんな重傷を……
(起きたら、彼の望みを一つかなえてあげましょう。命の恩人として、公爵家の令嬢を救った救世主として……)
あの彼が、それを素直に受け取ってくれるかはまた別問題だが。
ただ、あの場にゼイが、竜人族がいることを知っていて、尚且つその竜人族を陥れることが出来る魔法を相手が使っていたのは、本当に用意周到というか、情報がどこから漏れていたのか。そもそも、竜人族の用心棒なんて普通いないだろうし、その情報も流した覚えはない。確かに装いが、護衛っぽくなかったのは認めるし、あれだけ目立つ容姿をしていれば普通とは違うと勘づく人間もいるだろう。だけど、そんなすぐに、竜人族を苦しめる魔法を発動できる魔導士がいるのだろうか。用意周到なのか、あるいは、多くの魔法を使えるのか。後者と考えた方がいいだろう。
「お嬢様どうしましたか?」
「ううん、なんでもないわ。とにかく無事でよかったわ。みんなも」
私がそう言って微笑みかけると、使用人たちは、首を縦に振って微笑み返してくれた。今の公爵家はとても居心地がいい。しかし、もしものためにと皇宮の方に少しお邪魔することになる。それは、私が殿下の番だからであり、番契約を切るまでの間は当分――と。番契約を切ったところで、婚約者である以上、危険は付きまとうと思うが、番ほどのデメリットはない。殿下の情緒が破壊されるだけで済むのなら、周りとしては最低限いいのだろう。
(だからといって、死にたくはないのだけど)
あの日認められたと思っていたが、やはりまだ少数、私と殿下の関係をよく思わな連中がいるらしい。それは、私の昔の悪い噂を知っているから、ではなく、自身の家の繁栄のために、自分の娘と結婚させようとしている連中の悪あがきみたいなものだ。また、殿下をよく思っていない人間もぽつぽつ存在している。
そんな少数の声に耳を傾けるようなことはしないだろうが、知っていい気持ちになるものでもない。
「それで、さっそくなんだけど。この間の襲撃もあって、危険だからって皇宮の方に少し身を置かせてもらうことになったの。今日は、必要なものを持ち帰りに来ただけで、ごめんなさいね。本当はもう少し長くいたいんだけど」
「そうですよね。だって、ここはお嬢様の家でもあるんですから……私も、お嬢様がいないと思うと寂しいです。ですが、お嬢様の身の安全のためにもですね! さっそく、荷物をまとめましょう」
「ええ。そうしてくれるとありがたいわ……それで、なんだけど」
リーリエや、他の使用人たちは、私の言葉を受けて、さっそく家の中へと入って私に必要なものをかき集めてくれるらしい。殿下は、ドレスは山ほどあるから、好きなものだけを厳選してもってこればいいといっていたため、服には困りそうにない。全く、いつの間にドレスを買いあさっていたのか分からないが、私に着せるためだろう。殿下の趣味は悪くないけれど、やたらと自分色に染めたがるその心が、とても可愛くて仕方がない。そんなことを思い出しながらも、私は、殿下に言われたもう一つのことを思い出し、少し気を沈めた。
リーリエは、立ち止まり、私の顔色を窺うようにどうしたんですか? と優しく訪ねてくれる。
「……お父様は、今どこに?」
「公爵様ですか? 公爵様は、新たな事業を立ち上げるために今は公爵家を空けております」
「じゃあ、公爵家には今誰もいないの?」
それって、危険じゃない? するとまた、リーリエは、私の不安をぬぐうように、ぽんと胸に手を当てた。
「大丈夫です。私たちが、責任もって、公爵家をお守りしているので。お嬢様の心配には及びません」
「そう、それならいいけれど……」
一応、父親である公爵に顔を見せてから行こうと思っていたのだけれど、いないなら仕方がない。公爵ともあの日から、上手くいっていなくて、もちろん、ロルベーアを、私を政治のための道具として利用したことは許せない。けれど、公爵夫人が早いうちに亡くなっているため、肉親は公爵一人なのだ。そんな唯一の家族との時間すら取れないないとは……と少し思ってしまう。まあ、顔を合わせてもなんてしゃべればいいのか全く分からないから、これでよかったのかもしれないが。
「あっ、でもお嬢様、公爵様から、プレゼントをと預かっております」
「私にプレゼント?」
「はい。確かネックレスだったと思います。それも、お持ちしますね」
「……え、ええ。どういう心境の変化かしら」
ロルベーアが、宝石やアクセサリーに興味があったような話は身に覚えがなく、興味があったとしても、安物には感心すら向けない。だから、公爵がよこしたそのネックレスというのは、きっと高価なものなのだろう。無駄遣いを嫌う公爵が、娘のためにプレゼントを……それも、あの日から考えられれない公爵の変化だった。
(まあ、直接渡してくれるほうが嬉しいのだけど)
まだ、顔を合わせることが出来ないのだろう。それだけ、反省しているということなら、私から会いに行ってもいいかもしれない。ただ、次にあえるのはいつになるか分からないけれど。
「それと、お嬢様……お嬢様が家を空けているあいだ、妙な手紙が」
「妙な手紙?」
「はい、実際に受け取ったのは私ではないのですが、真っ白な……」
「白……?」
――ああ、嫌な予感がする。
思い出される徒花の男のこと……頭の中にあの男がいるようで、私に微笑みかけてくる。それが、振り払えなくて、気持ちが悪くなった。なぜ、あの男のことが頭に浮かんだのか。白から連想されるそれに、私は頭が痛くなる。
大丈夫ですか? と、リーリエに肩を抱かれ、私は大丈夫と答えてはみるが、気が気でなかった。だって、あいつが、私のことをどこからか、監視しているような気がしたから。
「――ロルベーア」
「……っ」
凛と、鈴が鳴るような声がし、私の心臓は飛び跳ねる。いるはずがない、と振り返れば、風が強く吹きつけ、青い公爵家の薔薇の花弁に混ざって、白い薔薇の花弁が舞い散る。
そして、目をこすり、見てみれば、そこには確かにあの男が立っていた。真っ白な服に身を包み、貴族らしいたたずまいで……でも、どこかこの世のものとは違うオーラを放ち、私に慈愛に満ちた微笑みを向けていた。
「ヴァイス……クルーガー……」
「覚えていてくれて嬉しいよ。ロルベーア」
そういって、彼はもう一度にこりと微笑んだ。
45
お気に入りに追加
948
あなたにおすすめの小説
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~
春風由実
恋愛
当代のアルメスタ公爵、ジェラルド・サン・アルメスタ。
彼は幼くして番に出会う幸運に恵まれた。
けれどもその番を奪われて、十年も辛い日々を過ごすことになる。
やっと見つかった番。
ところがアルメスタ公爵はそれからも苦悩することになった。
彼女が囚われた十年の間に虐げられてすっかり心を失っていたからである。
番であるセイディは、ジェラルドがいくら愛でても心を動かさない。
情緒が育っていないなら、今から育てていけばいい。
これは十年虐げられて心を止めてしまった一人の女性が、愛されながら失った心を取り戻すまでの記録だ。
「せいでぃ、ぷりんたべる」
「せいでぃ、たのちっ」
「せいでぃ、るどといっしょです」
次第にアルメスタ公爵邸に明るい声が響くようになってきた。
なお彼女の知らないところで、十年前に彼女を奪った者たちは制裁を受けていく。
※R15は念のためです。
※カクヨム、小説家になろう、にも掲載しています。
シリアスなお話になる予定だったのですけれどね……。これいかに。
★★★★★
お休みばかりで申し訳ありません。完結させましょう。今度こそ……。
お待ちいただいたみなさま、本当にありがとうございます。最後まで頑張ります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる