42 / 43
番外編SS
里帰りとその後
しおりを挟む「大丈夫?」
そう聞かれたとき、どんな顔をすればいいかわからなかった。
ただ、だいぶ落ち着いて、心もいくらか軽くなって余裕はできてたと思う。でも、まだまだ実感がないというか、苦しさはあった。
「大丈夫だよ、アル。終わったことにはしたくないけど、元通りにならないことだってあるから」
「無理してない? テオ」
優しく聞いてくれる、君の優しさにほだされそうになる。でも、アルフレートだって、苦しい思いをしたんだから、その胸の内を少しだけでも僕にはなしてくれればいいなと思うのは、少し強欲だろうか。
僕たちは、ガイツの事件のあと、もう一度故郷へ戻った。故郷は見るも無残な形になっており、村の入り口の看板も焼け焦げて落ちていた。あのまま手つかず、という感じで悲劇がそこに残っているようで嫌だ。
国が焼けた村を何とかしてくれるわけではない。一応、調査が入ったものの、村を立て直すとかはないし、そもそも、そこに住んでいた人たちがあの一夜で全員殺されてしまったのだから、何も言えないというか。何で一夜で……と思ったが、それもガイツが仕組んだことだろう。もしかしたら、あの村で見つけた僕たちと同じくらいの年齢の旅人というのはガイツで、襲撃をずっと前から計画していたのだろう。アルフレートの心をえぐるために。
だが、アルフレートは実際傷付いてはいたが、我を忘れるほどではなく、むしろ僕のほうが傷ついたというか。まあ、アルフレートがマイナスの感情を抱けなくなってしまっているのが原因ではあるが、そういう……
僕たちは、簡易的に作った村人たちの墓の前で手を合わせる。
アルフレートが氷の魔法で氷漬けにした花を王都から持ってきて、それを解凍している最中だ。
アルフレートはしきりに僕に大丈夫かと聞いてくるが、僕はそんなひどいかおをしていたのだろうか。いやだなあ、なんて頑張って笑顔を作ってみようとするが、あの日の光景がフラッシュバックしてやっぱりいつも通りふるまうことはできなかった。
けじめというか、アルフレートと前に進むためにここに来たのに。ずっとマイナスな気持ちのまま見つめているなんて。
「テオ、少しやすもっか」
「でも、まだ家のこと……」
「テオの身体が一番。それに、ゆっくりでいい。思い出さなくても、大丈夫」
アルフレートは落ち着いたようにそういった。それは、彼が傷ついていないからではなくて、少し大人になったから。
ガイツの件で変わったのは僕だけじゃない。
アルフレートはあの魔物のせいで、心の内側を僕にさらけ出すことになったのだが、それを見られてから、アルフレートはだいぶ穏やかになった。ずっと溜めていたものを吐露してしまった。けれど、僕がそれを受け入れたことで、何も怖いものはないと、そう踏ん切りがついたような感じだった。良い変化だと思う。だからこそ、僕も進まないといけない。
アルフレートに言われるまま、僕は近くにあった切り株に腰を掛けた。アルフレートは、うーんと背伸びをして体を伸ばしている。
空には青が広がっていて、悠々と雲が流れている。
空はどこまでも自由で、平和なのに、どうしても地上を見るとその気が失せるというか。
もし間に合っていたらと、何度思ったことか。夢にだって、悪夢として出てくる。ガイツを倒したことで敵を討てたとかそうは思わない。守れなかったものの代償というか、守れなかったものがあまりにも大きすぎたから。
この話は、ロイファー家には持ち帰れていない。だって、あそこは、あそこで別問題だから。もちろん、アルフレートも、家にどうこう言っていないらしい。すでに村人が死んだ村を立て直してくれ、と頼んだところで動いてくれないと彼は言っていた。はたしてそうだろうか。アルフレートがいえば、たいていのことはどうにかなりそうだが、そういう問題じゃないのだろうか。
「テオを連れてくるの、本当は反対だったんだけど」
「え?」
「だって、テオはずっと苦しそうな顔をしていたから。思い出して、何度も泣きそうな顔をして。ここに来るまでずーっとつらそうな顔してた。それを見るのは胸が痛むよ」
「……ご、ごめん」
「いや、謝らなくていいよ。俺も、一応ここに来たかったし」
「アル……」
アルフレートからしたら、この間の里帰りなんて最悪そのものだった。
知らぬ間に、母親は死んでいて、そして父親は酒におぼれて暴言を吐いて。アルフレートが生まれてこなければよかったとさえ言って。彼が何も感じない人形だと思ったのだろうか。もしくはサンドバッグかなにかだと思ったのだろうか。あの光景も目に焼き付いて離れなかった。
アルフレートも、ここに本当は来たくなかったんじゃなないかとさえ思う。
僕が無理言って次の休みに墓参りに行こうって誘ったから。アルフレートはどこにだってついてきてくれるけど……
罪悪感を感じないわけじゃない。いつだって胸の中はいっぱいだ。きっとこれからも、いつまでも。
「俺は、テオが思うほど強くないよ。だから、傷ついている。自分だけ傷ついてるって、抱え込まないで」
「でも、アルは……加護で」
「うん。でも、テオが悲しいと悲しいって思うから、心は死んでない」
僕の手を取って、ぎゅっと握るアルフレートの顔は確かに傷ついているように思えた。いつから彼を超人だと思っていたのだろうか。一緒なんだ、一緒。
相変わらず、勇者として彼を突き放してしまっているようで申し訳なくなってくる。アルフレートは気にしないっていうけれど。
「ごめんね、アル」
「謝らないで、本当に。テオが悪いわけじゃない。それに、もう一度、手を合わせたかったんだ。この村にも、親にも」
「父親?」
「うーん、そうだね。父親と、母親と、俺の知らないきょうだいに?」
と、彼は疑問形で答える。
勇者の弟ってあまりにも荷が重そうだな、と僕はため息が漏れそうになる。もし、生きていたとしても劣等感とかそういう塊になってしまったんじゃないかって。
僕は、そんなことを思いながらも、決心し、立ち上がって空に向かって手を伸ばす。光がキラキラと降り注ぎ、村に広がっていく。
アルフレートはその様子をじっと眺めていた。これに何か特別な力があるわけではない。ただ、ゲームで見た聖女の真似をしているだけ。上手くいくかわからなかったが、成功したようだった。
ゲームの中で聖女は、襲撃された村に対し、このような行動をしていた。それは、そこで死んだ人たちへの慰めというか、気持ちを静めるためのもの。来世は幸せなものになりますようにという祝福。
光のシャワーが村に広がっていく。焼けこげた土から、花が咲いているのが目についた。それは、地面を割って力強く咲いている。
「きれいだね、テオ」
「……何の力もないけどね。『聖女』の力を持っていても、何も救えなかったんだから」
「そんなことないよ。それに、その力も狙われやすい。ガイツは、俺の身体が乗っ取れなかったら、きっとテオの身体を乗っ取ろうとしただろうから。そんなこと、俺が許さないけど」
「……あいつは、力が欲しかったのかな」
「そうだね、強欲だから」
ガイツは一瞬だけアルフレートの身体を奪った。だが、アルフレートの狂人的なメンタルで追い払うことができたというか。本来であれば、僕が聖女の力を使って、ガイツを彼の身体から追い出さなければならなかったのだけど。
ガイツの目的は、初めからアルフレートの身体を乗っ取り、その勇者の力をわがものにすることだった。強欲の名にふさわしい自分勝手で欲深い行為。だが、その先にあるのはやはり破滅だ。大きすぎる感情は、基本的に破滅をもたらす。
ガイツはそうして死んでいった。戻る身体も失って。
アヴァリスのほうは、目が覚めたとランベルトは言っていた。まだ、詳しいことは聞けていないし、どこら辺まで記憶があるのかも僕たちにはわからない。それは、おいおい知っていけばいいかと、とりあえずは墓参りに来たという感じだ。
「テオ……本当にいいの? 学園を卒業したら、一年だけ俺の旅に付き合ってくれるって」
「うん、決めたんだもん。アルが一人でしてきたこと、今度は一緒に背負うって決めたから。だから、大丈夫」
「今以上に怖い目にあっても?」
「アルもそうだったんだから。それに、僕はそんなに弱虫じゃないよ? アルがいれば、僕はどこまででも強くなれるんだから」
「心強いね、テオは」
それでも、反対だって顔をしているけど。でも、それは見ないふりをする。
学園を卒業するまであと一年半ちょっと。それから、アルフレートは世界を救う旅に戻る。ゲームでは、学園に何て通っていなかったから、だいぶ遅れが生じているけど、ゲームよりはるかに今のアルフレートは強いのだ。
だから、大丈夫安心している。
けど僕が足を引っ張るって可能性はあるわけで。それまでに、僕は強くならないといけない。
(アルを支えるって決めたんだもん)
幼いころにここを旅立っていった少年は、いつしか最強と呼ばれる勇者になった。でも、その旅はまだ終わらないし、終わらせてもらえない。彼に課せられたものというのは、やはり計り知れない。それの片棒を担ぐなんて僕には荷が重すぎるかもだけど、やりたい。
もう一度、村を見渡す。
僕たちがここで生きた証は、もう僕たちが生きているということでしか証明できない。ここにむらがあったんだよということは、僕たちが生き続けることで証明されると。
大好きだった小川も、大好きだった蜂蜜くるみデニッシュも、あの丘も。全てが燃えて、色あせてしまったけど。幼いころの記憶は胸にある。
大丈夫、きっとうまくやっていける。
「アル、もう一周してから帰ろう。そして、また来年も同じように、みんなに手を合わせにこよう」
「うん、テオがそういうなら」
今度は僕から手を差し出す。いつも、アルフレートに引っ張ってもらってばっかりだったけど、今度は僕が。
僕たちはあの日のように手をつないで、村の中を走った。風をきるその感覚に懐かしさを覚え、身体もあの頃のように小さくなった感じで不思議だった。懐かしい。
懐かしい匂いと風に包まれながら、僕たちは焼けこげてしまった故郷を再現するように村の中を走り回ったのだ。
119
お気に入りに追加
1,218
あなたにおすすめの小説
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる