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第1部2章

02 余計な気遣い

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「ええ、もうとっくに」
「そうか。それは残念だ。で、誰が聖女の保護者になったんだ」
「トラバント伯爵家ですよ。自ら志願しました」


 テスト範囲を聞いていなかったから教えてくれ、というような態度で殿下は会議の内容を私に聞いてきた。何故出席しなかったのか、その理由を話さず、私にばかり聞いてくるので腹が立った。こういうときは、何があったから出席できなかったとかいうのが常識なんじゃないだろうか。ああ、この男に常識を求めても無駄だと、すぐに自分の考えを改め、私はため息をついた。


「まさか、公女も志願したのか?」
「え? いえ、志願していませんが。ああ、このため息はお気になさらず、いつもの事なので」
「……公女じゃなくとも、メルクール公爵は志願すると思っていたんだがな。公女がいうように権力が傾いているというのなら、聖女を保護しているという肩書きは欲しいだろうし……ふむ」
「何勝手に思考して納得しているんですか」
「いや、俺的にはよかったと思っている。公女の家が聖女を保護することになったのなら、会いに行くのが難しくなるだろうと思ったからな」
「は、はい!? そもそも、まだ一度しか公爵家に来ていませんよね? 来るつもりだったんですか」
「何を驚いているんだ。番に会いに行くのは至極当たり前の事なんじゃないか?」


と、殿下はいつもの調子でいってくる。この男と話していると頭が痛い、と額を抑えようとしたとき、ツキンと左手首に痛みが走った。


「……っ」
「どうした、公女」
「いえ。何も……」
「手首をみせてみろ」
「あの、大丈夫なので……痛いっ」


 有無を言わせず殿下は私の左手をとった。そこは先ほどお父様に強く掴まれたせいで、赤くなっていた部分だ。よりによってこの男に……と思わず手を引いたが、勿論彼が許してくれるはずもなく。大人しくしろというような目で睨まれた。彼はその赤い部分を自分の親指でそっとなでると「誰がこんなことを……」と眉を寄せた。


「誰にやられた?」
「別に。殿下には関係無いです」
「言え。誰にだ」


と、今度は語尾を強く言われ、思わず身体が反応してしまった。何故そんなに必死になるのか私には分からず、首を傾げながら私は口を開く。


「お、お父様にですけど」
「何故、メルクール公爵が?」
「私も志願しようと思ったんですけど、お父様に止められて。トラバント伯爵家が志願したので、きっと勝てないと思ったんでしょうね。シュテルン侯爵家はトラバント伯爵家の令嬢と婚約関係ですし。はじめからそういうつもりだったんでしょう。私達には分が悪かった。皇帝陛下のいる前で、悪目立ちはしたくないですから」
「公女はいつもそうなのか?」
「何の話か分かりませんけど、いい加減離してください。痛いです」
「……親の道具か……ハッ、公女も可哀相だな」
「誰が可哀相だと! ちょっと、どこに連れて行くんですか」
「医務室だ。俺の主治医に診せる」


 殿下はそう言うと、私をひきずって医務室がある廊下に向かった。別にたいした怪我をしたわけじゃないのにと思いながらも私は大人しく連れて行かれた。この男は言い出すと止らないから。下手に抵抗して、悪化したらまずいと思ったからだ。でも、こんな所を誰かに見られたら――?  しかし、そんな心配は杞憂に終わったようで誰も通ることはなく医務室に着いた。
 私の手首を見てくれたのは中年の優しそうな医者で、日にち薬にはなるが、と薬を塗って包帯を巻いてくれた。おかげで、あの番紋章は隠れてくれた。


「ありがとうございます」


と、お礼を言って頭を下げると、私の治療が終わるのを待っていた殿下がフッと微笑んだ。まるで自分が手当てしたようなその顔にまたイラついたが、今回ばかりは感謝の言葉でも述べようと思った。


「殿下もありがとうございます」
「珍しいな、公女から感謝の言葉が飛び出すなんて」
「私のことなんだと思っているんですか。それに、一応これでも心から感謝しているんですから素直に受け取って下さい」
「素直じゃないのは公女の方では?」


 なんて、先ほどとは打って変わって、また私を煽るような言葉を吐く男に呆れてものもいえなかった。感謝の言葉を口にした私が馬鹿みたいだと。
 それから医務室を出て、皇宮の廊下を縦に並んで歩く。私が少しでも距離を取れば、足を止め、歩幅を変え、近付いてくる。それもまた面倒くさかったので、足を止めて先ほどの事を聞いてみることにした。


「殿下は何故会議に出席しなかったんですか」
「ああ、そういえばそうだったな」
「そういえばって……会議に出席することになるだろうなといったのは殿下ではありませんか。なのに、殿下はいなくて」
「寂しかったのか。それならそうと――」
「違います」
「冷たいなあ」


 こんな時までちゃかしてくるなんて酷い。そう思ったが、何を言っても無駄だということは知っている
 私は気を取り直して何故だと殿下に詰め寄れば、殿下は少しだけ丸くした後、意味ありげな様子で顎に手を当てた。


「そんなに気になるのか」
「まだいいますか。理由を聞くのは、そんなにいけない事なのですか」
「番だからか」
「答えて下さい」
「ようやく俺に興味を持ってくれたと思ったのに、違うのか……」
「何か言いましたか?」
「いや? 何も言っていない。そうだな、俺も会議に出席する予定だった。だが、父上が取り仕切ることになっていたし、俺は別件で」


 別件、と言った後、殿下は何故か私の顔を覗き込んできた。私の顔に何かついているのではないかと不安になるからやめて欲しい。それに、こんなふうに途中で着られては、気になってしまうだろう。


「別件って何ですか?」
「会ってきたんだ。いや、会わされたという方が正しいか――聖女に」
「……え」


 ドクンと心臓が脈打つ。その嫌な脈打ち方に、また血がさああと引いていくような感覚を覚え、私は目の前が真っ暗になった。
 物語が変わった、ヒロインから殿下を突き放すことができた、そう思っていたのに。殿下は既にヒロインと会っていたと。それだけじゃない、私が一番衝撃を受けているのは、自分自身だった。


(何で、こんなに焦っているの? 傷ついているの? これは、決められた物語じゃない)


 何故か、殿下がヒロインに取られるのではないか、そんな想像をしてしまった自分が一番理解できなかった。


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