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第3章 君は学生勇者
10 目覚めた力
しおりを挟む「――あ、アル――――ッ!」
はあ、はあ……と肩で息をしながら、アルフレートは何とか立ち上がった。だが、その体は焼けこげ、服もボロボロで、煤だらけだ。それでも何とか立ち上がって、口にたまった血を吐き出す。
僕は、目の前の防御結界に手を当てる。ホワァンと音が鳴り、波紋が広がっていく。だが、その防御結界も先ほどの攻撃を少し受けてか、煤がつき、端のほうにひび割れが生じていた。
ランベルトの魔法がどれほど強力だったか、一目瞭然だった。
「アル、アル!」
「テオ、大丈夫だから……でも、まずいね」
アルフレートはこちらを振り返り、ひらひらと手を振って見せた。焼けこげたところは、瞬時に回復しふさがっていく。彼は、自身の加護のおかげで何ともないようだった。だからといって、また体を張って。それがどれほど外側から見たら痛々しく思えるか、わかってほしい。でも、彼はそうやって生きてきたから、それ以外の方法を知らないのだろう。
僕は、アルフレートの姿を見ながら、魔法を放ったランベルトのほうを見た。
あれだけの魔法を放って無事なはずがない。魔力不足で彼も耐えきれない苦痛を感じているだろう。
霧がうっすらと晴れつつあったが、ランベルトはその二本の足で立っていた。確かに、息は上がっているものの、まだまだその煮えたぎる憎悪は抜けきっていないようで、さらに体からは瘴気があふれ出ている。それがまるで、人間の放つそれには思えなくなって、僕は背筋を震わせる。
(どうなってるの……?)
ランベルトがランベルトじゃないみたいだ。
彼は、怒りっぽいし、癇癪持ちだけどさすがにここまではしないだろう。こちらの話が耳に入っていないのもそうだが、そもそも、僕たちを敵としてとらえているところが不思議だった。
操られているという僕の推察はあっているのかどうか。だとしたら、どうやってそれを引きはがすのか。
そう考えていた僕の疑問に答えるよう、アルフレートは剣を横にふるった。
「感情コントロールをつかさどるリミッターを一時的に外されている感じかな。それと、他の魔物の魔力を感じる……しかも強力な、七大魔物の」
「七大魔物の……?」
「予想はつくけど……この間テオを誘拐したガイツだろうね。こんなことするのは。あの愉快犯」
と、アルフレートははあ、と息を吐く。その顔には汗が伝っており、キレイなあご先から雫がしたたり落ちる。この結界の中にいると、熱さも寒さもない快適な温度なため何も感じないが、外は違うのだろう。
アルフレートの口から出た、ガイツの名前。それが、今回ランベルトに何かして今の状況になっているのだという。
感情コントロールのリミッター。ガイツがつかさどる権能は、人の感情を増幅させ、欲に忠実な人間にしてしまうこと。さらに、そこに魔力を分け与えたともなれば、ランベルトは元から強かったのに、さらに強化されているということで。
ランベルトの欲とは何だったのだろうか。僕たちを倒せる強さ、だろうか。
それに呼応するように、魔力が暴走し、人の形を保っているので精いっぱいという感じか。このままでは、ランベルトの身体が持たない。
魔物であるガイツと、人間であるランベルトは明らかに魔力の種類が違う。そして、魔物から譲り受けた、または注入された魔力というのは、体の中で中和しきれず暴れまわる。一種の最近のようなもの。そして、その魔力が本来の人間の魔力を細胞を破壊していって人外へと変えていく。内側から、急速に……
(……それって、ゲームのストーリーじゃ)
ランベルトは、ゲーム通りに行けばいずれ悪役になる存在だ。学園を制圧し、魔物と手を組んで、人外へと変貌する。そして、人間に戻す方法がないからと、アルフレートが彼を討つのだ。完璧に人外になったわけではないから、アルフレートからしたら人間を殺したも同じことで。あのストーリーがとても胸が苦しいものだったことは覚えている。
それが、早まったとしたら?
