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エピローグ

番として未来を歩む

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「おはよう、公女」
「……ん、おはようございます。殿下」


 目が覚めると、朝日を帯びて、輝く真紅の髪を持つ彼が笑顔で挨拶をしてくれる。彼の腕の中に居る、そんな安心感と多幸感で胸一杯になりながらの目覚めに、私は満足していた。一年前までは、こんな幸せに溢れた目覚め、朝を想像できなかったが、今は私が想像した以上の目覚めを彼が提供してくれている。本当に、長い道のりだったと、感傷に浸りながら彼を見つめていれば、フッと私の視線に気づいたように殿下は微笑んだ。その、綻んだような笑みを見て、胸が一杯になり、それと同時に、恥ずかしくもなって視線を逸らしてしまう。
 ところで、服を着ているが、これは彼が着せてくれたということでいいのだろうか。


「公女が眠っている間に、大方すませておいたぞ。シュテルン侯爵家も、トラバント伯爵家もこれで終わりだな」
「ええっと……殿下、朝から物騒なのですが。私はいつまで眠っていましたか」
「一日ほど眠っていたな。マルティンに怒られたぞ? 呪いが解けたばかりで無理させたと。また、公女が起きなかったらどうしようかと思ったが、その心配はないらしくてな。無理させたことには変わりないが……」


と、殿下は悠々と語ったかと思えば、その視線をどんどん外していった。無理させた自覚あるんだ、と思うと同時に、あれからまた一日眠っていたとなると、かなり身体に負担がかかっていたらしい。だが、今は気持ち悪い感じもしないし、疲れもない。何より、一日経ったといっても、彼が目覚めたら隣にいてくれたことが嬉しかった。

 まあ、本当に色々あったみたいなのは察するが。


「そう、ですか……シュテルン侯爵家も、トラバント伯爵家も……公爵家はどうなったのですか?」
「気になるのか?」
「はい……一応、自分の家門のことは気になります」


 私がそう言うと、そうか、と殿下は言って顎に手を当てた。いいにくいことなのだろうか。爵位を返還、ということにもなっているかも知れない。いや、私が生きていて、殿下も生きているのならお咎めなしかも知れないが。


「落ち込むことはないぞ? 公女。婚約の話を進めていたんだ」
「そうですか……って、婚約!? 待って下さい。本当に一日ですよね!? 私が眠っていたのは!?」
「早いほうがいいだろう。まあ、結論から言えば、公爵家はお咎めなしだ。公爵はそれを聞いても喜んでいなかったがな。よほど公女に負い目を感じているか」
「お父様が……というか、本当に婚約ってどういうことですか」
「俺が話を進めておいた。公女との婚約を、皇太子妃にふさわしいのは公女しかいないとな」


と、殿下は言うと、私の額にキスを落とした。殿下は何だか満足げだが、勝手に話を進められたことに関しては少し怒りを感じていた。

 愛し合えた、だから呪いが解けたとは言え、私を皇太子妃に……と進める人は多くないのではないかと。これまでの悪評もあるし、三つの星がこんな感じで捕まってしまっている今、皇族側も貴族を信じられないんじゃないかと。
 私がそう不安げにしていれば、殿下は安心させるように私の肩をそっと抱いた。


「公女が何を心配しているか分かるぞ」
「番だからですか?」
「そうだな。そうでなくとも、顔を見れば分かる。番契約でついてくる、番特有の機能は俺は全く役に立たないと思っている。いや、あんなもので心を見透かされるのは公女も嫌だろう」
「た、確かにそうですが。それで、助かったときもありましたし……」


 誘拐されたときとか、テレパシーを使えたのは大きいだろう。まあ、番だからという理由をつけて話をするのは私も好きではない。それを、殿下自身が分かってくれていることに対して喜ぶべきなのだろう。しかし、皇太子妃なんてつとまるのか。そういう教育を受けてこなかったわけじゃないが、私は本物のロルベーアじゃない。


(今更、本物も偽物もどうでもいいのかも知れないけれど)


