一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第2部2章

08 勃発アクシデント

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 神殿の中も、その周辺も数分あれば回り切れるほど、小さな建物だった。
 何重にも連なったアーチ状の天井を潜り抜けると、ひやりとした冷たい空気に包まれる。神殿内は神聖な空気が漂う中、至る所に咲き誇る草花の匂いがほのかに香っており、石畳が真っすぐ続いていた。そしてその先……その奥には祭壇のようなものがあり、そこには七色の光が集まっていた。


「この光は……」


 殿下も気づいたのか、私と同じようにその光に吸い寄せられたように近づいていく。


「儀式場はここみたいだな。つくりは、帝国のとよく似ているが、こっちのほうが、味気ないな。装飾品もあまりないようだ」
「そうですね……」


 儀式場は、先ほどとは比べられないほどの草で生い茂っており、蔦もあちこちに伸び、苔むしていた。天井を支える柱や壁にも蔦が巻き付き、


(床だけは綺麗だけれど……)


 まるで、誰かが整備したように、魔法陣のようなものが床には彫られており、その周りには植物が一切生えていなかった。この場所だけが守られているような、そんな感覚がする。 
 祭壇の装飾に施されたステンドグラスは曇っており、あちこち欠けてはいたが、比較的、放置されていたと言われてもきれいに思う。それと、戦地になったと言っていたのに、ここが形として残っているのも不思議だった。それほどまでに、神聖な場所で、そういった力によって守られていたのだろう。ステンドグラスの中に見える絵柄は、二匹の竜が絡まり合うようなもので、金粉が埋め込まれているのかキラキラと輝いているように見えた。


(竜人族を追い払ったくせに、竜を描くってどういう神経よ……)


 もとは、竜人族と良好な関係にあったのかもしれない。番契約という物を作った理由が、竜人族の一夫一妻制に憧れたからだから。ゼイに聞けば、その歴史についても教えてもらえるのだろうが、それよりも、番契約を切る方法について今は調べるべきだろう。


「公女、奥に書斎があった。いってみないか?」
「マルティンさんに言わなくても大丈夫なんですか? 勝手に行動すると怒られると思いますが」
「戦場は、何も平地だけではない。森の中、砂漠のど真ん中でも戦ってきた。そして、軍からはぐれたこともな。心配するな、公女が俺から離れなければ問題ない」
「問題あるんですけど。帝国の未来を背負う貴方と、その番である私がいなくなったら皆心配しますよ? ここは、慎重に――アイン!」


 私の話を聞かずに、儀式場の奥の書斎に向かおうとする殿下の後を慌てて追いかける。


「本当に人の話聞かないんだから!」


 単独行動に慣れすぎて、集団行動が出来ない子供のようだった。一人の方が行動しやすい、というのは分かるし、実際私も、群れるより一人でいたい人間なので、気持ちが分からないわけではなかった。ただ、自分の立場を考えてほしい。皇太子が行方不明とか洒落にならないからだ。
 マルティンや、ゼイを呼んでこようかと思ったが、それよりも暗闇に飲み込まれていく殿下の背中を見ていると、私だけでも彼のそばにいなければ、と足は、そっちへと向く。本当なら、一言かけていくべきなのだろうが、そんな余裕はなかった。


「殿下!」
「何だついてきたのか」
「何だって、貴方が一人で行動するからでしょ! もう、マルティンさんに何を言われても私庇いませんからね?」
「ああ、マルティンは俺のことをよく理解しているからな。それくらい融通を利かせてくれるだろう」
「はあ……殿下がそういうならいいですけど」
「公女も、俺と離れたくなかったからついてきたんだろ?」
「そんなことは」
「こんな埃っぽい場所、令嬢はひどく嫌うと思っていたが……公女はやはり、他の令嬢とは違うようだ」


 くすりと笑われて、言葉に詰まる。確かに埃っぽくて、長くはいたくない場所ではあるが、彼の後を追わずにはいられなかったのは事実だった。


「それは――私が、女性らしくないと言いたいんですか?」
「いや? 俺は、別に男女差別をしたいわけじゃない。そういう考えは古いと思っているからな」
「じゃあ、なぜ令嬢は――とかいうんですか」
「俺だけが、理解を示そうと思っても、あいつらが俺に心を開いてくれなければ分からないこともあるだろ?」
「た、確かにそうですね。すみません」
「いや、謝ることはない。ああ、それで? 女性らしくないかどうかか? 気にしなくていい。公女のような女性が初めて……珍しく、興味がわく、という話だ。とても素敵だと思うぞ、ロルベーアは」
「……っ」
「俺は、そういう公女の変わったところにも惚れている」
「変わってるって……褒めてるんですか、それ」


 褒めている、と間髪入れずに返してき、彼が本気で言っていることが分かり安心した。殿下も変わり者だし、そういう意味では変わり者同士いいのかもしれない。どんな部分でも受け止めてくれる、好きだと言ってくれる殿下のことが、私も好きだ。


