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第1部2章
09 恐怖の記憶
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見たところ四人だが、きっと誰か来ないか見張っている見張り番が三人ほどはいるだろう。甲冑は脱いでいるのか、その素顔は露わになっていた。生きて逃がす気はないのか、それとも逃亡手段があるのか、顔を見せても平気だと何処か彼らの中に余裕があるのだろう。念入りに練られた計画だからだろうか。彼らの中に余裕があるのは。
男たちは、私を取り囲むように立ちふさがると、手枷の紐がほどけていないことを確認すると目配せした。
殿下が到着するまでやられるわけにはいかないのだ。男たちに囲まれているだけでも、鼻を曲げたくなるような異臭に私は顔に皺が寄る。とくに異性に対しては、番がいる人間は反応してしまうのだろう。前まではこんなふうじゃなかった。といっても、ロルベーアの記憶からして、の話だから、ロルベーアが実は嗅覚過敏でした、という落ちも考えられる。しかし、今回は明らかに、異性として受け入れられない臭いがし、吐き気を覚えた。もし触れられたりでもしたらどうなるのだろうか。
(殿下が来るまで時間を稼がなきゃ……)
触れられたら、と考えると恐ろしく、彼らの目的や、ここに忍び込めたルート、それらを上手い具合に引き出して時間を稼ごうと思った。ここで得られた情報が、帝国のためにもなるかも知れない。そしたら、帝国の危機を救ったと、公爵家のためにもなるかもと。別に、お父様が怖いからとか、殿下がとか、帝国がとか、私にとってはどうでもよかった。でも、私の中に残っているロルベーアの思考がそうしろというのだ。気高く、そして誰にも劣らない美しい公女であれと。
「聞いているんだけど。貴方たちが私を誘拐した犯人かしら、と」
「こいつ、余裕があるようだな……早めにヤっちまうか」
「待て、こういうヤツは、じっくり痛めつけて分からせた方がいいだろう。貴族のお嬢様は、自分の置かれている状況が分からないらしい」
と、野蛮な考えを持つ茶髪の男と、それを制する黒髪の男が私に余裕の笑みを浮かべて、品定めするように見た。まるで自分たちは別格です、とでも言いたげな傲慢な態度に嫌気がさすが、バカを相手にする程私も堕ちてはいない。この二人の会話を聞けば聞くほど分かる。どうやら、貴族である私を痛めつけて自分たちの恐怖心を煽りたいらしい。
「でも、貴方たちが誘拐する人物を間違えているんじゃなくって?」
「はあ?」
「何故、そう思うんだ。ロルベーア・メルクール公爵令嬢」
黒髪の男は冷ややかな目で私を見る。名前を間違っていない限り、私を狙ったと言うことは分かる。でもこういうのって、ヒロインが狙われるのが鉄則じゃない? そして、ヒーローが助けにくるっていう……
でも、現実は違うようだった。けれど、本当に何かの手違いがあったとしたら。なくても、時間稼ぎにはなるだろうと、私は焦りを内側に閉じ込め話を続ける。
「ほら、最近帝国を救うとか言われている聖女が現われたじゃない。貴方たちにとって邪魔なのは、その聖女じゃない? 何故私なの? 私は聖女の保護者でもなければ、勿論聖女でもない……権力も傾きつつある公爵令嬢なのに」
「何言ってるか分からねえけど、間違ってねえぞ。俺達は、ロルベーア・メルクール公爵令嬢を攫い、襲えって命令されてる――」
茶髪の男がそう言いかけたとき、黒髪の男が彼の頭を殴りつけた。男は、痛そうに頭を抑えながら、すまんと言わんばかりに、黒髪の男に謝る。
やはり間違いではなかったみたいだった。
(となると、殿下の読みはあっているって事か……)
けれど、そうなると彼らに与えられるメリットは何だろうか。私が殿下の子供を産めなくなったくらいで、殿下が何かデメリットを負うわけでも無い。私が死んだところで、殿下が死ぬわけでもないのだし、公爵家への嫌がらせか、あるいは――
(でも、殿下が次に番契約をするか分からないし、番契約を切る方法は、番を殺す事だから……)
自死もできなければ、他殺も不可能だ。いや、そうなってしまった場合、番のいない契約だけが残された状況になるとか、ならないとか。もっとしっかりと調べておくべきだったと思ったが、少なくとも、彼らの目的が、私の殺害ではなく、私を強姦することにあるとするのなら、やはり私と殿下への嫌がらせなのだろう。殿下はどんな風に読んでいるか知らないけれど。
「まあ、どうせお前は今から廃人になるんだ。メルクール公爵令嬢。番の女性が、他の男と性行為をしたらどうなるか、知らないわけではないだろう」
「も、勿論ですけど……?」
「自分の置かれている状況、理解した方がいいぞ? まあ、同情はしてやろう。俺達に依頼してきた、性悪のあの方は、お前を死んだほうがマシだと思うくらいに痛めつけてれと仰っていた」
茶髪の男も、黒髪の男に同意するように頷く。それからジリジリと距離をつめてくる。逃げ場など泣く、そして裸足な上に、後ろは壁だった。すぐにトンと背中が当たり、逃げ場を失う。四人に囲まれれば、逃げられるはずもないのだが
(大丈夫……殿下が来てくれる)
それまで私が耐えればいいだけの話だ。そう思っているのに、距離が近付けば近付くほど、恐怖で身体がすくんだ。何をされるか分かっているからこその恐怖か、それとも、単純に彼らから匂う異臭のする悪臭に嫌悪感を感じているのか、分からなくなってきた。
「とっとと始めようぜ」
茶髪の男が黒髪の男へ急かすように言った。
(駄目だ……落ち着かなきゃ)
深呼吸をし、手をぎゅっと握りしめる。弱気になってどうすると心のなかで叱咤しながらも、嫌な汗が身体中から流れた。気持ちが悪い。気持ち悪いっ! そんな私を見てか、茶髪の男は私の顔を掴み、無理やり上に持ち上げると不気味な笑みを浮かべた。目が合う。その瞳には、邪気しか感じられなかった。
「今からこの可愛い顔がドロドロに歪むと思うとゾクゾクするぜ」
ゾクリとしたものが背中を這うように走った。すると茶髪の男は何を思ったのか私の手首をさわり始める。その行動は異様で、触られているだけだというのに、嫌悪感が一層増すのを感じた。
「やめてっ! いやッ……」
「チッ……暴れるなよ!」
と、怒りにまかせ私の銀色の髪を引っ張る男。その時、恐怖と過去の記憶が蘇ってきて、身体から血が抜けていくような感覚になった。
「あ、あ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。許して下さい」
「ああ? こいつ、いきなりどうしたんだ。そんなに怖いのか?」
「ごめんなさい、許して下さい」
「さっきのはただの強がりかよ。威勢のイイ奴を組み敷くもの好きだが、恐怖に歪んだヤツをさらに恐怖で叩き付けるのもそそるな」
男が舌なめずりしているのが分かった。
思い出した――思い出したくなかった。
前世では、男運に恵まれず、離婚し父親に引取られた私は、酒に溺れた父親からDVを受けていた。どうにか、父親のDVからバイトをしてお金を貯め、大学進学と共に父親と縁を切った。母親には謝られ、長い手続きを終え、母親の元で暮らすことになった私は、ようやく普通の大学生活が送れるようになった。そこで出会った一人の男性と恋に落ち、恋愛に発展していき、恋人になった。しかしその男性は、昔から私をストーカーしており、私と恋人になった途端家に連れ込み私を強姦した。離婚するまでは優しかった父親の豹変と、優しいと思っていた好きだった恋人の豹変に、私は男運がないな、と裏切られた気持ちで一杯になった。ただ見る目がないだけ、ついていないだけ……そう思い込むことにした。結局警察沙汰になるまで別れることはできず、これまでの精神的苦痛と、恋人のDVによって子供が産めない身体になり、私は少しの男性恐怖症になった。それでも、母親が支えてくれ、社会復帰にも貢献してくれたから私は生きていこうと思った。男に舐められない、自分で未来を切り拓いていけるようにと。
でも――
「あ、ああ……」
(怖い、嫌だ、助けて……また、またなの? 私は、また――)
また子供が産めない身体になってしまうことに対しての恐怖? それとも強姦される恐怖? 暴力を振るわれる恐怖? 恐怖という抱えきるには重すぎるものがのしかかってきて、私はそれらを頭で処理しきれなかった。舐められたらそこにつけ込まれると知っていながら私は恐怖で足がすくむ。私の足の間に割って入ってきた男を蹴り飛ばすこともできず、私はただ泣きじゃくりながらその男たちから目をそらすことしか出来なかった。
気持ち悪い、吐いてしまいたい。逃げたい、誰か、助けて――そう、心の中で強く、強く願えば、あの逞しく、そして低く、何処かからかうような……でも今は真剣な彼の声が響いた。
『公女――!』
「……っ」
彼の声が脳内に直接響いたとき、グラグラと地面が揺れだした。上から、パラパラと岩が落ちてきて、男たちも動揺して、何だ、と姿勢を低くする。すると、次の瞬間ドカ――――ンと、何かが崩れる音共に、足下に砂埃が雪崩のように吹き込んできた。
「公女ッ!」
「殿下!」
そこにいたのは、紛れもない真紅の彼。少し煤けた顔と、砂埃を被った服に、その片手には血濡れた剣が握られていた。そして彼の顔は私を見つけた安堵からすぐに怒りに変わり、彼を中心に憤怒のオーラが閃光のように広がった。
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