一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第1部3章

06 考えるべき困難

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「お嬢様、もう何日もろくに食事を取っていないんじゃないですか?」
「お腹が減っていないから大丈夫よ」
「ですが……」
「……じゃあ、サンドイッチだけ貰おうかしら」
「はいっ、ではお持ちしますね」


 私の心配をしてくれるリーリエをここれ以上困らせたくなくて、サンドイッチをといったけれど、本当に正直お腹は空いていない。
 ヒロインであるイーリスと殿下の接触があってから、ずっとこの調子だ。もしかして、私は自分に勝算があると勘違いしていたのではないだろうか。心の何処かで、上手くいっている。殿下は私に興味を持ってくれているから大丈夫と、そう驕り高ぶっていたのではないだろうか。だったとしたら、私はとんでもない勘違い、大馬鹿野郎だ。


「はあ……」


 殿下と顔を合わせたくなくて、マルティンに頼み込み、離宮の方に移動させて貰ったけれど、もう狙われる心配がないのなら、公爵家に戻っても良いんじゃないかと思った。戻ったところで、そこにも地獄が広がっているし、逆に何故戻ってきたのかと問い詰められるかも知れない。イーリスは最近よく皇宮を訪れているみたいだし、その噂が広まれば私の立場は危うくなる。番という関係が、彼と私を唯一繋いでいると言ってもいいだろう。それがなければ、私は殿下と繋がりなどもてないただの公爵令嬢に成り下がるわけだ。
 でも、私と上手くいったとして、一年の間に彼が私を心から愛しているというその証拠が、愛という感情が生れなければ? そうなれば共倒れになってしまう。彼も彼で、皇帝陛下に、幼い頃から戦場に投げ出され、帝国のために身を粉にして戦ってきた。戦争がなくなれば良いと彼は言っていた。彼の身体の傷は、戦争があり続ける限り増えていくだろう。そんな彼には、戦争とは関係無いところで平和に、幸せになって欲しい。そんな願いも私の中にあった。

 私が、彼を幸せに出来るかといわれたら、確信を持って頷くことはできない。この曖昧さは、彼を一年……いや、もう半年ほどの寿命から救うことはできないだろう。私が彼の寿命を奪っているのと同じだ。
 私も同じ寿命で。でも、私があと半年で死ぬ命だと分かっていても、実感がなくて、死の恐怖よりも、彼が死ぬ方がよっぽど嫌だと思った。何故か分からない。いや、彼のことを思えばそうだ。幸せになるべきなのだ。彼は皇太子で、帝国の未来を――


「……」


 果たして私の本当の思いなのだろうか。ロルベーアの思考と混ざり合ってはいないか。
 私は、結局何がしたかったのか分からなくなってきた。一年しかない命を自由に生きたいとはじめは彼にいった。けれど、彼が私に構ってくるせいで、その自由に生きるという願いはすぐにも打ち砕かれ、消えていった。今更それをかき集めることもできないし、この指輪がある限り……番である限り彼は私の場所を特定して、私を追いかけてくるだろう。番を側に置いておかないと不安になるのだろうか。番というくらいだから……けれど、彼はそんな本能的な動物的なものは番契約には付与されていないといった。だったら遠くに逃げたら殿下は追いかけてこないのか――


「――アイン」
「お嬢様、サンドイッチをお持ちしました」
「ああ、ありがとう。リーリエ」
「お嬢様……」
「何?」


 私の前で、サンドイッチを食べやすいように用意しながら、リーリエは暗い顔で目を合わせようとしなかった。何か言いたげなかおをしているのに、それを言ったら私に申し訳ない、みたいなそんな感情が伝わってくる。
 予想はできているけれど。


「リーリエ」
「は、はい、何でしょうか。お嬢様」
「もしかして、殿下……何かあったの?」
「いえ。噂に聞いた話ですが、聖女様が最近頻繁に皇宮を出入りしていると。勿論、神殿で聖女としての責務を果たしているようなので、抜け出してきているわけではないそうですが。よく、隣で話しているところを目撃されているみたいで」
「そう……」
「お、お嬢様はそれでいいんですか!?」
「別に。殿下は気分屋なところがあるからね。私にはもう興味がないんじゃない?」
「で、ですが」


 リーリエは、それ以上言ったらいけないと思ったのか口を閉じた。賢明な子だと思う。だからこそ、あまり迷惑をかけたくないのだけれど。
 思った通り、物語は順調に進んでいっているようだった。イーリスが殿下に接触しているのは、多分、彼の呪いについて知るためだろう。イーリスは何故か、愛を知らなければ解けない殿下の呪いを解いてしまうとかいう規格外の存在であるから。それが、すぐにできるものではなく殿下の残り短い寿命のギリギリで見つけ出し、呪いを解除すると。そんな奇跡、ハッピーエンドを。


「私達はただの番。表むきには、番の方が婚約者よりも重い関係となっているけれど、愛し合っていない番は、結局は婚約者以下なのよ。面倒くさい制約があるだけで、特に何もそこにはない。それに、私も噂を聞いたのだけど、聖女様が、殿下の呪いを解く方法を探しているんですって? 賢明なことじゃない」
「お嬢様……」
「もし、殿下の呪いが解除されれば、殿下は生きながらえることができる。でも、その呪いの一端を受けた私は――」
「そんなのいけません、お嬢様!」


 リーリエは必死に私の手を掴み首を横に振った。
 彼女は私のメイドとしてはできすぎていると思う。ううん、ロルベーアのメイドとして……彼女はきっとロルベーアの支えだったんじゃないだろうか。悪女といわれても、支え続けたただ一人のメイド。


「いいのよ、別に。来世に期待すれば」
「お嬢様、ダメです。お嬢様」
「ありがとう、リーリエ」


 来世なんて信じていない。でも、転生があり得るのなら、来世だってもう一度期待してもいいんじゃないかと思った。
 リーリエの持ってきてくれたサンドイッチを口にして、大げさに「美味しい」と呟けば、リーリエは少しだけ笑顔になった。

 あと半年、それが私の寿命――


「すみません、ロルベーア様いらっしゃいますか」
「ええ、その声は、マルティンさん?」


 トントン、と少し激しく扉がノックされ、私はその声に耳を傾けた。どうやら、マルティンのようで慌てているらしい。もしかしたら、殿下絡みかも……そう思って断ろうとすれば、マルティンはリーリエに扉を開けて貰う前に、一言叫んだ。


「殿下の見送りに来て貰えませんか」
「殿下の、見送り?」


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