一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第2部3章

07 恐怖に直面して

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「――ゼイは、大丈夫なの?」
「自分の心配より、他人の心配か。優しいな、公女は」
「真剣に聞いているんですが、答えてください」
「一命はとりとめたそうだ。だが、まだ目を覚ましていないと」
「……そう」


 膝の上にのせていた拳が震えていた。それは、ゼイが何ともなかったが目を覚ましていないことに関してか、それともまた狙われたからか、それとも――
 私と向かい合うように座っている殿下の顔は暗く、今回のことを重く受け止めているようだった。シュニーの時とは比べようもないまでにひどく。そんな顔をさせてしまっていることに、申し訳なさを感じつつも、おさまらない震えを、恐怖を、どうにか抑えたくて必死にこぶしを握れば、手の小平にじんわりとした痛みが走る。爪が食い込んだのだろうが、こんな痛みじゃ、あの恐怖は取り払われなかった。


「少しは自分の心配をしろ」
「してます! 怖いんです。今も、怖い……怖くて、怖くて、仕方ないのに……」
「……っ、悪い。大きな声を出して。そう、だな……それが、ああ……」


と、殿下は額に手を当てた。

 私も、こらえていたものが決壊してしまったようで、殿下は悪くないのにぶつけてしまった。
 どちらも冷静さがかけている。こんな状況で、話がまともにできるはずもなかった。だが、話し合いの場としても設けられたこの時間、何か一つでも話して、今後の捜索にあててほしいとも願う。まだ、植え付けられた恐怖というのは、心の中から去ってはくれないけれど、私がずっとこうしているわけにもいかない。殿下を落ち着かせるためにも。自分のためにも。


「殿下」
「辛かったのなら、また今度でもいい。だが、当分、皇宮の方にいろ。公爵家よりはましだろう」
「……それは、我が家に対しての侮辱ですか?」
「……」
「すみません、こんな言い方をしたかったわけではなく……すー……はあ。わかりました、殿下がいうならそうしましょう」
「素直なんだな」
「貴方が落ち着かないからでしょ? わかりますよ。すごく動揺していることを」


 私がそういうと、殿下はバッと顔を上げて恐ろしいものでも見るような目で私を見てきた。まるで、本心が悟られたようなそれに、恐怖するような目だった。


(この人も人間だし、弱いところはあるじゃない。別にそれを何とも思わないわ)


 いつもだったら分からない彼の心の揺らぎを私は感じ取っていた。当然だろう、番なのだから、その感情が相手に伝わるなんてこと分かっているはずなのに。彼はそれを忘れているらしい。
 なぜ彼が、そんなに動揺を隠したいのか、表に出ている分は、氷山の一角に過ぎない……そんな動揺が、私の中に入り込んでくる。それが、また私を不安にさせた。
 彼を揺れ動かせるのは私だというどうしようもない優越感と、彼を不安にさせてしまう一つの要因である私が憎たらしい。
 彼が、私の前では、帝国民の前では完璧であろうとしていることを知っているから、その同様に気づかれることは、彼にとって弱みを見せたと同様なのだろう。


(私の前くらい、素直になってくれてもいいのに……)


 私はまだそれほど、彼に信用されていないというのだろうか。まあ、彼の人間不信と、孤独などすぐに取り払われるはずもないもので。


「動揺などしていない……ただ少し不安……いいのか、公女。俺の勝手を押し付けているだけだが」
「皇宮の方が安全というのはその通りでしょう。公爵家の警備が手薄なわけではありませんが、有能な用心棒の戦力が欠けているということもありますし。まあ、かといって、皇宮が100%安全とは言いません。どこかに穴はあるでしょう。今回私を狙った敵というのは、かなりそういった面で、賢そうなので」
「そうだな……帝国のやつらは、魔法体制に弱い。ゲベート聖王国奇襲作戦の時も、一人の魔導士に何十人もの騎士をあてても、全滅したくらいだ。今は、ゲベート聖王国からとれた魔法石や、魔導書から、魔法に対する体制をつけてはいるが、元から、魔力がない帝国の人間が扱える代物ではない」
「……そう、なんですね」


