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第1部2章
04 狩猟大会
しおりを挟むその日は盛大に晴れ、こなくていいと願った狩猟大会が始まった。
(人が多いわね……そんなに、狩りが面白いの?)
動物を狩ることを競技のようにするなんて、私のいた時代では考えられないのだけど、この世界の貴族たちの中で、狩りは娯楽であり、伝統なのだろう。
殿下は一位を取り、獲物をプレゼントすると意気込んでいたが、私は別に狩りに興味がなかったし、行くつもりもなかった。しかし、公爵家はもちろん強制参加。貴族の長は基本全員参加らしく、お父様も前々からこの狩りの準備をしていたようだった。基本は、弓か剣である。個人的な狩りであれば罠を仕掛けることは可能だが、今回は競技ということで、弓と剣の腕で競い合うらしい。まあ、罠なんて仕掛けて他の人が引っかかったら大変なことになる、という理由もあるんだろうけれど、狩りになれている人が罠にかかるかといったらそれも違うと思った。
何にしろ、貴族令嬢たちは、大会の敷地内に設置してあるコテージや、天幕で男性たちが帰ってくるのを待っているしかない。お茶会を開き、誰が優勝するかなど、世間話をする。大方話題は、狩猟大会のことらしいのだが、恋バナや噂話が好きな令嬢たちはすぐそちらに話題が流れるという。当然といえば当然で、貴族令嬢たちにとって結婚は一族の繁栄や、女性としての名誉でもある。ちなみに、この狩り大会で成績を残せなかった男性は女性陣に大変見下されるらしい。婚約を申し込んでも嫌がられるのだとか。それほどまでに、この狩猟大会は貴族男性にとってはとても重要な己の価値を存在する場でもある。
(くだらない……)
令嬢たちは楽しげに話しているが、私はと言うとほとんど一人である。というよりも、私に近付いてこようとする人がいないのだ。目を合わせるとサッと逃げていってしまう。睨んでいるとでも思われたのだろうか。悪役令嬢の名はダテじゃないな、と何処か感動のようなものも覚え、私は一人大人しくしていた。
お父様が出発前に、くれぐれも騒ぎだけは起こすな、と釘を刺してきた。あれほど、殿下との番契約を喜んでいたくせに、手のひらの返しよう。もしかしたら、聖女の保護者になれなかったことを未だに悔やんでいるのかも知れない。それと、殿下の呪いが解けないことに失望しているのかも。何にしろ、ロルベーアが、お父様の操り人形のように扱われていることだけわかり、気が重くなった。貴族は生き残るために大変だ、と他人事のように思いながらため息をつく。
「お嬢様、どうしたんですか?」
「ああ、リーリエ。何でもないの。ちょっと考え事を」
「今年は、例年よりも多く動物を首領エリアに放ったそうです。何でも、聖女様が現われたので今年の狩猟大会は盛大にと」
「そう」
日傘を持ってきてくれたリーリエにお礼を言い、彼女の言葉に耳を傾ける。
今年は、といわれても去年の事なんてさっぱり知らないのだから、どう答えれば良いか分からなかった。でも、予言の聖女が現われたことで、帝国内が浮ついているのだけは分かった。この狩猟大会にも、見学者として参加するみたいだし。
(ということは、ミステルと一緒にいるのね。あまり関わらないようにしないと)
ヒロインの顔はまだみたことがなかった。けれど、出会ったら一発で分かる容姿をしているんだろうと思う。私が出来ることは、開かれるだろうお茶会中に騒ぎを起こさず、殿下とヒロインを会わせないこと。簡単だと思うが、物語通りになるなら分からない。何かの拍子に……ということも考えられる。
「そういえば、お嬢様、あの指輪はしっかりしているんですね」
「え、ええ……」
「お嬢様から渡したと聞きました! 皇太子殿下が自慢していたので」
「で、殿下が!?」