あのストーリーにガイツが絡んでいたかはおいて置いても、同じようなことが目の前で起こっている。このままでは、アルフレートはランベルトを助けることができず、討伐対象へと変わり、彼の首を――
それだけは、避けなければならない。
「アル、ダメだよ。ランベルトを殺しちゃダメ!」
「……わかってるよ。でも、このままじゃどのみち、魔力が尽きるか、人外になるかの二択。その前に終わらせなきゃ」
「何か手はないの?」
「聖女の力があれば……可能かも。でも」
と、アルフレートは言葉を区切る。
聖女は、ゲームの中でアルフレートパーティーのメンバーだった。確か、デバフの解除や、呪いの解除といったものを得意としていたし、魔力が暴走している人間を止めることだってできた。しかし、アルフレートの知り合いに聖女はいないし、ここにたどり着ける人もいない。だから無理だと、言葉にしないがそういうことだった。
ランベルトは髪を振り乱し、歯をギチギチと鳴らしながら、いらだったように、魔法を放つ。こちらの存在なんて、見えていないも同然だった。怒りに飲まれて、我を見失っている。対話なんてできるわけがない。
アルフレートはごめんと言って、駆け出した。
覚悟が決まった横顔を見てしまって、僕は結界を強くたたいた。すると、ピキピキと音が鳴って、崩れ落ちる。一瞬だけ、アルフレートはこちらを振り返ったが、それよりもランベルトを取り押さえなければと、そのスピードを緩めることはなかった。このままでは、彼につらい思いをさせる。彼は、ランベルトのことどうとも思っていないかもしれない。でも、連れ戻さなければならないといわれたのに、殺してしまったら……彼の体裁が悪くない。
いや、僕が嫌だった。
アルフレートも大事だし、彼の心も守りたい。でも、それと同じくらいではないけど、ランベルトだって。
「アル、アル、ダメ、やめて、お願い――――!」
悲痛な僕の声は、枯れているようでうまく空気を震わせられない。霧の中に飲まれていって、アルフレートの耳には届かない。
カクン、と膝から崩れ落ちて、僕は顔だけを前に向けた。
もっと、ランベルトと話していればこんなことにならなかったのだろうか。その後悔をぶつけるように、地面を叩くと、ブォンと聞きなれない音が眼前で聞こえる。
え、と思い、顔を上げれば、そこには前世で見たことがある近未来のような、それでいてゲームのコマンドみたいなものが表示されていた。それは長方形で、宙に浮いており、半透明だ。
システムウィンドウ――
そこに書かれていた文字に、僕は目を見開いた。
『転生者を確認。物語のねじれを確認。解――転生者に新たな役割を与える 了――これより転生者に『聖女』の力を付与する』
「え……どういう」
見えた『聖女』の文字に僕は瞬きをする。それと同時に、ふわりと体に何かが入り込むような不思議な感覚を覚えた。暖かな光、城や、赤や、青……七色以上の光が僕の周りを包み込み、そして中へと入ってくる。
温かくて、優しくて、穏やかな仮名気持ちになれる。それと同時に、内側から力が湧いてくるような気がした。無限の魔力を手に入れたような、強大な――
「テオ?」
「……俺様のものにならない、テオフィルなんて、死ねば――ッ!」
「……っ、しまった。テオ!」
アルフレートに襲い掛かるように手を伸ばし、だが、その手は僕のほうへと伸びていた。先ほどの威力まではいかずとも、高濃度な魔力の塊がこちらへ向かって飛んでくる。憎悪に染まった赤黒い血のような火球。また、アルフレートは突っ込んでそれを振り払おうとしている。自分のみを犠牲にするなって、いったばかりなのに。聞いてくれないから、悲しくなってしまう。
先ほどは怖かった火球も、なぜか怖くない。
憎悪渦巻くランベルトの顔を見たとき、少しだけ気付いたことがあったから。
(泣きそうな、ランベルトを、一人にできないよ……)
勇者でも救えないのなら、僕が救うしかないだろう。それは、恋愛感情とかじゃないけど、友愛だけど。彼を利用しようと近づいた僕の罰だと考えたら、贖わなければならない。
「アル、僕なら大丈夫だから」
半信半疑だけど、この魔法、そらすことができるんじゃないかと。
