上 下
28 / 128
第1部3章

07 中途半端な愛情

しおりを挟む


「――聖女様に、お見送りして貰えばいいものの」
「来たか、公女」
「来たか……じゃありません。全く貴方は、まるで子供のようですね」
「公女こそ、拗ねた子供みたいじゃないか」


 いつもと服装が違うのは、これから敵国に出向くからだろう。服の下には防弾着を着ているのか、少し胸元が厚い気がする。また、帝国を象徴する白い太陽のような、純白の服に身を包み、その腰には剣を下げていた。戦場に行くわけでもないのに、かなり武装しているようにも思え、不安が募る。
 何でも、敵国の王族と直接話し合ってくるらしい。戦争をやめようと、簡単にまとめればそんな話を。
 しかし、出発時間になっても殿下は皇宮から出ようとせず、マルティンが話を聞いたところ、私に見送って貰うまではここを動かないといったらしい。本当に人騒がせな人だと思った。私が見送らなくても行けばいいのに。


「最近では、聖女様とよく一緒にいるようですが。何故私なのですか?」
「番に見送って貰えれば、やる気も出るだろう」
「番には何もそういった効果がないと言ったのは殿下ではないですか」
「気持ちの問題だ。公女はロマンチストではないのか?」
「では、殿下はロマンチストだと」
「まあ、見送りに来て貰えるだけ、俺は公女の嫌われていないということか――」


 ぼそぼそと殿下は何か呟き、パッとわざとらしく顔を明るくすれば、私の髪をすくい上げた。私の髪の毛が好きなら、切ってあげるというのに。これは、社交的な何かなのだろうか。貴族の……皇族の癖みたいな。
 どうでもいいけれど、他の女性といた男に触れられたくないとそう思ってしまう。心なしか殿下から、いつもはしない匂いがした気がした。そう、イーリスの纏っている温かな春の花の匂いのような。
 番は、本能的に、他の人の匂いをつけていると、気分や体調が悪くなるらしいから、私が心底腹が立っているのはそのせいだろう。いらないところに番の効果が出てこなくても良いのに、と私は舌打ちをしたくなる。けれど、そんな顔で殿下は見送られたくないのだろう。私だって嫌だ。


「見送りに来たので早くいって下さい。マルティンさんが困っていましたよ」
「彼奴はいつもそうだ。だが、公女を呼んできたことだけは賞賛に値するが」
「…………いいから早くいって下さい。大切な敵国視察、なんでしょ?」
「和平交渉だ、公女。まあ、上手くいくとは思っていないがな。これまで、暗殺者を送り、公女まで誘拐し強姦しようとした奴らだ。帝国に対しての恨みは底知れないだろうしな」
「そうですね」


 思い出したくないことを思い出させた。
 殿下はそんな敵意むき出しの国に行くのは怖くないのだろうか。護衛をどれだけ連れて行っても、隙が出来れば殺されるかも知れない。数で押されるかも知れない。彼は、恐怖を感じないのだろうか。私だったらそんなところにいきたくない。火の海に飛び込むような真似はしたくないのだ。


「怖くないのですか」
「怖くないか、そうだな、怖いかも知れないな」
「あっ、いえ……あの」


 思っていたことがそのまま口に出てしまい、私はしまったと顔を上げたが、殿下は、悟りを開いたような穏やかにも、寂しげにも見える顔でそう答えた。彼の真意が分からない。
 怖いなら逃げればいいのに――いや、逃げられない。だって彼は皇太子で、この国を背負っていかなければならない使命があるから。彼は逃げることができないのだ。
 それに比べ、私はヒロインと結ばれるかも知れない殿下を置いて逃げようとしていた。半年でも自由になろうと。浅ましいことこの上ない。


「もし帰って来れないようなことになれば、公女を未亡人にしてしまうからな」
「だ、誰が未亡人にですって!?」
「番なんだ、そういうことだろ?」


と、殿下はいつものように意地悪に笑う。

 確かに、番は他殺、自殺されると契約したまま片方が死んだことになって、再び誰かと番うことはできない。殿下のいっていることはあっているのだが、あまりにも飛躍しすぎている。


