上 下
6 / 128
第1部1章

05 お茶会の茶番劇

しおりを挟む



「皇太子殿下との番契約は無事すんだようですね。ロルベーア嬢」
「私達とのお茶会に参加できるっていうことは、そこまで殿下に興味を持たれていないんじゃなくって?」
「…………お茶が美味しいですね。クラウト・シュテルン侯爵子息、ミステル・トラバント伯爵令嬢」
「ロルベーア嬢、会わない間に何かありましたか?」


 黄色い薔薇が咲き乱れる庭は、シュテルン侯爵家の家紋でもある。丸いテーブルを囲むようにして、私、この家の子息、クラウト・シュテルン侯爵子息、その婚約者ミステル・トラバント伯爵令嬢が座っていた。二人は席が近く、私に見せつけるように肩を寄せ合っている。
 我が家の政敵である二つの家は、婚約関係になる事で手を結び公爵家を潰そうと目論んでいる。それに巻き込まれて、私は後ろ盾をと、皇族……すなわち、殿下と番契約を結ぶことになったのだけど。婚約関係よりも、番関係の方が重いため、私と殿下が将来結ばれるのは確定だと帝国中に広まっているのだろう。私達が生きていれば、の話だが。
 優しい笑みを浮べつつも何処か私を馬鹿にしているクラウトは、何かを探るようなサファイアの瞳で私を見てきて、耳に黒い髪をかけ直す。ロルベーアの記憶から、彼は直接手は出してこないものの、ロルベーアの行く先々にあらわれたという。婚約者をいながら他の女性を付きまとっていたということになるが、きっとそれは私の監視のためだろう。
 そして、その隣に座っているミステルは、優雅にお茶を飲みながら、藍色の髪に巷で人気のアクセサリーをつけ、女としての魅力をアピールしていた。私に見せつけるように何度も足を組み直しているあたりが可愛らしいとはいえないのだが。


「本当に何もないの?」
「何もとは何のことでしょうか」
「……貴方の家もよくやるわ。私達が婚約関係になったっていったら、すぐに行動しちゃって。あの皇太子殿下と番契約だなんて。でも、ロルベーア様にとってはよかったのかも知れませんわね。高貴な方と番になれて。でも、その代り、寿命が一年になっちゃったなんて可哀相に」


 フフフ、とわざとらしく笑うと、ミステルは紅茶に口をつける。まるで自分の方が幸せだと、そうアピールしてきているようだった。その隣で、クラウトも先ほどよりも口角を上げて笑っている。
 ロルベーアはきっとこの二人に日頃からこんな風な嫌がらせを受けていたんだろう。私ですら、腹立たしいのに、無償に身体が帰ろううと、立ち上がろうとしていたのだ。
 三家は均衡を保ってきたはず。けれど、今は違う。互いの家をつぶさんと躍起になっているのだ。
 ミステルとクラウトは上手くいっているかも知れない。でも、ロルベーアは? 周りから見れば、愛も涙も何もない皇太子の番にさせられて、一年の間に愛が育まれなければ死亡するそんな状況下に立たされて。自分の父親には、道具として利用されて……ロルベーアは何を思っていたのだろうか。だから、殿下に縋るしかなかったのだろうか。何としてでも彼の気を引いて……いや、愛されようとしていたのかも知れない。


(くだらない……)


 ロルベーアは賢かったはずなのだ。だから、もっとやり方があった。番契約を結ぶ前に逃げることだってできた。でもそれをしなかったのは、彼女にプライドがあったからだろう。皇太子の番になるということは前々から告知されて、噂として広まっていたはずだ。それを拒絶することはできなかった。
 私は、紅茶にうつる自分の顔を見つめていた。アメジストの瞳に、プラチナブロンドの髪。誰もが羨む美貌を持ちながら何も手に入らなかった少女……


「いいえ。殿下は私に興味を持っていますから、安心して下さい」
「なっ」


 カチャンと、ソーサーにコップが当たる音がする。動揺したのはミステルの方だった。ロルベーアよりも位が二つも下な彼女は、クラウトを味方につけないと、ロルベーアに突っかかってこれない。今でこそ、婚約者がいる幸せな令嬢として振る舞えるが、クラウトがいなければ、周りに人がいなければ彼女は何も出来ないはずなのだ。こういう女は自分に味方をつけなければ強がれない悲しい人間だから。
 ロルベーアはこんな女に腹を立てていたのか。そして癇癪を起こしてあたり散らかして、それが悪い風に社交界に広がっていったんだろう。でも私は違う。


「それと、変な噂を流すのはやめてくださるかしら。殿下が、私は他の男性と肉体関係を持っているのではないかと疑ってきて……まあ、そのおかげで、殿下と熱い夜を過ごせたんですけど。感謝しますよ、ミステル嬢」
「な、なあっ!?」