もし無理だったら、直撃して死ぬ。それはわかっていたけど、僕は引き返さなかった。怖かったけど一歩を踏み出して、そしてその場で手を組んで祈るように目を閉じる。すると、目の前に先ほど僕の周りをふわふわと飛んでいた光が集まっていく。その光は、ランベルトの魔法とぶつかると、サァアアと風になるように相殺したのだ。激しい音のぶつかり合いもない、溶けあうように。
ランベルトは、驚愕しその場で立ち止まった。アルフレートはその隙をつき、ランベルトの首筋に手刀を打つ。ランベルトは、グッと苦しそうにうめいて、そのまま前のめりに倒れた。しかし、まだ意識はあるようで立ち上がろうとしていた。それをアルフレートが制圧する。
「離せ! この偽物勇者!」
「まだ、いう? はあ……テオ、大丈夫?」
彼は、抑えるのも面倒だなというようにランベルトを見下ろした後、僕のほうを見た。僕に向ける顔は心配そうで、いったいどうやって表情を変えているのか聞きたいくらい、コロッと変わる。
「うん。平気だよ。心配してくれて、ありがとう。アル」
「そう、それならいいけど」
と、アルフレートは視線を逸らす。下で暴れるランベルトを抑えながら、そのラピスラズリの瞳を曇らせていた。
(……本当にできちゃった)
半信半疑だったが、うまくいってしまった。いきなり、システムウィンドウが出てきて『聖女の力を』うんぬんかんぬんと言い出した時は、驚いたが、それを信じてよかったと今になって思う。
僕は、『聖女』の力を手に入れてしまった。幼馴染モブAから進化して、アルフレートの本来である旅のメンバーの力を手に入れてしまったのだ。まだ、自覚はないけれど、きっとそういうことだろう。
あふれ出す力に、戸惑いつつも、これでアルフレートの力になれるという喜びもあった。だが、その前に、やることがある。
「……く、クソ。何で勝てない。何で……」
「ランベルト」
「ああ!? 何だいまさら。俺様を殺すのか? それとも、かっこ悪いって罵って、笑うか!? 死ねよ、マジで」
「……そう君が望むなら、それでもいいけど。違うんでしょ?」
僕は、羽交い絞めされているランベルトに近づいて、彼と視線を合わせる。彼の瞳は、僕の知っている瞳ではなくて、汚れていて、濁っていた。常に、威嚇するように歯を鳴らし、眉間にしわを寄せている。僕にフラれたことを恨んでいるのか、それ以上の感情を抱いてしまったのか。
でも、それが本来のランベルトの気持ちではないのだろう。ガイツが犯人であるなら、あいつに捻じ曲げられ、ゆがめられた。ランベルトは被害者だ。
「アル。ランベルトの拘束をほどいてもらっていいかな?」
「……っ、何言ってるの、テオ。そんなことしたら!」
「大丈夫……きっと、ランベルトは僕を殺せないから」
アルフレートの瞳がまた揺らぐ。
今制圧できたからと言って、離したらまた同じように襲い掛かってくるのではないかと。先ほどは、少し距離があったから防げたものの、もし、殴られたり、首をしめられたら、僕は死んでしまうと思う。ランベルトのほうが力が強いし。
懸念点は多くて、僕のことを心配してくれているアルフレートは、下にいるランベルトを離せずにいた。ランベルトは「慈悲か、反吐が出る」と悪態をついている。
らちが明かないな、と僕はもう一度アルフレートを見た。まだ心配そうに、捨てられた子犬の目で僕を見ている。そんな顔をしなくても大丈夫なのに。僕は、彼を安心させるように言う。
「大丈夫。何かあったら、アルがどうにかしてくれるでしょ。信じてるから、お願い」
「テオ……」
ね? といえば、アルフレートはわかったよというように、ランベルトから手を離した。アルフレートの片足が載っていたことにより、動けなかったランベルトはこれ見よがしに僕に襲い掛かってくる。口からは、やはり殺意の漏れ出た言葉を放って。
「死ね――!」
「……死なないよ。君も殺さないでしょ」
魔法じゃなくて、殴りかかってきた。それは、この間、殴られると思って殴られなかったあの日をほうふつとさせる。
僕は、両手を広げて、ランベルトを受け止める。アルフレートが「あっ」と息をのんだのが聞こえたが、僕は構わずランベルトを抱きしめた。
