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第1部4章

04 嫌味な女

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「お待ちしておりました。アインザーム様」
「な、んでミステル嬢までいるんでしょうか」
「まあまあ、お久しぶりですわ。ロルベーア嬢」


 ひらひらと手を振られ、そのむかつく藍色に私はこめかみがピクリと動いてしまったのが分かった。多分今、私は世界一不機嫌な顔をしているだろう。そんな顔をしているものだから、ミステルにくすくすと馬鹿にされるように笑われる。だが、問題はそこじゃないのだ。
 殿下は馬車から降りるとすぐにイーリスの元に行き、「呪いの解除方法が分かったというのは本当か」と詰め寄っていた。それに対し、イーリスは少し顔を赤らめながらも、「本当です」と説得力のある真っ直ぐな瞳で答えていた。なんだかんだ仲が良さそうな二人をみていると、私の知らないところで話しているのかな、と胸がツキンと痛む。
 神殿には、人が集まっており、神官らしき人物たちが慌ただしく呪いをとく儀式だろうか、準備をしていた。そんな様子を横目に見ていれば、スッと近くに近寄ってきたミステルが私に耳打ちをする。


「あらあら、ロルベーア嬢。殿下と喧嘩でもしたんですか? どうやら、聖女様と殿下は仲がよろしいようですが」
「そうね。殿下は呪いが解けるのが嬉しいんじゃない?」
「あら、認めるのね。ロルベーア嬢は、殿下の呪いを解けなかったんだもの。見放されて当然ですわよね。あっ、ごめんなさいね、つい口が滑ってしまって」


 オホホ、と気味の悪い笑い声で笑うミステルに私は言い返す気力もなかった。それが、事実であったからもそうだし、この女に構っている余裕はなかった。
 私の目の前では、嬉しそうに話すイーリスと、彼女の説明を聞く殿下の仲慎ましい様子があったから。


「ほんと、聖女様と殿下ってお似合いよね」
「ところで、ミステル嬢。あのお茶会、わざとお茶のカップを倒したの?」
「いきなり何の話ですの? もしかして、聖女様と殿下が仲がいい姿を見て嫉妬しちゃったんですかあ? ロルベーア嬢も可愛いですねえ、でも嫉妬はよくないですよ」
「もし、あれが演技だったとするなら……その後魔物が出たって騒ぎになったじゃないですか。それも本部に。敵国のスパイが紛れ込んでいたんじゃないかって言われているんですけど、ミステル嬢はどうお考えですか?」
「えっ、えと、何故その話を今するんですの?」


 ぴくんと身体があからさまに動いた。ミステルが絡んでいるのは間違いないだろう。
 あれから、本部周辺を探したら、魔物の卵の殻が見つかりそこから、帝国の魔道士ではない魔力を感じたらしい。また、やはり警備が甘かったのではないかという声が上がり、真っ先にトラバント伯爵家が疑われた。今は見張りをつけられているらしく動けないが、あの家も馬鹿じゃない。何かしらのの抜け道を使って、また敵国とコンタクトを取るだろう。何でも、この間殿下に聞いた話では、トラバント伯爵家は、敵国に遠い、遠い親戚がいるのだとか。しかし、帝国側で力を伸せば、わざわざ敵国と組む必要なんてなくなる。何が理由か分からないため、まだ踏み切れていないのだとか。
 最後くらい、殿下のやくに立とうと、私はミステルに罠を仕掛ける。


「そういえば、私が誘拐されたとき、誘拐犯の男たちが、雇い主は女性、といっていたわ。それも貴族の、確か髪色は青……なんて零していたかしら」
「あ、彼奴ら……」
「何でも、その女性は私に酷く恨みがあるとか。まあ、恨みというより妬みに近いらしいけれど。嫉まれるようなことしたかしら、私」
「な、何故私に聞くんですの? ロルベーア嬢は、社交界でも孤立していましたし、嫌いな方はいるんじゃ無くって?」
「私のあらぬ噂を流していたのは、いつもミステル嬢ですね」
「その誘拐犯と私が繋がっているとでも言いたいんですの?」
「さあ、可能性の話ですよ」