「聖女様は……」
「またイーリスの話か。公女は何を勘違いしているか分からないが婚約をと進めたのはイーリスだ」
「聖女様が?」
「元から、俺たちの関係を気になっていたらしい。互いに思い合っているのに素直になれていないとかいっていたな。いらないお節介だが、今回はまあ、イーリスのおかげもあってだな……勿論、俺は彼奴に一切そう言った感情はない。イーリスの方もだ。何でも、今回俺の呪いを解いたことで、魔法と呪いについてもっと研究したくなったらしくてな。近々、神殿に籠もるそうだ」
「な、なるほど……」


 よかった、と口から出てしまい、殿下にフッと笑われてしまった。
 これで全ての誤解は解けたわけだが、また新たに殿下は難題を突きつけてきた。皇太子妃に……か。いくら、イーリスが進めたところで、私の評価は変わらないわけだし、それでも、番として生き残り、その契約を破棄しない限りは、殿下の隣は私が居座り続ける。私を殺すことができるのは殿下だけで、暗殺したところで帝国にはメリットがない。そこは保証されているのか。
 しかし、敵国との話もまだどうなるか分からないので、暫くは様子見といったところだろう。トラバント伯爵家が繋がっていたといっても、敵国が攻めてくるわけでも無いし、かといって和平交渉も難しいかも知れない。殿下の苦難は続くわけで。


「殿下のこと、これからは隣で支えていってもいい……ということですか」
「改まってどうした? 支える? 何を?」
「敵国のこともあるっていっていたじゃないですか。それに、私達の婚約に賛成しない貴族もいる……と思うので。婚約の話を進めておいた、といいましたが、実際に婚約者になったとしても……反対派の勢力に押し巻けると言うことも考えられるので。これからも、大変だなと思って。でも、私は殿下の隣に立っても恥ずかしくないような番に、女性になりますから」
「今でも十分魅力的なんだがな」


と、殿下は零すと、私の唇を奪った。

 全くの不意打ちに、私は思わず彼の分厚い胸板を押し返してしまう。


「な、何ですか! いきなり」
「可愛かったからついな」
「そ、それでも、こ、心の準備が……」
「嬉しくないのか?」
「いきなりやられるとそうですね、ときめきよりも、驚きが……はい」
「素直じゃないなあ、公女は」


 殿下はくすりと笑う。その笑顔が意地悪っぽくて、私はムスッとした顔で殿下を見る。


「まあ、そういうところが可愛いんだが。惚れた弱みだな……そういえば、公女、またいつも通りに戻っているな」
「いつも通りとは?」
「名前だ。もう、アインと呼んでくれないのか。ベッドの上ではあんなにも――」
「殿下こそ! 私のこと公女って! ろ、ロルベーアと呼んで下さらないのですか」
「ロルベーア」
「不意打ちやめてください」
「公女がいったんだろう。まあ、こっちの方がしっくりくるのはそうだが……そうだな、二人きりの時は呼んでやろう」
「何故上から」
「公女……ロルベーアは?」
「……アイン」
「そうだ、それでいい」


 殿下は私を抱きしめた。トクン、トクンと彼の心臓が脈打つ音が聞える。一年前、一ヶ月前は止るのかも知れないと恐れていた。でも、今はこの心臓が動いているだけでも私は安心するのだ。
 強引で、意地悪で、殿下こそ素直じゃないけれど、私もそういうところに惚れたのだ。お互い様だ。


「アイン、愛しています」
「……っ、珍しいなロルベーア」
「言って下さらないのですか」
「安くないぞ? それに、ロルベーアに受け止めきれるのか?」
「私の方が、重いです。お互い様です」


 そうか、と殿下は言って真紅のカーテンを揺らす。そして、何よりも眩しい夕焼けの瞳を私に向ける。
 ああ、愛しい人がそこにいる。その瞳に私がうつっている。
 お互いの色が溶けた瞳を見つめ合い、私達はキスを交す。優しく、愛を相手に溶かすように。


「ロルベーア、愛している」


 殿下はそういって、もう一度私を強く抱きしめた。


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