「……ごめん、先にあやっておくんだけど、君の気持ちにはこたえられない。でも、君が苦しんでいるのを見るのは辛いし、それで死んじゃうのはもっと嫌だと思ったんだ」
「何を言う。平民、貴族……」
「そうだね。君は僕のこと名前で呼ばないもんね」
ランベルトは握った拳を下ろして、手をほどいた。
僕は、ポンポンと彼の背中を叩きながら、大丈夫だよと落ち着かせるよう目を伏せる。
彼の体の中から、邪悪なものを感じる。それは、ガイツによって植え付けられた魔力だと、彼に触れてわかった。いつ、彼がガイツと接触したかはわからない。ただ、このまま飲まれて死んでしまうのは耐えられなかったから、手を伸ばす。
ランベルトは、僕に二度もフラれて、身体が震えていた。でも、死んでほしくないと正直な気持ちを伝えれば、一瞬だけ心臓が跳ねたのだ。別に、彼の気持ちを利用しようとか思わない。そういう意味で言ったんじゃない。
「ランベルト、学園に戻ろう。君はあの場所が嫌いかもしれないけど、また起こしに行くし、教科書忘れたら見せてあげるから。友だちに、なりたいんだ。君と……ちょっと、素直じゃないけど、優秀で、時々かっこいい君と。初めて、この学園に来て話した人だから……お願い、もう呪いの言葉なんてはかないで」
僕の中の絶対順位はアルフレートだけど。ランベルトは友達として一番だ。
彼は忘れているだろうし、知らないだろうけど、ランベルトがあの学園に入って一番初めにしゃべった人だった。それからも、ランベルトしか、友だちがいなかったし。ランベルトも同じではないだろうか。
クラスメイトとして、友だちとして、またやり直すことはできないだろうか……そんな気持ちで抱きしめていれば「恋人にはなれないのか?」と震えた声でランベルトがつぶやいた。
「うん、ごめんね。いつから、ランベルトが僕のこと好きだったかは知らないけど。僕の、大好きの一番は後にも先にもアルだけだから……ごめん。気づけなかったことも、そう、ごめんね、ランベルト」
「……クソ、俺様は、またこいつに負けるのか。偽物勇者は……アルフレートの野郎は、何でも持ってるってか?」
と、ランベルトはつぶやいて、はたりと目を閉じた。刹那、抱きしめていたところからぽうっと暖かな光が漏れ出る。その光は、ランベルトの中に溶け込んでいき、彼の瘴気を中和させ、光りとなって外へと出ていくのだ。ガイツが植え付けた魔力が彼の中から出ていくのを感じる。
『聖女』の力である、”浄化”だろう。
(ゲームでは見たけど、めちゃくちゃきれいだなあ……)
光の粒子となって、禍々しいものが消えていく。その様子は、何かが天へ上っていくような感じだった。
「でも、そう……俺様の唯一の友だちでいてくれるなら、学園に戻ってやらんこともない。アルフレートの野郎は嫌いだが、貴様のことは、好きだ」
「ありがとう。ランベルト」
すべての瘴気が払われた後、カクりとランベルトの身体から力が抜ける。最初は、あっちもちゃんと自分で足で立っていてくれたから軽かったけど、全体重をかけられると、さすがに支えることは不可能だった。このままでは、押し倒されてしまうな、と僕があたふたしていれば、力が抜け寝てしまったランベルトの身体を、アルフレートが支えた。
「アル……」
「すごいね、テオは。言葉だけで解決しちゃった」
「……ううん、そんなことないよ。でも、そう……だね」
ランベルトを僕から引きはがし、アルフレートは優しく微笑む。
聖女の力がなければ、きっとなしえないことだっただろう。アルフレートは気づいたのかもしれないが、そのことに関しては何も言及しなかった。後々、調べればいいと思っているのかもしれない。
「アル、とりあえず帰ろう。ランベルトを助けられたわけだし、それに、結界の外だから、まだまだ危険でしょ?」
「そうだね。かえろっか、テオ」
アルフレートはランベルトを担いで、僕に手を差し伸べる。まだ少し煤のついた黒い手を僕はぎゅっと握り返し、ホッと一息ついた。
彼の役に初めて立った。そんな喜びをかみしめて、僕たちは転移門に向かって足を進めたのだった。
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