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エピローグ
君は僕の勇者アルフレート
しおりを挟む翌朝、目覚めると隣にはすやすや眠る恋人がいて思わず頰が緩んだ。いつもは、僕よりも早く起きて、僕の寝顔を鑑賞しているアルフレートが寝ているなんて。驚きで、この光景を収めたかった。けれど、この世界には写真のような記憶媒体はないし、僕は絵が描けない。とにかく、眠っている姿も美しく、かっこよくて言葉を失った。
ああ、こんなにかっこいい彼が僕の恋人なんだ……と、改めて、彼が恋人であることを自覚しつつ、嬉しくなった。
昨日は散々と啼かされて、すでに半分から記憶がないけれど、気持ちよかったし、アルフレートが何回も僕の名前を呼んで、大好き、愛しているっていってくれて。それが何よりも嬉しかった。
彼の欲を、どれほど発散させてあげられたかはわからないけど。少しでも、彼がよかったと、これまでの気持ちが軽くなったといってくれたらいいなと思ったのだ。
「……ふふ、アル、かわいい」
「かわいいのは、テオだけどね」
「うあああああっ!?」
いきなり目をバチっと開けるものだからびっくりして大声を出してしまった。アルフレートも、その声にびっくりしたようで、苦笑している。耳が痛そうだけど、ふさがないのは、不快だってアピールを僕にしたくないからだろう。
というか、いつから起きて?
「おはよう、テオ」
「お、おはよう、アル。え、いつから起きて……?」
「テオが起きる前から。でも、テオが俺の寝顔みて嬉しそ―にしてたから、少しからかいたくって……あ、間違えた。鑑賞したくって」
「どっちも、どっちだよ!」
からかわれたし、ばっちり鑑賞されちゃったし。
起きていたなら起きていたって言ってほしかったし、せっかく寝顔をみえたと思って喜んでいたのに……
とほほ、と僕が肩を落としていると、長い僕の前髪に触れ、それをさっと避けて、アルフレートは微笑んだ。
「髪の毛伸びたね」
「そう、だね。そろそろ切ろうかな」
「うーん。でも、切ったらテオのかわいい顔を、みんなに見せることになっちゃうしなあ」
「何それ。僕のことかわいいっていうのアルしかないよ?」
そんなことないよ、とアルフレートはぷりぷりしながら言った。そんなことあると思うんだけどなあ、と思いながら、僕も、耳から落ちたアルフレートの黄金色の髪を、耳に引っ掛けてあげる。少しくすぐったそうに語目を瞑るアルフレートが可愛らしかった。
「テオって俺のことが本当に好きだよね」
「ええ、今更? 僕はずっと好きだったよ」
「じゃあ、俺は生まれる前から好きだった」
「それはずるくない!?」
生まれる前から好きって何!? と、突っ込めば「出会う運命だったんだよ」と恥ずかしそうに言うアルフレート。彼が恥ずかしがるポイントはよくわからない。
彼は嬉しそうにはにかんで僕の手を取ると指を絡ませてきたので僕もそれに応える。そのまま暫く見つめ合っているとどちらからということなく顔を近づけて唇を重ねた。
「アル、満足できた?」
「うん、昨日の分は満足できた」
「ええっと、含みがある言い方だけど……うぅ。少しでも君の心が軽くなったり、背負っていたものが軽くなったりしたら、いいなって」
「テオのおかげでね」
また、ちゅっ、と額にキスを落としたアルフレートを僕は受け入れて、昨日よりも彼の溺愛度が増したと感じていた。
僕が我慢しなくていいといった言葉が響いているからなのだろうか。それとも、ガイツの影響がまだ残っている? 後者ではあってほしくないけれど、元のアルフレートに戻った気がして、僕は嬉しかった。
あの頃の、何も考えずに幸せに暮らしていた僕らに戻った気がするのだ。
(それでも、彼は勇者であることには変わりないんだよね……)
ガイツを倒したから終わりじゃない。まだ、四体もの七大魔物は残っているし、魔物の王だって残っている。それを倒すまで、世界には平穏は訪れないし、彼の役割というのも解放されないだろう。そうなってくると、彼がまた旅に出るのは必然的で。
「そんな難しい顔しないで、テオ。大丈夫だから。あと二年くらいは、学園にいるつもり」
「え、ええ……でも、でも、仕事は?」
「俺がどうにかしますって、ちゃんと言ってくるから。それに、救えばいいんでしょ?」
「……うぅ、でも、でももしもってことがあるじゃん。この間みたいに」
あれは、イレギュラー中のイレギュラーだったけど。故郷が燃えるとか。