「心配するな、公女を一人残して死ぬことはない。公女はドンと構えていればいいさ」
「……殿下、お忘れのようですが、私達の寿命は残り半年ほどです。その間に、私達の間に愛が生れなければ共倒れですよ?」
「そんなことは知っている。だから公女、俺から離れていくな。残り時間が短いというのなら」
「噂に聞くのですが、聖女様が、殿下の呪いを解く方法を探しているそうですね。それも、もう少しで解明できそうだという所まで」


 私がそう言うと、それまで機嫌のよかった殿下の顔が無表情になる。それから小さく舌打ちをした。


「余計なことを」
「……やはりそうなんですね。でも、いいじゃないですか? 殿下は死ぬこともないでしょうし」
「公女はどうするつもりだ」
「呪いで死ぬのなら……殿下がこれまで殺してきた番と同じように殺して下さい。殿下を独り身にすることはできないですし、そうすれば、番契約も解除できます。ですから――」
「黙れ」


と、殿下は私の手首を思い切り押さえつけ、じっと目を覗き込んでくる。いつぞやもこんなことがあったな……と私はその真剣な瞳に射抜かれたように動けなくなりながら、頭の隅で思っていた。この瞳にとらわれると動けない。何もできないのだ。


「公女はいつもそうだな。俺に興味がないのか?」
「それは殿下も同じなのでは?」
「俺も同じ? ハッ、だったら公女の目は節穴だな。誰も、嫌いなヤツに見送りにこいとは言わないだろう」
「てっきり嫌がらせかと」
「……」
「殿下、痛いです。離してください」
「……嫌だといったら」
「私は暴力を振るう男が苦手です。この間の事もあってよりいっそ、乱暴にされると、自分はゴミ以下なんだと、そんな気持ちになります」


 私がそう言うと殿下は手を離し、また舌打ちをした。そういう所は素直でいいのだが、何故彼は私に構うのだろうか。
 殿下に捕まれた手首を触りながら、機嫌悪そうに髪の毛を掻きむしる殿下を見る。不満げな夕焼けの瞳を見ていると、こっちも苛立ちが募っていく。
 早く見捨てて、イーリスと仲を深めればいいのに。その方が……きっぱりと捨てられる方が気が楽なのに。こんな中途半端に私を繋ぎとめないで欲しい。私も期待を捨てきれないから。
 私達の間に重苦しい雰囲気が流れる中、慌ててやってきたマルティンが「殿下、そろそろ出発しなければ」と殿下に詰め寄る。殿下は私の方をちらりと見た後、渋々といった感じにその身を翻し、私に背中を向ける。見送りに来て欲しいと言ったくせに、見送りの言葉はいらないんだと、やはり彼の気まぐれだったかと、私も部屋に戻ることにした。


「公女――ロルベーア」
「……っ」
「行ってくる。帰ったら、覚悟しておけ」
「……な、何をですか」
「帰ったら抱くといっているんだ。分かったな」
「は……え……」
「番を、俺を見送れ。公女」


と、あまりにも強烈な言葉を吐いた後、呼び出した最大の目的を口にする男。

 足が止り、強制的に彼の方を見てしまう。夕焼けの瞳と目が合って、私はその場から動けなくなる。


「い、いってらっしゃい、ませ……殿下。お気を付けて」
「ああ」


 私が見送りの言葉をかければ、殿下はフッと笑って、馬車へと乗り込む。殿下が乗ったのを確認すれば、マルティンも御者台に駆け上がり、馬を走らせ始めた。
 その場に残された私は、彼に掴まれた手首をぎゅっと握りこみながら見えなくなっていく馬車を目で追いかけて――それから見えなくなってからも、私はその場から動けなかった。

 ああもう……どうして……いつもあの男は無遠慮にズカズカと入ってこようとするのだろうか。
 そして、そんな彼に期待している自分もいた。ジェットコースターみたいだ。こんなにかき乱すのは、後にも、先にも彼だけなのだろう。
 頬に手を当てなくとも分かるくらい、私の頬は熱で紅潮していた。


「……最低」

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...