17 / 128
第1部2章
06 招かれぬお茶会
しおりを挟む「――本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。トラバント伯爵家のパティシエが腕によりをかけて作ったお菓子ですわ。皆様、今日は楽しんでいって下さいませ――……あら? ロルベーア嬢、お茶会に遅れてくるなんて、どこで油を売っていたのかしら」
「……お招きにあずかり、ありがとうございます。ミステル嬢」
明らかな敵意の瞳。ターコイズブルーの瞳が細められ、酷く鋭くなったそれは私に突き刺さる。ミステル・トラバント伯爵令嬢が私の存在に気づき、わざとらしく声を上げれば、その声と視線を辿り、先に来ていた令嬢たちが一気に私の方に視線を向ける。そして、それまで緊張していた顔を恐怖や軽蔑といった感情を混ぜ見つめてくる。たかだか、少しお茶会に遅れたくらいだろう。それでも、それがまるで罪だといわんばかりに彼女は私に高圧的な顔を向けてくる。罪人だ、認めろと。
(どうせ、仕組んでいたんでしょう)
既にお茶会の席は埋まっており、来ていないのは私だけといった所だろう。ということは、招待状に嘘の時間をかいて送った。分かってはいたものの、殿下の見送りで遅れてしまったこともあり、結局は間に合わなかった。本当にこしゃくな手を使ってくる、ずる賢い脇役だと思った。
彼女につられ、他の令嬢たちもヒソヒソと「あのメルクール公爵家の?」、「最近皇太子殿下と番契約をしたっていう?」、「お茶会に遅れてくるなんて何を考えているのかしら」と聞えるか聞えないかの声量で話す。生きた心地がしない。
何故そこまで嫌われるのか。ミステルの人心掌握術、彼女の顔の広さも要因の一つだろう。
私は空いている席に座り、ミステルのほうをちらりと見た。勝ち誇った笑みを浮べ、意地悪そうに、口元を私にだけみせるように覆って笑う。どっちが悪女だか分からない。
「すみません、殿下の見送りに時間がかかっていました。殿下が私を離してくれないもので」
そうわざとらしくいえば、周りの令嬢たちの興味は私に集中する。
「あの冷酷無慈悲な皇太子殿下が?」、「ロルベーア嬢ともうそんな関係に?」、「羨ましいわ」、「もしかして、あの指輪の噂は本当?」と。
(指輪の噂は、本当に出回っているのね……)
最悪。と思いつつも今回はそれが良い方向に動いてくれたことで、私は腹の煮を抑えることにした。視線をミステルに戻せば、彼女は悔しそうに爪を噛んでいる。やったらやり返さなくちゃ気が済まないと思った。ロルベーアはもしかしたらそんなことができなかったのかも知れない。お父様の言いつけを守って……でも、結局は我慢できずに癇癪を起こして、悪役令嬢の道まっしぐらに。
「あの、貴方が、ミステル様の仰っていた、ロルベーア様?」
「……っ」
りん、と鈴が鳴るような小さな声でそう言葉を発したのは、ミステルの隣に座っていたヒロイン――イーリスだった。
飴色の髪は光を受けて艶やかに七色の虹彩を放ち、黒い真珠の瞳は大きく見開かれ、ぱっちりとした二重に、長いまつげ、白い肌は陶器のようで毛穴もない。まるで生まれたての純粋無垢な天使のような少女がそこにいた。
(イーリス……)
彼女――聖女の保護者である、ミステルの隣に座っているのは予想がついたが、それまで気配を消していたのか全く気づかなかった。しかし、意識してからは、そこにいるという存在感が凄まじく、ヒロインオーラというか、人外オーラのようなものが周りに浮いているようだった。一応設定的には、異世界から来た聖女、であるからか。
私が彼女の愛らしさに見惚れていれば、返事がない私に困惑したのか、彼女の眉がハの字にまがっていく。そこで我に返った私は、ハッと、機嫌を損ねないように挨拶をする。
「初めまして、聖女イーリス様。ご紹介頂いているように、私は、ロルベーア・メルクールといいます」
淑女として笑みも忘れず、私は挨拶をする。イーリスの顔はすぐにでも花が咲いたようにパッと明るく戻り、パンと優しく手を鳴らした。
「ロルベーア様、私は、イーリスといいます。今は、ミステル様が私の保護者? として、貴族社会のことや、この世界のことを教えて下さっているんですよ」
と、純粋に返事を返してくれた。
噂通りの、優しくて純粋そうな子。さすがはヒロインといった感じだった。誰に対しても明るくて、優しくて、愛情があって。ロルベーアの怖そうな、不機嫌そうな顔とは真逆。まあ、ミステルの性根腐ってそうな顔ともまた違うけど。
イーリスの挨拶に答えれば、彼女は黒真珠の瞳を細めて私に微笑みを向ける。可愛らしいとは思うけれど、その笑顔で殿下を射止めようものなら……
(――って、これじゃあ、私が殿下を意識していることになるじゃない。こんな、嫉妬みたいな)
自分には合わないと思った。嫉妬も、殿下への気持ちなんてこれっぽっちもない。けれど、みすみす死にたくもない。色んな気持ちがぶつかって、絡まって気持ち悪かった。答えなんて出るはずのないそれに悩まされるくらいなら、きっぱりと割り切った方がいいのに。
「そうだったんですね。私も志願しようと思ったんですけど、残念です。ですが、ミステル嬢は社交界でも顔が広いですし、聖女様もすぐに馴染めると思いますよ」
「本当ですか!」
嬉しそうに立ち上がるイーリス。周りの令嬢たちは驚いていたけれど、まだまだ貴族の作法もマナーも知らない少女だから大目に見ているのだろう。ミステルは少し顔を引きつらせつつも、「聖女様、座って下さい」と促している。大変そうだなあ、志願しなくてよかったなあ、と今になって思う。
「そういえば、聖女様。この狩猟大会では、もしかしたら皇太子殿下から贈り物が貰えるかもしませんね」
「贈り物、ですか?」
話をころりと変えたのは、ミステルだった。何をわけの分からないことを言いだしたのかと思えば、狩猟大会の、男性から女性に獲物を捧げるあれのことらしい。しかし、殿下が聖女に贈り物をするなんてことあり得るのだろうか。
周りも少し困惑しているようで、「殿下には番のロルベーア様がいるのに?」、「番に贈るんじゃなくて?」と広がっていく。ミステルは、それを一蹴りするように、次のように続けた。
「番に捧げるのは勿論ですが、一番の獲物は聖女様でしょう。何て言ったって、聖女様は帝国を救ってくれる言わば太陽のような存在なんですから。私達、御三家、星ではなく、皇族という恒星に並び立つ二つ目の太陽と言ったところでしょう。ですから、殿下が、聖女様に獲物を捧げるのは確実なのでは?」
と、ミステルは演説した。それを聴いて、すぐに考えを改める令嬢たちは口々に賛同していた。
勿論、私はそんなことは全くなく、まず第一にイーリスが獲物を殿下から捧げて貰えることはないだろうと思った。いや、そうしなければならない流れになったら、殿下は自分の立場を優先するのではないかとは思うけれど。殿下も、皇太子として、聖女の存在のありがたみというか、存在の大きさは知っているだろうから。そうなったら、婚約者よりも、番よりも、聖女を優先するだろう。
(何か、嫌な予感がするわ……)
言っていることはめちゃくちゃな気がするのに、整合性があって、納得してしまいそうになる。それに、ミステルの表情に余裕があってそれが正しいと言っているようでならない。
もしかしたら私は、心の何処かで、殿下から獲物が貰えるものだと思っていたのかも知れない。だから、この話を聞いて――
「殿下から獲物を貰えるのは、ロルベーア様じゃないんですか?」
「え?」
そんな意見がまとまってきた中、イーリスの何気ない一言で場が静まりかえった。私も思わず、え? と驚いて彼女を見てしまう。
「ええっと、ミステル様が番は婚約者よりも重くて、大切だと仰っていたので、婚約者でも、番でもない私に皇太子殿下が、贈り物を……というのは何だか違う気がして」
「いいえ、聖女様。婚約者よりも、番よりも、聖女様の方が位が高いのです。位の高い女性に贈るのが鉄則なんですよ。ねえ、皆様」
と、ミステルは呼びかける。令嬢たちは、おずっとした感じで頷き、ミステルは、イーリスを説得しようとした。しかしイーリスは納得できていないような顔で首を傾げている。そして、その黒真珠の瞳は私に向けられた。
「皇太子殿下の番の、ロルベーア様はどう思いますか?」
「私……?」
スッと何処かを見据えたような、その黒真珠の瞳は私にどうなんだ、と強く問いかけてきた。
ヒロインの目に射貫かれ、私はゴクリと固唾をのみ、渇き張り付く喉を開いて、口を開く。
「私は――」
26
お気に入りに追加
957
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる