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第1部2章
10 救出
しおりを挟む「殿下ッ!」
喜びと、安堵と。色んな感情が混ざり合って、ぐちゃぐちゃになって、なんて叫べば良いか分からなかったけれど、彼を呼んだ。
安堵感は勿論あり、これで解放されるという喜びもあったのに、先ほどの恐怖からの一変に私は涙を流すことは出来なかった。心の中でプライドが許さなかったのか、泣くことはなく、ただ安堵の表情を彼に向け、ああ、見つけてくれたんだ、と胸が一杯になる。
殿下は、私を見ると、よかった、とほっとした顔をしたが、私を今にも襲おうとしていた男の姿を発見すると、真紅の髪を逆立て、険しい表情をして一気に駆けてきた。
「ぐぁっ!」
殿下は私を襲っていた男に剣を振るうと、躊躇なく剣を振り下ろす。男の顔から鮮血が飛び散り、彼は恐怖で顔をひきつらせながら怯えた顔をしたが、瞬時に怒りを露わにすると私に向けて拳を振り上げた。何で私に――!? と思ったが、彼の背後を殿下が捉えていた。
「……公女頭をあげるな」
ガッと鈍い音がして殴られそうになるも、ぎりぎりのところで殿下に助けてもらい私は今度こそホッとした表情になる。心配させたくなくって笑顔でいようと思ったが、それは無理で、殿下がスムーズに私の拘束をほどくのをただみているだけしかなかった。彼の服には、返り血のようなものがついており、私は思わず目をそらしてしまった。私を助けるために、見張りの男たちを切ったのだろう。私の為を思っての行動なのに、それすらも拒絶してしまうなんて、きっと殿下には私が酷い女に見えたに違いない。
しかし、そんな私の思いと裏腹に、彼は優しい声で「無事でよかった」と呟いた。その言葉が信じられなくて顔を上げれば、何処か申し訳なさそうに瞳を揺らしている殿下の顔がそこにあった。
「すまない、公女。遅れてしまった」
「遅れてしまったなんて、そんな……助けに来てくださったじゃないですか。それだけで、私は――」
「公女……」
自分でいっていて恥ずかしくなった。こんなの、勘違いしてしまいそうになる。
私は、酷いことを思ってしまったのに。それに気づいていないのか、それとも気づかないフリをしているのか。どちらでも。
私に触れる殿下の手が優しくて、温かくて、安心する。彼の左手には私から奪ったあの指輪がはめられており、それがキラリと光った気がした。殿下に触れられるだけで安心できるなんて、思いもしなかった。ただ少し、血なまぐさい。
本人も自覚があったようで、私の頬を撫でた後、すぐにその手を下ろし、剣を強く握り直した。そうして、残っている三人の男たちに剣を向ける。男二人は動揺を隠し切れていなかったが、黒髪の男だけは平然を装っていた。
「お前たちは先に逃げろ。ここで全滅しようものなら、復讐は果たせぬ」
黒髪の男がそう言うと、二人は目配せし、魔法石で転移してしまった。
彼の口ぶりからすると、見張りは殿下が全員斬り殺してしまったらしい。足下で転がっている、あの茶髪の男の遺体から私はサッとはなれる。殿下にも、下がっているよう言われ、ごつごつとした地面を裸足で踏みしめながら後ろに下がる。もしかしたら足の裏の皮がめくれてしまったかも知れない。
「ほう、仲間を逃がすとはかなり覚悟があるとみた。だが、だからといって手は抜かない。貴様も同罪だからな。どこの誰だか分からないが、俺の番に手を出した罪は重い――!」
殿下は剣を構えると、黒髪の男に斬りかかった。しかし彼は素早い動きで避け、間合いを取るように後ろに飛び退いた。そして何やら詠唱のようなものを唱えると、殿下の足下から岩の柱が飛び出した。それは針のように尖っており、避けなければ串刺しになっていたところだろう。
「魔法か――となると、貴様は帝国に滅ぼされたあの小国の生き残りか」
「忌々しい……ッ、番もろとも殺してやる」
殿下に煽られ、先ほどの余裕はなくなったのか、黒髪の男は魔法を繰り出してくる。その威力は、かなりのもので、洞くつの天井に当たっては、その天井が崩れてくるほどの威力だった。しかし、殿下の身体能力は高く、理性を失い魔法を乱発し続ける男の攻撃を避け、彼は一歩も引くことなく男を圧倒する。
対する彼は何故ここまでの力をもってして国を滅ぼされたのか不思議なくらいに強かった。やはり、奇襲をされたからか。生き残りは、今敵対している国に助けを求め転がり込み、そこで復讐の機会を狙っていたのだと。今回のこれは、やはり帝国側への宣戦布告のようにも思えた。殿下の呪いが解けなければ、一年以内に殿下は死ぬことになるし、それも含めて。
どれだけ壮絶な過去があったとしても、勿論帝国側も、その過去がなくなるわけではないが、復讐は何も産まないと思った。それに、私は巻き込まれたわけでもあるし……などと考えてしまう。殿下の番だったから起こった出来事。でも、殿下を責める気にはなれない。
でもそんなことより、今は自分の身を守ることが優先だと思った。だってすぐそこで、二人の熱い戦いが繰り広げられているのだから。
(こんなの見ていないでどこか隠れられる場所とかっ)
「きゃああっ」
「公女!?」
男の放った攻撃が天井を崩し、大きな岩が上から降ってくる。勿論それを避ける術もなく、私はその場で目を瞑った。しかし、幾ら経っても衝撃が来ない。それどころか、ふわりと身体が浮いた気がした。
「大丈夫か?」
「あっ……」
私を軽々と抱えながら立ち塞がるのは殿下だった。束の間の安堵、彼の肩から血が出ていることに気がついた。彼の髪の毛が赤いから気づくのに遅れたが、かなり出血しているように思える。
「殿下、か、肩が……」
「こんなのかすり傷だ。ツバでもつけとけば治るだろ」
「治るわけないじゃないですか! は、早く手当を」
「ああ、そうだな。時期にここも崩れるだろう。あれだけ、魔法をむやみやたらに打てば、洞くつが崩れるに決まっている。完全に見誤ったな、愚かだな」
と、殿下は不敵な笑みを浮べる。まるで、先ほどの男の死を確実だと言わんばかりに。その横顔が恐ろしかったが、彼は痛みで顔を歪めることもなく、懐から魔法石を取り出すと詠唱を唱えた。私達の足下にはあの黄金の魔方陣が浮かび上がり光に包まれていく。その瞬間、ガラガラと天井が崩れ始め、間一髪の所で私達の転移は成功した。その安心感からか、疲労からか、私は転移の途中で気を失ってしまった。気を失う最後まで、彼の血の臭いは消えず、少しの不安と、まだ残る恐怖を胸に意識を闇に手放した。
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