29 / 128
第1部3章
08 独りぼっちの夜会
しおりを挟む皇宮主催のパーティーなのに、真紅の彼は出席していない。
それでも、三つの星と、聖女が参加しているこのパーティーは大いに盛り上がっていた。
(また、一人じゃない……)
会場にはゆったりとしたワルツが流れ、それに合わせて人々が楽しそうに踊る。会場には笑い声や話声が溢れていて、それを聞いていると、何だか笑えてくる。自分が声もかけられない壁際の存在であることを。
元々の噂と、聖女に優しくできない悪女だとミステルが噂を流したからか、私の孤立はさらに激化していた。話し掛けられても、何を話せば良いか分からないからいいのかも知れないけれど、それに、一人でいることになれてしまったから、今更だと思った。だったら参加してもしなくても……となるが、基本、皇宮が主催するパーティーに公爵家は参加する。お父様は意地でも参加させるだろう。体裁を保つために。保身と、権力と、名声を。
「お嬢様、ワインをお持ちしました」
「ありがとう。リーリエ」
いつものメイド服ではなく、パーティーにふさわしい装いのリーリエは、私の為にスパークリングワインを持ってきてくれた。お酒は得意な方ではないけれど、これは少し甘くて飲みやすい。香りもよくて、嫌なことを少しでも忘れるにはちょうど良いだろう。気を紛らわせなければやっていけない。
私は、リーリエから手渡しで貰い、グラスの縁に唇をつける。すると、リーリエは周りを見て、落ち着かないように口を開いた。
「皇太子殿下、戻ってきていないのですね」
「そうね。でも、殿下の事だし無事でしょう」
「い、一応、お嬢様の番様なのですが……」
「……殿下の強さを知っているから、何も不安じゃないってことよ」
「そうだったんですね! すみません、疑ってしまい」
まあ、半分嘘で、半分は本音なのだが。
今日の昼頃に戻ってくるはずだった殿下は、まだ帰ってきていないようで、どうやら和平交渉が長引いているらしい。冷戦状態とは言え、またいつ火ぶたが切られるか分からない状態。殿下のあの性格で、和平交渉なんて笑う話なのだが、下手なことをいえば再び戦争になりかねないだろう。だから慎重にいっているのか。
(きっと、苛立って帰ってくるでしょうね)
殿下の性格からして、長いこと同じ話題について話すのは苦手だと思う。それに、話の通じない相手と長いこと話すのも、殿下は好きではないはずだ。だからこそ、疲れた上にさらに苛立って、人を殺しそうな殺気を放って帰ってくるかも知れない。その時は、まあ慰めてあげないわけにも――
「お嬢様?」
「何でもないわ。リーリエ」
イーリスのところに行く可能性だってあるはずだ。何故私の元に帰ってくると思ったのだろうか。
「……っ」
「お、お嬢様!?」
「な、何でもないの。ちょっと思い出しただけ」
「もしかして、お酒の度数強かったですか? 水をお持ちしましょうか?」
「だ、大丈夫よ」
思い出したら、一気に沸騰してしまった。
彼が出発する前に私にいった脅迫のような言葉を。
(……帰ったら抱くって何よ。最近していなかったのに)
気分で私抱く彼に、私は飽き飽きしていた。私はものじゃないし、彼の性欲を発散させるための娼婦でもない。好きなときに抱くことができる都合のいい女ではないのに、彼に求められると拒めなかった。強引だからか、強烈だからか。でも、嫌な気はしなくて、始めもそうだったが相性がいいから、流されて、最後まで。
あんなに荒々しくて、女性を気遣う気ゼロみたいな雰囲気を醸し出しているくせに、私が気を失った後は後処理をしっかりとしてくれる。温かい羽毛を被せてくれて、身体も拭いてくれている。そして、起きたとき無邪気な、でも何処か馬鹿にしたみたいな笑顔で「おはよう、公女」なんて言って来て。
(……久しぶり、か)
別に寂しかったわけでも、抱いて欲しいわけでもないけれど、こう、間が開いてしまうと、久しぶりだと感じてしまうのは仕方がないことだ。それに、もし私達の間に愛が芽生えて正式に彼の元に嫁ぐことになったら、子供の事とかも――
そこまで考えて、私はグラスの縁を噛んだ。
あり得ない。妄想しても、愛が生れることはない。ただ、番で、ただそこにいたから私は抱かれているだけなんだ。都合のいい女なのだ、結局は。
あまり考えすぎもよくないと思い、テラスに出ようとリーリエに伝え、飲みかけのグラスを彼女にわたし、歩き出す。その間、やっぱり私に話し掛けてくる人はいなかったし、見るなり、ヒソヒソと何かを話し出す。良い気持ちはしなかった。遠くの方で、聖女様! なんて、注目を集めているだろうイーリスの気配を感じる。その隣には、ミステルがいるのだろうか。一応、彼女も来ているはずだし。
「あの、ロルベーア嬢」