 顔を真っ赤にしたミステルは、持っていたコップを落とした。パリンと、音が響く。しまった、とミステルは割れたコップを見たが、クラウトが大丈夫だと彼女を宥め、席に座らせた。貴族令嬢がこれくらいで取り乱していてはみっともないからだ。教養はあるはずだが、そのレベルが違うのだろう。
 ミステルはぷるぷると震えながら、私の方を睨み付けてきた。ターコイズブルーの瞳には少し涙がたまっているように見える。クラウトとはまだそういう関係ではないのだろう。まあ、分かっていてその話をしたのだけど。自分はそういう知識がありますよ、という雰囲気を醸し出しながらも実際はそんなことなく、彼女は男性の身体すら見慣れていないのだ。しかし、後々、クラウトとそういう関係になっていく。婚約者だから当たり前といえば、当たり前なのかも知れないけれど。
 そんなミステルをよそに、クラウトは顔を赤らめながらも咳払いして私の方を見た。


「あの皇太子殿下がですか?」
「あの、とは、どの、かは分かりませんが。ええ、そうですよ。それが何か?」
「……皇太子殿下は、血も涙もないようなお方です。ここでしか言えませんが……でも、帝国民は皆そう思っているはずです。殿下は、女性になど興味がない。番になった女性が、これまでにどれだけ命を落してきたと」
「単純に相性が悪かっただけじゃないでしょうか。そんなに驚くことですか?」
「……ロルベーア嬢」


 何故、クラウトがそこまで突っかかってくるのか分からなかった。けれど、彼には関係無いことだろう。それとも、私と殿下にそういうことがあっちゃ不味いというのだろうか。まあ、私と殿下が結ばれれば、伯爵家と婚約を結んだ意味があまりなくなってしまう……というのは分かるが。
 クラウトは、拳を振るわせながら何故か悔しそうに私を睨んでくる。私が喧嘩を売っているように見えたのかも知れない。けれど、私にだってそれは一理あるのだ。


「何? クラウト子息」
「……ロルベーア嬢のことを思って言っているのです。殿下は貴方を弄んでいるだけ。き、きっとそこに愛などないです」
「知ってるわよ」
「え?」


 彼は間抜けな顔で私を見た。
 私のことを心配している? 婚約者がいる前でそれをいったら、婚約者が妬くんじゃない? と、私はミステルの方を見た。ミステルは、これでもかというくらい顔を赤くして、私を睨んでいた。そういうこと、と私はクラウトを再度見て立ち上がった。


「ろ、ロルベーア嬢!」
「お茶が美味しくないから帰るわ。ごきげんよう」


 後ろからミステルのすすり泣く声や、それを宥めるクラウトの声が聞えたが私は無視をして歩き続けた。ロルベーアは、あんな取るに足りない二人に苦しめられていたのだろうか。いや、あれは一つの要因に過ぎないだろう。
 あんな茶番をみせられて心底呆れていたのかも知れない。


「……愛なんてないことくらい、知ってるのよ」


 あの真紅の彼が頭をよぎる。馬鹿みたいに、印象的で、頭からちっとも離れてくれない。けれど、思えば思うだけ無駄なのだ、と私はクラウトの言葉を思い出し、馬車に乗り込んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【完結】お前を愛することはないとも言い切れない――そう言われ続けたキープの番は本物を見限り国を出る

堀 和三盆
恋愛
「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」  デビュタントを迎えた令嬢達との対面の後。一人一人にそう告げていく若き竜王――ヴァール。  彼は新興国である新獣人国の国王だ。  新獣人国で毎年行われるデビュタントを兼ねた成人の儀。貴族、平民を問わず年頃になると新獣人国の未婚の娘は集められ、国王に番の判定をしてもらう。国王の番ではないというお墨付きを貰えて、ようやく新獣人国の娘たちは成人と認められ、結婚をすることができるのだ。  過去、国の為に人間との政略結婚を強いられてきた王族は番感知能力が弱いため、この制度が取り入れられた。  しかし、他種族国家である新獣人国。500年を生きると言われる竜人の国王を始めとして、種族によって寿命も違うし体の成長には個人差がある。成長が遅く、判別がつかない者は特例として翌年の判別に再び回される。それが、キープの者達だ。大抵は翌年のデビュタントで判別がつくのだが――一人だけ、十年近く保留の者がいた。  先祖返りの竜人であるリベルタ・アシュランス伯爵令嬢。  新獣人国の成人年齢は16歳。既に25歳を過ぎているのに、リベルタはいわゆるキープのままだった。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」  信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。  私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。 「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」 「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」 「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」  妹と両親が、好き勝手に私を責める。  昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。  まるで、妹の召使のような半生だった。  ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。  彼を愛して、支え続けてきたのに…… 「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」  夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。  もう、いいです。 「それなら、私が出て行きます」  …… 「「「……え?」」」  予想をしていなかったのか、皆が固まっている。  でも、もう私の考えは変わらない。  撤回はしない、決意は固めた。  私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。  だから皆さん、もう関わらないでくださいね。    ◇◇◇◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです。

処理中です...