けれど、アルフレートは譲らないというように、「テオと卒業するんだもん」と駄々をこねた。これで、勇者がいいのだろうかと思ったが、彼も好きで勇者をやっているわけじゃないので、仕方ないとも思う。まあ、それで被害が出てしまったら、どうもこうもないけれど。
アルフレートの中にも、勇者としての責任感はあって、誰かが傷つくのは嫌だとは思っている。その気持ちはきっと彼の中から消えない。それが、彼の優しさである限りは。
「じゃあ、どうするの?」
「卒業まで一緒にいるけど、長期休みに倒しに行くって感じかな。もちろん、緊急招集があった場合はいかなきゃだけど。これからは、勇者としても、ただのアルフレートとしてもどっちも生きたい。どっちかなんて、やっぱり決められなかった」
「……アルは、アルだもんね」
「うん。勇者であることを呪ったし、何で俺だったんだろうって思わない日はないよ。でも、そのすべて、しっかり意味があるっては思っているから。テオのおかげで。どっちの俺も大事だって思えるようになったから」
と、アルフレートは僕のほうを見ていってくれた。
僕の言葉がアルフレートの背中を少しでも押せたならいいと思った。それ以上は、僕は何もいわない。彼が決めたことだから、口出しするのも無粋だと思うのだ。
(アヴァリスは大丈夫かな、ランベルトも……)
彼らも元はといえば、被害者だし、昨日はランベルトに押し付けたまま帰ってきちゃったけど、今日朝市で様子を見に行ったほうがいいだろうとは思った。
ランベルトの悪役化を防いで、和解して、でもアヴァリスっていうクラスメイトはガイツに苦しめられていて。でも、諸悪の根源であったガイツは排除できて。
けれど、問題は山積みというか。
まだまだ、消化不十分なところはあるし、僕の力がまたどこかで役に立つことだってあるだろうけど。アルフレートはそれを望んではくれないだろう。でも、いつか、彼が頼ってくれたなら、この力は彼のために役立てたい。
「アル、もう寂しくない?」
「ん? うん、テオがいるから。でも、テオ以外にも、世界は広がってて、その中にテオがいて……って、考え方をかえなきゃっても思ったんだよ。特別はテオだけど、テオの周りを守れるようになりたいってね。勇者だから、それくらいは」
「勇者だからって思うのも大事だけど、自分のことも大切にしてね。アルが傷つくのは、ぜーったいに見たくないから」
「あはは、ありがとう。テオ。テオも、かなり素直になったね」
「僕は、昔からこうだよ!」
僕たちはやっぱりちぐはぐだ。
勇者という肩書を世間的に認められた幼馴染と、聖女の力を手に入れたけどひた隠しにしている僕。
ゲームは崩壊して、でも、要素として抽出してあるところもあって。これから何が起こるかわからない。でも、きっと、最強の彼ならどうにかしてくれるにちがいないのだ。
少し落ち着いたら、故郷にもう一度帰って、しっかり墓参りをしたい。そして、あの日言えなかったアルフレートと付き合っているってことを言いたいし、知ってもらいたい。自分で蜂蜜くるみデニッシュを作れるようになって、アルフレートにご馳走してあげたいし。
それと、学園を卒業したら、残りの位置ねん、アルフレートと旅をして世界をすくいに行ってもいいかもしれない。
まだちょっと先のこと。今は、ただ目の前のことしか見えなくて、それで精いっぱい。
「テオ、キスしていい?」
「うん、僕も、したかったから」
優しく僕の頬を撫でて、ゆっくりとキスをする。それは、蜂蜜よりも甘いし、優しくて、くらくらとするもの。
僕たちは、何度も互いの名前を呼んで、口づけをしあう。これからも、空いてしまった十一年をゆっくりと埋めて、新しい楽しくて幸せな思い出を作っていくんだと思う。
「テオは、俺の隣で一生幸せになる。これ、新しい約束ね」
「約束っていうか、それはプロポーズだよ。アル」
そうかも、と笑うアルフレートは、ただのアルフレートだったころの笑顔と同じものを顔に浮かべていた。
僕たちは、新しい約束をして、小指を絡める。この先何があっても、離れないように、そう互いに刻み込むように。幼馴染との恋は、これからも続いていく。
きっとこの先、僕たちは離れ離れになることはないだろう。
寂しさが温かさで埋め尽くされていく感覚を感じながら、もう少し寝ていようと、僕たちは目を閉じた。
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