「……誰かと思えば、クラウト子息じゃないですか。こんばんは。ミステル嬢とはぐれてしまったのですか?」
誰も声をかけてこないと思っていたのに、私に声をかけてきたのは、お父様の政敵の一家であるクラウトだった。上等な服に身を包み、髪の毛もいつも以上に綺麗にセットしてあった。サファイアの瞳は真っ直ぐと私を見ている。クラウトは私の返事に嫌な顔一つせず、口を開く。
面倒な人と会ってしまったと私は内心ため息をつくが、それは表情に出さずにこやかに対応する。正直、彼のこともよく知らないし、ミステルの婚約者ということあってあまり信用出来ないと思う。もしかしたら、私の弱みを握ってこようとしているのかも知れないし。殿下と番契約をしたあとの三家のお茶会の時だって、ミステルと一緒に私を笑っていたような男だから。それでも話しかけられてしまっては無視することは出来ないので、無難な受け答えをしなければと思うのだが……
「いえ、ミステルは聖女様といます」
「では、戻って差し上げたら? 婚約者は大切ですよ」
「そう、ですが。ロルベーア嬢は? 殿下は一緒じゃないのですか」
「はい。まだ、帰ってきていないようで。殿下も忙しい人ですから。でも、大丈夫ですよ。番なので、何処にいるか分かりますし、彼の安否は私がいち早く察知できますから」
話したくない、という意思を遠回りに伝えたのだが、クラウトは少し眉を曲げただけで、帰ろうとしなかった。どうやら、ミステルとは違うらしい。
何処かおどおどとしたような、でも、底知れぬものを感じると、私は距離を取る。番の本能か、他の男性を寄せ付けるなといっている。嫌な臭いと、うなじあたりが、熱くなる。まるで逃げろといっているようだった。
(大丈夫よ、害はないわ)
婚約者がいる男だし、殿下に比べるとひょろそうだから、そこまで力はないだろう。
私は笑顔を保ちつつ、用件は何だと圧迫するように彼を見る。彼は、ハッとしたようなかおをした後、視線を落とし、またそのサファイアの瞳を向けた。はっきりと、その瞳に自分が映っていて、そこに映っていた私は何処か不安そうで、寂しそうなかおをしていた。
(なんでこんな顔してるのよ……)
殿下がいないから? それとも、一人だから?
分からないけれど、私はこんなんじゃない。一人でも大丈夫だ、と前で組んだ手に力を入れる。
そんな私の気など知らないで、クラウトは意を決したように私にむかって言った。
「ロルベーア嬢。あの、少しお話しませんか」
27
お気に入りに追加
952
あなたにおすすめの小説
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!
なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」
信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。
私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。
「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」
「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」
「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」
妹と両親が、好き勝手に私を責める。
昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。
まるで、妹の召使のような半生だった。
ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。
彼を愛して、支え続けてきたのに……
「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」
夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。
もう、いいです。
「それなら、私が出て行きます」
……
「「「……え?」」」
予想をしていなかったのか、皆が固まっている。
でも、もう私の考えは変わらない。
撤回はしない、決意は固めた。
私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。
だから皆さん、もう関わらないでくださいね。
◇◇◇◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです。
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる