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第1部1章

02 暴君な番様

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「随分と、青々としているんだな」
「公爵家にくるのは初めてでしたね」
「そうだな。勝手に、上が番なんてものを見つけて、押しつけてきたからな。公女のことは何も知らない」
「そうですか」
「お前は、俺と番になれて嬉しいんじゃないのか?」


 全く。
 なんて言葉に出すのも怖くて言えなかった。呪われた皇太子、そして、血の皇太子。そう言われるほど、彼は冷酷無慈悲で、気に入らないことがあればすぐに剣を抜くタイプの人間だった。女子供にも容赦無くて、暴君の名を連ねるだけあって……現実にいたら一番関わりたくない人間だ。だからこそ、よくそんなヒーローに恋に落ちて助けようとするもんだと、ヒロインと、この小説の作者を誉めたくなる。番契約っていう設定を使いたかったんだろうけれど、それにしても、こんな男の何処を好きになるのかというくらい、いいところがないそんな男。
 ロルべーアも、よくこの男が自分に釣り合うと思ったものだと思う。私だったら願い下げ。それも、呪いを受けることになるし。どうせ、地位目当てだったんだろう。顔は……別に悪くないけど。


「はあ……」
「ため息とは。そんなに、俺と会えたのが嬉しいのか公女」
「……」
「無視はよくないと思うぞ? 公女。番に対して」
「どうせ、貴方には私の気持ちなんて分かりません。それに、ため息をついて会えたのが嬉しいと思えるのは殿下ぐらいだと思いますが?」


 皮肉だった。気を悪くして帰れば良いのに……そう思いながらも、彼は肩をすくめるばかりだった。それが、愉快だなあと楽しんでいるようにも見えた。失敗したかも知れない。


「公女は恥ずかしがり屋なんだな」
「……」


 私は、殿下の言葉を無視して歩くことにした。青薔薇を見れば少しは気分が落ち着くと思った。
 青薔薇が咲き乱れる庭園は、ちょっと気に入っていた。でもダメだ。やっぱり、この男と歩きたいとは思えない。それに、さっきから鬱陶しいといわんばかりに目を細めている。真紅の彼が、真っ青に囲まれているのだから。


「どうして、私なんかが番なのでしょうね」
「公女から名乗り出たと、俺は聞いたが?」
「そう」


 お父様が、勝手にそう言ったのだろう、と私は足を止める。本当に、娘を政治の道具としか思っていない男には呆れてものも言えない。まあ、娘に手をあげないだけマシというべきか。
 どっちにしろ、生き地獄じゃないかと。ロルベーアはそう思っていなかったかも知れないけれど、父親に利用されるだけの人生なんてごめんだ。


「殿下もよく了承しましたね。私なんかと嫌だったでしょうに」
「さっきも言っただろ? 嫌でも、押しつけられたと。どうやら、俺の寿命はあと一年らしい」


(らしいって……)


 まるで、自分の生死に興味がない言い方に、私は違和感を覚えた。戦場にいすぎて、命の重みも忘れてしまったのだろう、可哀相に。同情は出来ないが、彼が今の性格になった理由は何となく分かって、仕方がないことなのかも知れないと思った。相手をするかどうかは別だが。
 だからこそ、呪いに対してもさほど恐れを抱いていないのだろう。けれど、これまで彼の番になった女性側は違う。彼に愛されなければ、自分は死んでしまう。そんな焦りから、解除方法である殺害にまで及んでしまったのだろう。結局失敗して死んでしまったのだから、結果は同じだったのかも知れないが。この男が、人を愛することを知らないばかりに多くの犠牲者が。


(でも、戦場にいたら、いつ死ぬか分からないものね……命があってないようなものだから)


「公女、聞いているのか」
「何ですか、殿下」


 全く、と殿下は呆れ顔で私を見る。一体なんだというんだ、この男は……全く話の通じない人だと思いながら私はもう一度振り返る。真紅の彼は、相変わらず私に鋭い視線を向けてきていた。


「本当に、噂と違うな」
「噂って何ですか」
「何かあれば、家を盾にして権力を振りかざしてまわる悪女」
「……」
「さすがに、番のことは調べてあるさ。だからこそ驚いてもいる。昨日、まさかあんなことを言われるなんてな」


と、殿下は私の方をじっと見つめてきた。切れ長の瞳で何かを探るように。


「いえ、さっき殿下は何も知らないといいました。しっかりと、この耳で聞きました。何ですか、結局調べていたんですか」
「気になりはするさ。何しろ、俺の生涯、最後の番になるかも知れない女性なんだからな」
「……そうですか」


 調べて出てくるのは、悪女であったロルベーア本人のものだろう。私じゃない。
 全く、何で私がロルベーア何かに転生しなきゃいけなかったのだろうか。
 私は見つめられながら、勝手に尾ひれのついた噂が殿下の耳にまで届いていることに衝撃を受けた。そもそも殿下は女性に……番に興味がないはずだったのだ。私が転生したからその興味が変わったのだろうか。


「噂は、噂ですよ。そんなもの当てになりません」
「ほう。では、公女は処女であると」
「しょ、処女!?」


 思わず振返って聞き返してしまった。
 殿下はニヨニヨと愉快そうに笑い、顎に手を当てて私を見た。


「ごほん……お言葉ですが殿下、その情報はどこから? それに、失礼だと思いませんか。女性に対して……それも婚姻前の」
「そのはずだな。婚姻前の女性が複数の男性と関係を持つなどあり得ない。それこそ、常識も節操もない。ああ、それで誰情報かという話か。今、公女立ちが揉めているトラバント伯爵家からの提供だ」
「トラバント伯爵家……」


 ロルベーアと、ライバル関係にあった令嬢の家だ。
 でも、ロルベーアに嫌がらせをするにしては幼稚すぎるというか。しかし、そんな噂が殿下の耳に入っているということは、もしかしたら社交界でも流れているのではないか……そんな不安に駆られた。どうだっていいのだが、ありもしない、してもいないことをあたかも、している風に言われるのは気分が悪い。それに、ロルベーアは高嶺の花であり、毒蛾であったのではないかと。だから、自分から股を開くようなタイプじゃないことを皆知っている筈なのだが。


「……」
「事実なのか?」
「いいえ、事実無根です。殿下、もしやそんなどうしようもない噂を信じていらっしゃるのですか?」
「いや、公女と話して納得した。無実だな」
「そうですか、ではこの話は――っ!?」


 そう私がいった瞬間、ふわりと身体が浮いた。羽のように抱き上げられて、私は殿下の腕の中にすっぽりと収まる。一瞬何が起ったか分からなかった。


「で、殿下!?」
「だが、俺は自分の目で確かめるまで信じないたちでな。一度、確かめさせてくれ」
「た、確かめるって何、何をですか!? というか、下ろして下さい!」
「俺に抱き上げられている所を見られて困るのか? 公女は随分と男慣れをしていないようだな。はは、そうか……可愛いところもあるじゃないか。それが、演技でなければな」
「え、演技ですって!?」


 ここまで来ても、信じない殿下に驚きだった。私が違うといっているのに、それに、殿下も納得したような素振りを見せたのに、意味が分からない。

 殿下は女嫌いのはずでは!?
 ロルベーアなんて眼中にない、悪女だって最後まで信じていたはずでは!?

 起こっていることが全てイレギュラー過ぎて、私は処理しきれなかった。はじめは、一年の命、自由に生きたいという思いがあった。そして、それを殿下に伝えた。一年以内にヒロインが現われて、ヒロインが貴方を助けるので、私には構わないで下さいと伝えた。私は愛することはありませんといった。しかし、それが逆効果となり、殿下の興味をそそる結果となってしまった。しくじった。私がやったのは全て逆効果だった。
 殿下は持ってきていた魔法石を使い詠唱を唱える。すると、黄金の魔方陣が足下に浮かび上がった。


「で、殿下、一旦話を――」
「話なら、ベッドの上で聞こう」
「ちょ――っ」


 そうして、抵抗する暇もなく、私達の身体は魔方陣の光りに包まれた。


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