一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

文字の大きさ
上 下
32 / 128
第1部4章

01 残り一ヶ月の寿命を

しおりを挟む


 あの日から、殿下は私を優しく抱くようになった。


「おはよう、公女。昨日もいい声で啼いていたな」
「……っ、殿下朝からそういう話をしないで下さい。気が滅入ります」
「そういう気分になるからだろ? 恥ずかしがるな公女。今夜も抱いてやる」
「……っ! だから、そういうところです、殿下!」


 前よりも遥かにスキンシップが増え、距離も近く、顔も近くなった気がする。からかっているのか、あの日以降、殿下は私に求められることが嬉しくなったのか、なんとかで、私の気持ちを聞いてくるようになった。といっても、平常時はいつも通りで、嘘なのか本当なのか分からないことを度々口にして私を困らせる。殿下はどこまで本気なのだろうか。それが分からないこその不安は今もあった。
 そして、そのままずるずるといき、契約から十一ヶ月が経ってしまった。この一ヶ月で全てが終わり、決まる。生きるか死ぬか……呪いによって。
 この時点で、私達に愛情が芽生えていれば、呪いは解除されるはずなのに、解除されていないということは、私達の間にはまだ愛が芽生えていないということなのだ。結局は、気が合う、身体の相性がいい男女の関係に落ち着いている、そんな気がする。

 殿下はいつもと同じ調子だが、私は焦りを感じていて、紅茶を飲むのもままならないくらいには手が震えていた。
 死ぬのが怖いのか、それもあるのかも知れないが、ここまでしても殿下の心を動かせなかったんだという落胆も、殿下があと一ヶ月で死んでしまうかも知れないという恐怖感もあり、気が気でなかった。いつも起きたら隣にいる彼が、一ヶ月後の朝、目を覚まさなくなるかも知れない。そんな夢を、彼が私の隣で苦しみ死ぬ夢を見るようになった。私だって同じ立場のはずなのに。
 そんな悪夢に魘されていることを、内容は知らないものの殿下にバレており、心配され、抱きしめられる。彼の腕の中に居れば、彼の体温も息づかいも感じられ、心臓が動いているのだと安心する。でも、その安心も一瞬で、あと一ヶ月だと思ってしまうのだ。
 そして、あの日、私に呟いた言葉については何も教えてくれなかった。こちらも、一度言及しただけで、それ以上は、彼があの夜、私が意識を失う前に何を言ったのか……私は、それが気になって眠れない夜を過ごしていた。


(イーリスは何をやっているの……)


 最近皇宮の方にも顔を出さなくなったし、神殿での仕事が忙しいのかも知れない。でも、ヒロインが呪いを解く方法を見つけて殿下を救う未来は確定しているはずだから――方法が見つかりませんでしたじゃ困る。私に残された最後の希望なのだ。不服だけど。そうして、殿下が救われて、もし殿下がイーリスに恩義を感じ、好きという感情が芽生え始めたのなら、殿下に殺して貰えばいい。そうすれば、誰も傷つかないハッピーエンドが訪れる。私が一人で死んでしまうと、彼は一生私に縛られることになってしまうから。私が、自由に生きたいっていう考えを持っているから……殿下がそうとは限らないけれど。
 あと、お父様には悪いけど、それでも良いと思っている自分がいる。
 それに、今のお父様は私に期待していないようで、最後の悪足掻きと言わんばかりに、この一ヶ月は家に帰ってくるなとも言った。最悪、皇宮で死ぬことになるかも知れない。でも、公爵邸で、一人悲しく死ぬよりかはよっぽどいい。できるのなら、殿下の近くで、殿下に殺されたい。そう思うほどに、私は彼を――


「綺麗だな、公女」
「いきなりどうしたんですか。私の髪なんて、嫌というほど見飽きたでしょうに」
「いや、ずっと見ていたくなる。俺のとは違う、美しく……でも、儚い。公女は何処かに行ってしまいそうな雰囲気だからな、不安になる」
「不安って」


 私の髪にキスを落としたかと思えば、殿下は私を後ろから抱きしめ、肩に顔を埋めた。
 殿下が不安を抱くことなんてあるのだろうか。もしかしたら、一ヶ月後に死ぬから、それが怖いのだろうか。 
 まだこの人に関して、理解し得ていないところがあるから分からないけれど、死ぬのは誰だって怖いだろう。殿下だって例外じゃない……はずだ。そう思いたいが、彼の命に対する感覚は軽く、死んだら死んだときだ、と思うような人だった。でも、この人に人間らしい感情があるとするのなら。私と同じ気持ちだったのなら嬉しい、なんて、自分は面倒くさい女だと思う。


「怖いんですか」
「ああ。公女がいなくなるのが」
「私が」
「ああ」


 そう言って殿下は私を後ろから抱きしめる力を強めた。私が居なくなることをこんなに不安がられると、申し訳なくなりつつも嬉しくも感じてしまう。だってそれだけ私を求めてくれているということだから。でも私はその気持ちに応えることが出来ないのだ。


(やっぱり好きだなぁ)


 絶対に叶わない恋だと分かっているからこそ、この気持ちが湧いてくるのだからタチが悪いと思う。もう少し私の恋心も冷静でいてくれたら良かったのだけれど。けれど、呪いが解けていないことが、私達の思いが通じ合っていないことを表していた。
 だから私は、殿下に恋心を伝えるつもりはなかった。それに、まだ確証がないのだ。こんな最低から始まった、今でも下品でデリカシーのないこの男を好きなのかと。どこが好きと言われたらすぐに答えられないだろうし。

 どこが好きなんだろうか。
 どこを愛しているのだろうか。

 好きに理由はいらないというけれど、これにははっきり白黒つけないといけない気がする。何となく愛しているは、この呪いに対して通じない気がしたから。


(愛って理屈じゃない気がするけれどね……)


「公女」
「何ですか、今度は」
「公女は怖くないのか。死ぬのが」
「唐突ですね。明るい話をしましょう」
「真面目な話だ。答えろ」
「……殿下が真面目だったことがあるんですか」


 彼の癖が移ったように、私は少し冗談のように返した。すると、殿下はムスッとした表情で、「真面目だ」と答える。彼は、変わったのだろうか。


(死ぬの……? 勿論怖いに決まってるわよ。でも、知っていたから……知っていたから、一年後に死ぬってことは)


「怖くありません」
「嘘だ」
「何故嘘だと?」
「震えている」


 殿下はそう言うと、私の背後からスッと前にやってきて、片膝をついた。珍しく、彼の夕焼けの瞳が真剣に私を見ている。いや、彼はずっと真剣だったのかも知れない。私は、彼の顔をしっかりと見れていなかった。
 私は視線を少し下に落としつつ「何ですか?」と冷静に答える。
 震えているのは分かった。でも、この震えは死に対する恐怖じゃない。私自身の死ではなく――
 優しく、殿下の手が私を包み込む。ごつごつと男らしいその手は、片手でも私の両手を覆い隠せるほどだ。


「公女、俺は――公女となら心中でも構わないと思っている」
「え?」


 彼が放ったその言葉は、私の心臓を射貫き、鈍器で思いっきり私の頭を殴りつけた。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...