「確かに、書斎といっても、本が数冊棚に置いてあるくらいですかね……ごほ、ごほっ」
「大丈夫か、公女」
「大丈夫です。少しせき込んだくらいで」


 書斎といってもそれほど広くはなく、こじんまりとした室内には、背の高い本棚が壁一面に並べられていた。灰色の絨毯の上にテーブルがあり、その上にランプが置かれていたが、棚には数冊、ランプは誇りがこびりついていて、つかえそうにもなかった。
 すでに、誰かが本を持ち出した後なのだろうか。
 ほこりを払いながら、一冊の本を取り出し、中身を確認すると、それは幼い子供が読む童話のようなもので、番契約を切る方法が乗ったものではなかった。


「俺ではないが、帝国の研究職のやつらが持ち出していったのかもな」
「そんな! では、帝国の方に?」
「さあな。そこまでは分からない。だが、研究職のやつらは、たまに重要なことを見逃すからな。番契約を切る方法など、研究の対象にもならないと思ったのか、置いていっているかもしれないしな」
「いや、それは研究職についている人間としてどうかと……」


 ああ、だからイーリスが、番契約を切る方法がもう少しでわかりそうだと言ったのか、と辻褄が合った。その研究職の人間が持ち出した資料を、イーリスが受け取って研究をしていると。
 となるとやっぱり、ここにはめぼしいものはないのだろうか。


「番契約は……あの時の儀式と逆に手順を踏んで、行う……とイーリス、聖女様はいっていました。でも、それだけじゃないと」
「それを行う上で、必要な呪文か、魔法石がいるんだろうな。この島では、たくさんの魔法石がとれるらしいから、そっちに聞いてみてもいいかもしれないな」
「く、苦労してきたのに!」


 これでは、来ただけ損だったんじゃないか、と私は肩を落とした。
 殿下が、研究職の人たちのことまで把握しているわけでもないし、そういう情報が、どこまで回っているのか分からないため、自分たちの足と目で、方法を探しに行こうと来たが、そこはほとんど調べられていて――など、本当に来ただけ損だったのではないかと思った。クラーケンにも襲われるし、散々だ。そう、私が肩を落としていれば、殿下が優しく肩を叩いた。


「俺は、公女とのスリリングな船旅、楽しかったぞ?」
「ほんと、スリル満点でしたね。恐ろしいほどに」
「だろ? たまにはいいだろ。帝国から出てみるのも。気分転換になる」
「そうね……あの、結婚式の……新婚旅行の話。私、海が見えるところに行きたいわ」
「……っ、ロルベーア?」
「ダメ? い、愛しの番様の要求なんだけど?」
「いや。いこう。二人で。世界一周の旅でもいい。色んな所を、ロルベーアと見て回りたい」
「フッ……でも、世界一周は無理よ。帝国をそんな長い間あけていけないでしょ?」


 顔を見合わせて、くすりと笑う。お互い笑いあうと、殿下は私の肩に腕を回した。耳元にかかる吐息がくすぐったくて肩を竦めたが、それを逃がさないとばかりに、さらに引き寄せられる。
 誰かが来るかもしれないのに、抱き寄せられては、抵抗もできなかった。恥ずかしくて、見られたくないという気持ちも、もちろんあったのだが、雰囲気にながされ、私は彼の胸に頭を預けると、そっと目を閉じる。少し埃っぽくて、カビっぽいのはロマンスな空気感を半減させるけれど、彼がいればどこでもそういう雰囲気になれる。


「じゃあ、こうするか? 俺たちの間に子供が生まれ、帝国を背負っていけるほどの人間になった時、その時皇位を譲って、二人で旅に出ないか?」
「随分と先の話ですね。これからもずっと一緒にいるというのに」
「それでもさ。今日が終わってしまうのが惜しい。今日のロルベーアは、今日しか見えないのだから」
「何ですか、それ。アインは、まったく――っ!?」
「……っ!?」


 また子供みたいになこと言って、と言い返そうかと迷っていると、足もとがぐらぐらと揺れ、棚や、ランプ、部屋までもが大きく揺れだした。


「公女、捕まってろ!」
「じ、地震!?」


 瞬く間に、揺れは大きくなり、出入り口付近にパラパラと上から石や砂が落ちていく。このまま、天井が落ちてきて生き埋めになるのでは? と、ぎゅっと目をつぶったが、思っていた最悪の事態ではなく、ピシピシと、下から亀裂が入るような音が走り、目を開けば、案の定足もとに亀裂が走っており、その亀裂は、次の瞬間口を開くようにぱっくりと割れたのだ。


「ひっ!?」


 足もとが崩れる――! どうあがいても、踏ん張ることも、出口に向かうこともできず、重力が私たちを引っ張る。


「ロルベーアッ!」
「あ、アインッ!」


 足もとが完全に崩れるその瞬間、さらに強く彼が私の身体を抱きしめ、庇うように丸くなると、そのまま、私たちは地面の見えないくらい亀裂の底へと落ちていった。


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