リーリエが、目を輝かせて言うので、私は驚いて声を上げてしまった。すると、先ほどまで私の事なんて気にも留めていなかった人達の視線が一気に集中する。注目を集めてしまったことで、お父様のあの冷たい目を思い出し、口元を覆う。大人しくしてろという圧の目……まるで脅迫のようだった。
こほんと、咳払いして、私はリーリエに耳打ちする。
「で、殿下が……? それって、本当なの?」
「はい! 番からの指輪なのだと言いふらしていたそうですが」
「な、なんで……」
「よほど嬉しかったんじゃないですか? お嬢様も、指輪をしていることですし、お二人はすでに両思いなのですね!」
「違うから……はあ。新手の嫌がらせね」
また、何でそんなことを言いふらすのだろうか。殿下からは、愛とか恋とかいった感情が感じられない。私も、そんな感情に形があり、それが浮き出てくるとまでは思っていないが、あの殿下が、喜びのあまり周りに言いふらすような性格かと言われたら、違うと思う。だから、これは嫌がらせではないかと。まさか、噂を広げて、私が殿下にゾッコンなのでは? と周りに思わせようとしているのだろうか。外堀を埋めようとしている……そんな気がする。理由は分からないが。
はあ……とため息をつきつつ、私は左手にはめてある指輪を見た。彼の髪のような真紅の宝石が埋め込まれている。これは、単なる宝石じゃなくて、魔法石で、相手の位置が分かるような魔法がかけられているのだ。だからペアリング。番なら必要ないはずだが、私達は心が通じ合っていない番。だからこそ、お互いの位置を知るには、この指輪が必要なのだ。
(私は必要ないのだけど……)
でも、これを外したら、後々殿下に小言を言われそうだったので黙ってはめていることにした。そうしている間に、殿下がそんなことを言いふらしていたなんて、思いもしなかった。
これは後で会ったらきつく言わないといけない。余計なことはいわないでと。あの殿下が素直に聞いてくれるとは思わないけれど。
そんなことを悶々と考えていると、軽快なラッパの音が鳴り響き、令嬢たちがわらわらと移動を始めた。
「何?」
「狩猟大会が始まる合図ですよ。今から数分の間、狩りに行く殿方に挨拶をしにいくんですよ。お嬢様も行きましょ?」
「な、何で私も?」
「決まってるじゃないですか、皇太子殿下に」
「えぇ……」
行かなきゃ駄目? という顔をしたら、勿論、とリーリエは目で返してきた。逃げられそうにないし、行くしかないと、私は覚悟を決める。日傘をギリギリまで顔に近づけ、周りから見えないようにと歩く。道中、馬に乗った貴族男性に令嬢たちが手向けの言葉を贈るのを見かける。
(何でこんな社交的なことしなくちゃいけないのよ……)
そうこうしているうちに、私の視界には、藍色の髪の令嬢がうつり、ピタリと足を止めた。そこには、黒馬を連れたクラウトもいて、仲慎ましく話していた。二人は婚約者同士だし、当然といえば当然だろう。本来、婚約者よりも優遇視、重要視される番である私達がああでなければならないのに、全くときめきも、キュンキュンもない関係にある。日傘の間から彼らを見ていれば、クラウトの視線がふとこちらを見た。目が合ったのではないかとサッと隠そうとすると、ミステルが、クラウトの頬にキスをし、クラウトの視線はすぐにミステルに戻った。今のは見間違いだろうと、クラウトと目が合うわけがない、距離が離れているんだから、と言い聞かせ、私は殿下を探した。序列順に並んでいるはずなのに、先頭に殿下がいないのだ。あれほど、参加して一位を取ってくると啖呵を切ったのに、不参加ということがあり得るのだろうか。まあ、それならそれで、ヒロインとの接触も防げていいのだけど……と、思っていると、後ろから聞き慣れた声で、呼ばれてしまう。
「公女」
「……っ、殿下」
振返るとそこには真紅の彼がいた。木漏れ日のカーテンが、彼の彼を照らし、まるで森には二人だけのような、そんな錯覚さえした。
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