 そこはよくわからなかった。
 私にあまり魔力がないのは、帝国の血が慣れているからなのか。ゲベート聖王国の血が流れていれば、魔法が使えたのか。ないものねだりをしてしまうほど、私は強くなりたかった。
 ゼイは、どの国に属していたとかそういうのはないのだろう。渡り鳥のような、でもゲベート聖王国にいた、といことは分かっている。竜人族は謎が多いから、魔力探知にも優れていて、魔法も使えるのかもしれない。そんなゼイの魔力探知をかいくぐって、先日奇襲にあった。いまだに敵の全貌が見えず、不安は募るばかりだ。


「思い出したくないだろうが、公女。他に覚えていることはあるか?」
「……白いローブを羽織った男たちが、いつの間にか私の周りを囲んでいました。あんな、街中で誰にも気づかれずにって、まるで……」
「まるで?」


 私はそこで言葉を区切った。身に覚えのある現象に、今回の奇襲が、偶然だったのだろうか、と思ったからだ。話せることは、先日話したが、今少しだけ冷静さを取り戻した頭が、あれを知っているというのだ。
 殿下も食い入るようにして私の方を見ている。これを話せば、その疑わしき人物に殿下は騎士たちを派遣するだろう。けれど、相手の正体が完全に分かっていない以上、それはあまりにも危険だ。これまで相手してきた、ミステルや、クラウト……シュニーなんかとは比にならない敵。間接的に敵国とつながっているのではなく、直接……いや、敵国の人間なのかもしれないと。


「ゲベート聖王国の、洞窟に落ちたじゃないですか、この間」
「ああ、それがどうした?」
「あの時、私、白い幽霊みたいなものを見たんです。そこで感じた違和感というか、なんとも言えない未知の恐怖感、といいますか。それに似ていた気がするんです」
「ゲベート聖王国の生き残りか」
「魔法が使える時点で、そう考えた方がいいでしょうね。フルーガー王国の人間が、どれほど魔法を使えるか私は知らないので、なんとも言えませんが、きっと、あれほどの魔導士は、ゲベート聖王国の生き残りだと」
「……となると」


と、殿下は顎に手を当て、難しそうな顔をして考え込んだ。殿下にも心当たりがあるようで、あの日の出来事と、今回の奇襲を照らし合わせているようだった。


「……白、ゲベート聖王国の…………少し、書斎にこもって調べてみるか」
「私も手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ。それより、公女は、公爵家にいったん帰り、必要なものを持ってくるといい。不安だったら、マルティンもついていかせよう」
「はい、あの、戻っても大丈夫なんですか?」
「一度、今回のことを公爵にも話した方がいいだろう。まあ、あの男が娘の話をしっかり聞くとは思えないがな。ただ、長期間、公爵家を空けることになるだろうし、メイドたちに何か言っておきたいことがあれば言っておくといい。こっちも、軟禁したいわけではないからな」
「な、軟禁って……」


 殿下がいうと、洒落に聞こえないのが怖いところだった。でも、私のことを思って、一時的に公爵家に帰っていいと言ってくれたのだ。もし、殿下が冷静じゃなかったら? 彼は言葉通り、軟禁……私を監禁したかもしれない。そう思ってしまうのだ。


(そんなことするはずないものね。だって、アインは私に――)


「どうした? 公女」
「いえ。アインは変わりましたね。出会った時と比べて随分と」
「……変わるだろ。お前が、俺のことを変えたんだ」
「そうだと、嬉しいです。いや、そうですね」
「どうした。最近やけに、ロルベーアは自分に自信があるようだな」
「そうでしょうか。まあ、それもアインのおかげですね。では、お言葉に甘えて、馬車を貸してもらいます。公爵家に戻って、荷物をとっていきますね」
「ああ、そうするといい。じゃあ、また」


と、殿下はたちあがり、忘れ物だというように、私の頬にキスをした。ほんの一瞬触れただけなのに、触れたところから熱がじんわりと広がっていく。いってきますのキスのようだ、と思いながら、いくのは私なんだけどな、と去っていく真紅の彼の背中を見つめながら、私も動かなければ、と立ち上がり、部屋を後にした。

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