と、私が言うと、ミステルはギリッと爪を噛んだ。ああ、痛そう、なんて思いながらも彼女で確定だろう。しかし、別に私は彼女に嫌がらせや、嫉まれるようなことしていない。

 ただ、殿下の番であるということは事実なので、襲う理由は十分にあるわけで。でも、まだ納得がいかない……私情を絡めるとするのなら。


「そういえば、クラウト子息は来ていないんですね。いつも一緒じゃないんですか。私達よりも仲慎ましいですもんね、婚約者同士である貴方たちは」
「……っ、く、クラウトは来ていないですわ。貴方がくるっていったら来たでしょうけどね」
「え?」
「まあ、忙しい方ですし。それに、確かに私達の方がラブラブでしてよ。ロルベーア嬢と違って」


と、ミステルはわざと声を上げて言う。よっぽど幸せ自慢したいらしい。でも、ラブラブなんて、聞くのも言うのも恥ずかしい。

 私は、そんなミステルを無視しながら、神殿の中に入っていく飴色の髪の少女と、真紅の髪の彼を見ていた。
 儀式が始まる……そしたら、私はもう――


「公女」
「……っ、殿下?」
「公女は、こないのか。呪いの話を……」
「わ、私はいいです。ほら、聖女様が待っているので早くいったらどうですか」
「そう、だが……番がいないと心配でな」


 そう殿下は耳を触りながらいってきた。その視線は泳いでいた。
 番が、なんて苦しいわけを聞かされているこっちのみにもなって欲しかった。つまり、この人は私に何をして欲しいのだろうか。


「そうですわよ。皇太子殿下。聖女様が待っているので――」
「黙れ、貴様には聞いていない。ミステル・トラバント伯爵令嬢」
「ひっ……」


 口を挟んだミステルをひとにらみすれば、彼女はすぐに萎縮して後ろに下がった。普通であれば、殿下のこの圧を前に飄々としていられる人はいないだろう。でも、私はなれていて、いつもの事か、と機嫌の悪い殿下を前に溜息が出そうになった。
 しかし、他者に興味を示さない殿下は、珍しくその後もミステルにむかって言葉を吐いた。


「貴様たちの家の尻尾はもうじき掴めそうだ。首を洗って待っていろ」
「な、何のことでしょうか。私にはさっぱり」
「それと、イーリスから度々貴様の話を聞くが、イーリスに色々吹き込んだのは貴様か? どうやら、俺とイーリスをくっつけようとしているらしいが」
「と、とんでもない! せ、聖女様が単純に、一個人として殿下に興味を持っているのでは?」
「……そうですよ、殿下。あまり、ミステル嬢を虐めないでください。ただでさえ、婚約者がいなくて寂しい思いをしているのに」


 フォローを入れるフリをして、私はミステルを辱め、それで完全に萎縮して、顔を真っ赤にしたミステルは、脱兎のごとくこの場から逃げ出した。
 残ったのは私と殿下だけで、また重苦しい空気が漂い始める。


「殿下、いかないんですか」
「公女がいかないのなら、いかない」
「……はあ。本当に迷惑な人ですね。いきます。なので、早くいってください」
「公女が先に歩け。俺はその後ろをついていく」
「本当に、貴方は……」


 でもそうしなければ、殿下は動かないと彼の性格を理解している私は思ったので、渋々歩き出す。ドレスの前は皺が寄っているし、あまり見栄えがよくないんだけど、と今更と思われるような細かいことを気にしながら、後ろからついてきている気配を感じていた。
 前では、イーリスが私……ではなく、殿下に手を振っている。後ろの殿下は手を振り替えしているのだろうか。


(ああ、本当に惨めだな……)


 くるんじゃなかった。こんな気持ちになるなら、公爵家に戻るべきだった。何処にいても一緒だけど、せめて今は、一人になりたかった。
 彼に伝えたい思いに蓋をして、私は重い足取りで神殿の中に踏み入れた。

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